アンデッドが怖い理由
7日目の迷宮探索が終わり、その夜にステータスというものについて調べてみる。まずはネットを使って検索してみたが……
「身分、状態、能力値か……うーん。分からなくはないが……」
概要から読み始め、その違いについて記載されているところも読む。
能力値まで読んでいくと、頭の中に靄がかかり始めた。
「HP、MP、STR、DEX、INT、AGI、MND、LUK……細かいな……HPとVITは同じ扱いじゃ駄目なのか? 筋力がSTR?」
見慣れない単語が続き、頭の中で混乱が始まった。
「レベルっていうのが全体的な強さの数値? なら、この細かい数値って何の意味が?」
仕事で使う報告書類と比べれば複雑では無いのだが、見慣れない用語が次々と出てくると、頭が覚えるという事を拒否し始めてしまい愚痴すら出てくる。頭を抱えながらブツブツいい、ノーパソの画面を凝視していたが、ついにブラウザバックしノーパソを閉じた。
「今一つ分からん……本だ本!」
ネットで調べるから分からないのだ。
紙媒体ならきっと理解できる!
今までの経験上、その方が覚えやすいだろうと、近場のコンビニへと向かった。
……が。
(ゲーム雑誌はどれだ! 色々ありすぎてどれがどれなのか……本屋ならコーナー分けされてるよな?)
次いで。
(昔と違い過ぎる! なんだこのリアルな画像は!? ステータスはどれだ? 攻略本もなんでビニールに包まれているんだよ! 漫画じゃないだろ!)
そうした経緯から、あまり理解できなかった良治は、翌日、洋子に頭を垂らす事になった。
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「係長の場合、実践にやってみて覚えるタイプだと思うんですよね。仕事でもそうじゃないですか。新素材の説明もサンプルを見ながら覚えますよね」
「カタログだけだと今一つピンと来なくてな……」
人工物のような滑らかな階段の上を見上げながら言うと、突然、洋子が目を輝かせた。
あ、このパターンは不味い。反応に困るような事を言い出すぞ。
そんな事まで分かるようになってきて、良治は身構えた。
「そこでです! 私、お勧めのゲームをしてみませんか!」
「……ゲーム?」
「はい! たぶんレトロゲームをやってみた方が分かると思うんです。勿論、私が用意しますよ!」
「なにレトロゲームって?」
「昔のゲームです。今では、3,4年前のもレトロゲームっていう人がいますけどね」
「へぇー……それで、分かるのか?」
「基本的な事なら分かると思います。係長の場合、やって覚えるタイプですから、言葉で説明するより、その方が良いと思うんですよね」
「なるほど……じゃあ、それで頼めるか?」
「お任せあれ! 強制退社したら駅前で待ち合わせしましょう! 用意して持っていきますね!」
「……」
それ以上は言わなかった。
なぜ、そんな昔のゲームを持っているのかとか、何故そんなに嬉しそうなのかとか聞かなかった。いや、聞きたくなかったというべきか。
とりあえず6階に進もうかと、足を踏み出し歩く。
スタスタと階段を上がりきると、いつもの通り5階に通じる階段が消えた。
そして、ピーな神の声が耳に届きだす。
『ぴんぽんぱーん。はーい業務連絡の時間です。みなさん、今日も元気によろしくね~ という事で、まず一発目の業務連絡です! 6階到着者が出ました! な、なんと予想外な事に、剣術士の係長&スティック術士の平社員様です!』
声が聞こえてすぐに良治と洋子が顔を見合わせる。
タイミング的に考えて、自分達の事だと察しがついたから。
「そう言えば…」
「ヌンチャク課長がまだでしたね。意外でした」
すでにいつも通り先行しているのかと思いきや、まだだったという事実を今になって知ってしまう。
『いや~ びっくりしたね。まさかの結果だよ。候補者は他にもいたんだけど、何故か同じ所をグルグル回っているし、どうしたの?』
