ゲーマー
「火球 火球」
洋子が2発の火球をほぼ同時に投げつけた。
1発はスケルトンに。もう一発は同時に現れたゾンビに。
スケルトンはバラバラに砕かれるが、ゾンビは片腕と肩を失っても火をつけたまま歩いてくる。
「少し外れた? なら」
再度もう1発を発生させ、ゾンビの下半身目掛けて投げつけた。
命中と同時に爆破。残された上半身が床の上に落ちる。
一瞬、ムクリと顔を起こし洋子に視線を送ったが、すぐに力尽きた。
「お、終わったか?」
「はい。終わりました」
背中に隠れていた良治が恐々と出てくると、焼け焦げたゾンビの上半身を見て、一瞬で血の気が引いた。目眩すら感じたが、それでも立っていられたのは、残された自尊心からだろう。
「はぁー…洋子さん、ほんと御免」
「いえ、ちょっと計算違いでしたけど、これじゃあPTプレイの練習にもならないと思うので、この階は私に任せてください」
「計算違い?」
「PTプレイの事ですよ。ここで互いの力量を知ってもらおうという魂胆だと思いますが、これじゃあ、難しいかもしれませんね」
「……魂胆ってピーな神の?」
「はい。ピーな神のです」
良治にそう言うと、ツカツカと歩きゾンビに近づいた。
匂いを気にしたのか左手を小さな鼻に添え、手にしていたスティックで軽くついた。
「……本当にこれで終わり? これならソロプレイでも十分。何を考えているの? また、バランス調整ミス?」
「洋子さん?」
急に仕事現場をみるかのようなキツイ目をし、声音も真面目そのもの。
だが口から出る言葉は、なんだか不真面目な気がしてならない。
そんな事を考えていると、洋子の目が良治へと向けられた。
「私が前に言った事覚えていますか? ロクな戦闘経験もなくて、ここに連れてこられたら死亡率が上がるんじゃないかって」
「言ってたね。でもこれなら楽勝じゃないか?」
「ええ。4階のボスはともかく、この程度なら楽勝でしょう。スキルの調整ミスばかりでなく、5階モンスターも調整ミス? ……って思ったんですけど……係長はどう思います?」
「さぁ?」
考えることを即座に否定してみせるかの反応に、洋子の両肩がガクっと落ちた。
「ちょっとは、考えてくださいよ……」
「そう言われてもPTが組めるのに、これっていうのは……あぁ、それじゃないのか?」
「それ?……ってなんです?」
落ちた肩を戻し顔を上げると、良治が思いついた事を話し出す。
「俺と洋子さんはすぐにPT組めたけど、他の人も一緒ってわけじゃない。その為に1人でも余裕な場所を作ったとか……そんな感じ?」
「……そういえばヌンチャク課長は1人でいましたね。そういう人もいるって考えれば、ここはボーナスフロアだった? 休憩所の利用時間制限もあるし、ずっとスマホを見ていられるわけじゃないし……あれ? もしかして、初めから全て計算づく?」
良治が言った事から、考えを発展させていく洋子の顔つきは真剣そうであるが、時折唇が緩んでいるのが見受けられた。
考えるのが楽しい。
そうした気持ちでいる事が、良く分かる顔つきである。
「やっぱり洋子さんって、ゲーマーなんだな……」
良治がそう言い放った瞬間、ピシっという擬音すら聞こえてくるように洋子の表情が固まり、顔色がみるみるうちに青ざめていく。
「か、係長? な、何を言ってるんですか?」
「何をって…洋子さんってゲーマーだろ? もしかして、隠そうとしていたのか?」
「私は違いますからね! ちゃんと仕事に専念しているじゃないですか! 残業だって毎日3、4時間はしていましたよ!」
「それは知っているけど残業してもゲームするんだろ? 朝は眠そうにしていたし、あれって遅くまでゲームしていたんじゃないのか?」
「クゥヮアアァ―――!!!」
それ以上は言わせんとばかりに、洋子が両手をあげ良治へと迫った。
奇声をあげながら迫ってくる洋子は怖くないようで、落ち着かせようと両手を伸ばし抑える。
「え? なに? 本当に隠そうとしていたのか? ここ数日の君を見ていると、知ってもらいたいって感じだったんだけど?」
「あれは違うんです! ネットに詳しいだけですから!」
「ネットに詳しいだけで、虫眼鏡の話をして、自分の体を見てほしいと言うのか?」
「そうでしたぁあ――――!!!」
迂闊!
