パーティープレイ?
5階への階段を上る良治の足取りが重そうであった。
その理由は…
「スケルトンとゾンビ……。嫌な事、知っちゃったなー…」
掲示板において槍の派遣社員が書き込んだ事にあった。
それもそのはずで、良治は幽霊やゾンビといったものが大の苦手。
かつてゾンビが群がってくる映画を見た時から、その手のものは避けてきた。
遊園地にいけば、絶対オバケ屋敷には行かない。
夏休みの肝試しには、腹が痛いといって欠席。
友人との寝泊まり回に行われた幽霊話は、即座に部屋の外へと逃げ出した。
そんな良治が、ゾンビやスケルトンと戦うという事は、見たら即逃げ! が決定しているようなものである。
「……いや、まだだ! 俺だってもう37歳だ。そんなものに怖がっていられるか!」
両の手をギュっと握りしめ、自分を奮い起こし胸を張った。
5階へと上がっていくと4階同様に遺跡のような光景が広がっている。
少年時代は、ロマンを感じさせた光景であるが、今となってはあまり感じないな―…と、それ以外の事に注意を向けた。
気にしたのは出現するモンスターの事であるが……大丈夫。見当たらない。
よし。今のうちに洋子さんと合流だ!
と、ポーチから迷宮スマホを取り出し画面を見てみると『PT募集』というアイコンが追加されていた。
「これだな。えーと――なんだ、1人だけじゃないか。これが洋子さんでいいよな?」
良治が見たのは、『スティック術士』というもの。これなら警戒する必要はなかったんじゃ? と思いながら触れてみると、周囲にノイズが走ったようなブレが発生。
発生したブレはすぐに収束していき、人影のようなものが出現した。
影の中で点のような色が小さく出たかと思うと、瞬時に拡散し洋子の姿をしっかりと表示させる。
見ていた良治の目がチカチカしてしまった。
現れた洋子が、ゆっくり目を開けると良治を見つけ目端を吊り上げた。
「……係長!……って、どうしたんですか?」
「ちょっと目がな……。とりあえず合流出来てよかった」
「ええ、まぁ……本当にどうかしました?」
「見慣れないものを見ただけだ」
「はぁ?」
「それより、洋子さんに言っておきたい事がある」
「はい? 突然何を……と言うか、ここ暗いですね。休憩所は? こんな場所で私を呼び出して、いきなりの告白? ……係長。ちょっと歳の差を考えてもらえませんか?」
どうして、そんな流れになるのかと目を線のように細めた。呆れたのだろう。
「休憩所の事はすっかり忘れていたよ。言うのも馬鹿らしくなったし探索するか。地図作りはどうする?」
「それはやった方が良いですね。2人ですし、私が歩きながら作っていきます。係長は周囲を警戒しながら進んでもらえますか? 槍の人が言うには楽勝らしいですけど、それって多分PTプレイを覚えさせる為だと思うので、少しずつ慣れていきましょう」
「PTプレイ?」
「たぶん5階は、PTプレイのチュートリアル用だと思うんですよ。ここで慣れさせて、徐々に難易度を上げていくと予想しています」
「……チュートリアルの意味がそもそも分からないが、それでいいなら、そうしよう」
「はい。では、行きましょう!」
洋子が話をしめくくり、腕をあげた。
彼女が手に持つのは、まるで真鍮のように磨かれた鉄のスティックであった。
それ以外でいえば、左腕に良治が壊してしまった木の盾をつけており、腰には黒いアイテムポーチがあった。彼女も入手に成功したらしい。
互いに着ているのは成労建設のロゴがはいった作業服。
上下一体のもので、下から上にジッパーを上げ着るものだ。
とてもお洒落とは言えないが、ここは迷宮。お洒落をして死ぬのは嫌なのだろう。
もっとも洋子の胸にあるはずの会社のロゴは見えない。
胸当てが心臓だけではなく、双丘そのものをカバーしているので。
「洋子さんの胸当てはちょっと違うね」
「どこ見て言ってるんですか。セクハラですよ」
「この程度で!?」
「あと、胸のサイズがどうとか言ったら、後ろから攻撃しますから、そのつもりでいて下さい」