本当にどうしたのだろう? と聞いていた2人も頭を捻った。
『まぁ、それはそれとして、もう一つ業務連絡があります。すでに連絡した事だけど、今日から全員4階なわけだ。本当はいきなり強制移動! って行きたい所だけど、開始いきなりボス戦闘という訳にもいかないでしょ? だから、この業務連絡後とするね。僕って優しいよね。感謝してもいいよ? 以上、業務連絡でしたぁー』
それを最後にプッツリと声が聞こえなくなり、2人はそろって溜息をつく。
気のせいか『嫌ぁあああ――!』とか『忘れていると思ったのに!』とか、聞こえてきそうだ。
「……いこうか」
「ですね」
何も言えない。
せめて心の中でのみ健闘を祈り、迷宮の先へと歩み出していった。
4階へと移動させられたテストプレイヤー達の事は忘れ、6階を進み始めると、顔はないが兜のついた全身鎧姿の戦士と、兜をかぶった顔を手にしている、重装備姿の戦士と遭遇してしまう。
「今度はリビングアーマーとデュラハンかな?」
「固そうだなぁー…。あれって人間じゃないよな?」
「え? えぇ。もちろん違いますけど……係長、大丈夫なんですか?」
「なにが? あれもモンスターなんだろ?」
「はい……アレは平気? ……どうして?」
「どうした? いいから土鎧を頼むよ。少し打ち合ってみたい」
「え? あ、はい。『土鎧』 保険程度ですから過信しないように。いいですね?」
「分かってる。あいつらの動きを把握しておきたいだけだ。援護よろしく」
洋子の忠告を耳にしながら、青銅の盾を前にかざし、ジリジリと詰め寄っていった。剣を合わせようとする意思が、良治の顔と行動から読み取ることが出来る。
「ハァ!!」
気合の入った声をだし、剣を振り上げ、全身鎧のモンスターに切りつける。
相手も剣を持っているのだから、初撃は予想通り防がれ、横からデュラハンが襲い掛かってきた。
「水弾」
洋子が水弾を2発投げつけ、デュラハンの体勢を崩した。
「フン!」
そのスキを狙い、良治が開いた体に足蹴りを入れると、デュラハンが体をよろめかせ後退。
蹴りを入れた瞬間、剣にこめていた力が緩んだ。
交差させていたリビングアーマーから押しこまれ始めるが、それを待っていたかのように、首を目掛けて剣を滑らせる。
剣は良治の狙い通り、首へと滑り込んだ。
途中で少し引っかかりを覚えたが、それは兜にぶつかった為だろう。
肉を切るという感触もないまま、甲高い金属音を鳴らし兜が床へと落ちる。
(なんだ今の? 手応えが無かったけど……切れ味がよすぎるのか?)
新たに入手した鉄の片手剣。それを敵に振るったのは今回が初めて。
思っていた以上に切れ味が良いのか? という考えが浮かんだようだが、納得したというわけでもなさそうだ。
後ろで様子を見ていた洋子は何かを察したかのような表情。
(係長は、あの2匹を死んでいないモンスターと思ってるの? 死んでいるのに動くのが嫌なだけという感じ?……バレない内に処理できないかな?)
首を切ったはずなのに倒れないリビングアーマーを、良治が不思議がる。
そこへ洋子が水弾を3発。
良治を避け、リビングアーマーへと命中すると、その衝撃から床に倒れ鎧が分離し動かなくなった。
「中身がない? 魔法で動いているのか?」
(違う。違いますよ係長!)
心の中でのみツッコミをいれておく。
良治の頭の中には、死霊といった類のものが、鎧を動かしているという認識がないようだ。ホラー映画の類を避けてきた影響なのかもしれない。
残りは一体。
デュラハンであるが、こっちは体をよろめかせた時に、持っていた頭部を床に落としていた。
「こいつも何なんだ? ロボットか? 昔そんな漫画を見たな」
(どうしてそっちに考えがいくんですかぁ―――!)
そんな事を思う洋子の前で、良治は剣を振るい、首なし鎧男と戦うのだが、後ろから見ていた洋子からは楽しそうに戦っているように見えた。
(部長が心配したとおりになりそう。係長の中では、どの程度注意しているんだろ?)