とばかりに振り上げていた両手を遺跡の壁へとぶつけた。ちょっとだけ涙目である。
そんな洋子を見ながら良治は思う。
なぜ、そこまでゲーマーである事を隠したがるのか分からないと。
「別にいいと思うけど……知られたらマズイ事があるのか?」
「マズイと言うか、恥ずかしいと言うか……普通、こういうのって嫌なもんなんですよ……」
「そうなのか? 趣味だろ? 仕事に支障がないなら構わないと思うが? だいたい、こうして俺が助かっているわけだし恥ずかしい事じゃないぞ」
「!?」
良治が不思議だという感じで言うと、洋子はガバリと振り向いた。その目が爛々と輝いているように見える。
「そう思ってくれるんですか!?」
「何で驚くんだよ。趣味があるぐらい普通だろ? 俺だって野球観戦ぐらいするし」
「それは良いじゃないですか。私の歳で新作をチェックしたり、ネトゲの課金ガチャに給与を結構つぎ込んだり、そんな恥ずかしい話とはまったく違うんですよ!」
「……意味が分からないが、給料はあまり使わない方が良いと思う」
「だって運営が酷いんです、運営が……セット装備とか欲しくなるじゃないですか……10連ガチャもずるいんです……」
洋子の輝いていた瞳が、段々と曇っていく。
何を思い出したのか知らないが、ゾンビのように虚ろな目つきになってきて良治は段々と恐怖を覚えてきた。
この話は駄目だ。
きっと、自分が知らない深淵に触れる。
世の中には知らない方が良い事もある。そんな事は良治も分かっている。
だから、彼は別の話に切り替え始めた。
「洋子さん、とりあえず進もうか。昼休みに何かしらの新情報を流したいしさ」
「……あ、そうですね! ええ、進みましょう。何かあるかも……ところで係長」
「うん、なに?」
「私の事を新情報として流すのは駄目ですからね? 私も係長の弱点とかは言いませんからね? いいですね?」
「まったくその気は無かったよ。そういう事を考える君こそ、俺の弱点を流す気だったんじゃないのか?」
ふとした疑問を口にした良治であったが、その返事はもらえなかった。
洋子が迷宮の先へと顔を向け、無言で歩き出したのだから。
「……そのつもりだったな。君ってやつは」
呆れた声を出しながらも、先へと進みだした洋子の後を追いかける。
すると、その先に、ちょっとした小部屋のようなものを見つけた。
扉のような物は無いが、人の手で石を組み合わせ作ったような部屋。
いかにも怪しげだな~ と中を覗いてみると、やはり情景をぶち壊しそうな宝箱が『見つかった!?』といった感じで置かれていた。
「やりましたね!」
洋子がハシャイだ声を出すと、良治は頷いて近付いた。
今度は何だろう? と開いてみると、そこには2枚の羊皮紙がある。
「2枚? こういうのは初めてだな」
「私もです。ちょっと鑑定してみます」
ポーチから虫眼鏡を取り出し良治と場所を変わる。どういうものだろう? と覗いてみると『治癒の魔法』と表示されていた。これはどちらも同じであった。
「2枚とも一緒? それに治癒?」
「みたいですね。つまり、PTを組んだ場合は人数分出るってことじゃないでしょうか?」
「アイテムも分裂するって事か?」
「あるいは、最初から2つ用意されていたかもしれませんが、そこは分かりません。まず、覚えてみましょう」
洋子の意見に良治も同意を示す。
互いに手をのばし羊皮紙に触れると、治療の魔法を2人そろって習得した。
「治癒……なるほど、状態異常の回復なんですね……と、言う事はこの先、色々と厄介になるかもしれません」
「? どういうことだい?」
「こういうのって良くゲームであるんですよ。毒を使ったり、視界を暗くしたり、あるいは動けなくしたり……まぁ、色々です」
「ホント、君って色々考えているね。ゲーマーってそういうもの?」
「それこそ色々ですよ。私は、こうやって製作者の意図を考えるのが好きなだけです」
「へー…のわりには、金を使っているような……」
そう言った瞬間、洋子に睨まれたので黙ってしまう。
この人って、こんなに怖かったっけ? 等と思いながら宝箱をまたもポーチにしまう良治であった。