「俺上司だけど!」
「ここではお互い時給700円のバイトみたいなものです」
「……そうだったね。この歳で給料が下がるとは思わなかった」
一体今までの苦労はなんだったのだと嘆きたくなる。14年の苦労が水の泡になった気分なのだろう。
肩をガクっと落とし良治が歩き出す。その後を洋子がスティックを握り締めついていった。
「係長。なんだか歩き方が固いですけど、いつもそうなんです?」
「え? そ、そう?」
「はい。3階でもそんな感じだったんですか?」
「……まぁ、それについては追々と分かるよ」
「はぁ?」
良く分からないが喋りたくなさそうだという事だけは分かり、良治の後をついていくと、前の方から、カシャ……カシャ……カシャ……といった音が聞こえてきた。
「きたかも。係長、少し戦ってみてください。係長の戦い方を見ておきたいです」
「え? いや、火球を放って……」
足音らしきものが聞こえてくる方向に、すでに放とうと思っていたようだが洋子が止めてしまう。そんな会話をしているうちに、徐々に物音を出している存在が見えてきて……
「ヒッ!?」
「係長?」
しっかりと見てしまい軽く悲鳴を上げてしまった。
彼が見たのは、子供向けアニメで出てくるデフォルメされたようなものでもない。
特殊メイクをふんだんに使い、恐怖をこれでもかと演出するかのような歩く白骨死体。あばら骨に少しだけ肉片がついていたり、歩く時、片側に肩を傾けたりと、まぁ、演出が過ぎているなー…という感じのスケルトンであった。報告にあったゾンビはいない。
「ぎゃあああ―――!」
と、叫び洋子の背中へと隠れてしまう。
「え? え? 係長? ちょっと?」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」
「……あの?」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」
……
……
……
あぁ! そういう事!?
「火球」
全てを察した洋子が火球の魔法を唱えると、軽く上げた手の平に火球が1発出現。
それを、「せーの」の掛け声と共に投げつけると、放物線を描いてスケルトンの胸元へと命中し爆破。良治が放つ火球よりも爆発力が高いように見える。
ドーンという音と共に、スケルトンの全身が散らばって、頭蓋骨の部分がケタケタと一瞬笑うような音を出した。
洋子はまったく意に介さず、自分の後ろに隠れた良治に声をかける。
「終わりましたよ」
「お、終わった?」
「ええ。どうぞ見てください」
「……」
洋子の背中から顔だけを出しみると、そこにはバラバラに散った白い骨が散乱していた。頭蓋骨が何故良治達を見ているのかは知らないが、それだけで良治の背筋が伸びてしまう。
「係長って、もしかしなくても、ああいうの駄目ですよね?」
小さく尋ねる洋子の声に返事をしないが、顔だけは前に倒した。
「ゾンビも?」
「……耳にするのも嫌だ」
「そこまで!?」
「だって、あいつらオカシイだろ! なんで、死んでいるのに歩くんだよ! しかも、ゆっくり迫ってくるし! ゾンビなんか噛まれたらこっちもゾンビになるんだぞ! 皮膚とかめくれて血をダラダラ流して歩いて……ウゥ、想像するだけで嫌だ!」
良治が、まだ自分達を見ているかのような頭蓋骨を指さし力説。最初は怒鳴るかのような表情であったが途中で額にシワを作り情けない表情となった。
「ここのゾンビに噛まれても平気な気がしますが、まぁ、見るのも嫌なのが良く分かりました」
「分かってくれるか! 誰だって苦手なものってあるだろ!」
「そうですね。幸い本当に弱そうなので、この階は私が先を歩きます。係長は地図作成の方という事にしますか?」
「お、おう! それがPTプレイというやつなんだな!」
「……ちょっと違う」
納得できない洋子と、よし! 頑張って地図を作るぞ! と鼻息を荒くする良治。
持ち込んだ白チョークは、早速役に立っているようである。