結局言うだけ無駄だったかもしれない。
と思いつつも、洋子の表情は自分自身をあざ笑うかのようであった。
自分も似たようなものかと、思ったからだろう。
「スラッシュ!」
剣をぶつけあっていた良治が、デュラハンの態勢を大きくのけ反らせ、間近で必殺の一撃を放つ。
目に見えるかのような衝撃波が、錆ついている鎧を激しく傷つけ吹き飛ばした。
その衝撃波に巻き込まれ、床に落ちていた頭部も吹き飛んでいってしまう。
良治の目は、そんなものを見てはいない。
彼の目は、床に倒れた錆のついた鎧に向けられていた。
「……これはどうだ?」
淡い期待をもちつつ近づいたが、彼の期待を裏切るように2体のモンスターが消えてしまう。
「だめか。まぁ、悪臭がないだけマシか……」
剣を手にしたまま、その場に両膝をついたのを見て、洋子が近づき肩を優しく叩いた。
「スラッシュ……凄いですね。私のとはまったく違いますよ」
「そうなのか?」
「ええ。私のは見せる事も恥ずかしいレベルです。ところで係長」
「うん?」
「今晩の予定をキャンセルしていいですか? と言うか、御免なさいしたいです」
「予定? ……ああ、レトロゲームがどうとか言ってた事?」
「はい。あと6階にいる間は掲示板を読まずに疲れをしっかりとった方が良いと思います。私の方から報告入れておきますので」
「えぇ!? あれは、読まないと駄目だろ!」
納得できるような事ではないと返事を待つと、洋子はクルッと回り良治に背を見せた。
(係長がゲームや掲示板で、あれがアンデッド系だと知ったら……。知らない方が係長の為な気がする……)
「洋子さん?」
「あ、あれです。前に言ったように、係長は1人で背負いすぎなんですよ。なので私が肩代わりしょうかと! 係長は休んでいてください」
顔を合わせたら嘘がバレる! そう思い、目線を合わせず言う。
良治はやっぱり納得しないように首を傾けた。
「確かに、こういう戦い方していたら疲れるけど魔法で回復できるし、大丈夫だぞ」
「ウッ!」
「それに掲示板を覗くのは結構好きだ。現実の方は、あまり見たくは無いけど」
「クッ!」
良治の声に洋子の手が拳を作った。
しかし、その拳はすぐに緩み、洋子の表情も緩んだ。
そして出来上がるは……
「……係長。いえ、良治さん」
「……へ?」
突然名前で呼ばれると良治の口が開いたまま固まった。ついでに耳をゴシゴシと軍手のついた手で揉んでしまう。
洋子は顔を下げたまま体をゆっくりと回転させ、良治へと近づく。
少しだけ胸の先を押し付けると、良治の顔が強張った。
「な、なに!?」
突然の行動に驚き、顔ばかりではなく全身が膠着(硬直?)。
足を動かそうにも根が生えたように、良治の意思が無視される。
洋子の顔が上げられるが、そこにあるのは良治の知らない女としての顔であった。
大人の女としてのものではない。
妖艶さなぞ微塵もない。
初めて出来た彼氏に見せるような、甘く恥じらいを覚えた少女のような表情。
「……良治さん。あなたの体が心配なんです。……言わせないでください」
「き、君、誰!」
思わず出してしまった声に、洋子の手が再度拳を作りだしてしまった。
目の前の男に、作り上げた拳を振るいたくなったが、それは当人の背へと隠される。
「酷い。普段の係長なら、そんな事言わないのに!」
(いや、それ君もだろ!)
そうは思いつつ、口から出せなかった。
少しだけ、洋子が悲しむような表情を見せたせいだ。
そんな表情も、すぐに消え、今度は何かに気付いたような顔を作った。
「やっぱり、疲れているんですよ! しっかり休んで下さい」
「そうなのか?」
一転して、ここ最近見慣れてきた笑顔になると、焦りを感じていた良治が、落ち着きを取り戻し始めた。
「そうですよ! それがいいです」
「……そうかも?……うん。分かった。じゃあ、君の言う通りにするよ」
「はい! それでお願いします!」
洋子は、よし! と内心でガッツポーズを作りながら、ふと思ってしまう。
(思わず良治さんとか言っちゃった……)
己の発言を思い出した瞬間、洋子の体がクルっと回転した。
良治から逃げ出すように、スタスタと歩きだすと、その後を良治が追いかけ始める。
(なんだか、洋子さんの方が疲れてないか?)
自分が知らない洋子の顔を一瞬だけ見た良治は、そうした感想を抱くだけのようである。