もう聞きたくない
良治からの質問が途切れた。
ここまでの情報を整理しようとしているのか悩んでいる様子が伺える。
だが、これ以上の質問に対して、エリオスは詳しく説明する気は無かった。
(神だからといって何でも出来るわけじゃないんだよ)
現実世界で実体化出来ないように、制限というものがある。
アダム達がいる理由は、その制限による問題を解消するためでもあった。
彼等を使って機材の点検をさせていたのは、人の手で制御しきれるものなのかどうかを、自分達で確認するため。ただし、そんな裏事情まで良治達に説明する気は無い。
彼が約束したのは事件の理由や目的を教えることだけ。
それ以上の説明も少しは含んで話している。
約束は果たしただろう。
あとは、提案を聞かせ協力してもらいたいというのが本心。
悩む2人を見ているエリオスは、その提案について話す時がきたようだと、自分の口を開き始めた。
『じゃあ、そろそろ僕からの提案を聞いてもらおうか』
そう言い出すと、良治と洋子が苦々しい表情を見せてきた。
明らかに嫌がっているようであるが、エリオスにとってみればここからが本題。
2人の気持ちなぞ知らないとばかりに、自分が思うことを言い始めた。
『単刀直入に言う。ベーシックダンジョンのように痛覚がある仮想世界が作られたら、積極的に利用してみてほしい』
「……うん? どういう……」
『理由はこれから説明する』
良治の言葉を遮り、エリオスは腕を組み、真剣な眼差しを2人へと向けた。
『思い出してみてくれ。ベーシックダンジョンを始めた頃は誰もが恐れていたはずだ。強制的にプレイさせていたとはいえ、もし痛みがなかったら、あそこまで恐れる事は無かったと思う』
言われたことをそのまま実行したのか、良治の視線がわずかに上を向いた。
呼び起こした記憶を見ているかのような仕草をしたあと、渋々ではあるが納得したように頷く。
『それが変わり、楽しみ出したのは君達がいたグループが一番早い。あの時と同じことをしてほしい』
「……?」
何を言っているのだろうか?
そう言いたくなるような話だったようで、良治の表情がさらに険しくなる。
『分からないかな? つまり……』
エリオスが詳しい説明をしようとしたが、洋子から意外な言葉が洩れた。
「良治さんを利用して仮想現実に対する恐れを薄れさせるのが目的ですか?」
開きかけたエリオスの口がそのまま止まった。
洋子が言った事は、エリオスが説明しようとしている事の少し先の話だ。
言い当てられるとは思っていなかったらしい。
「違いますか?」
『……係長だけではなく君もだけど……いや、正解だよ』
唖然としつつ返答すると、洋子は首を横にふってから返答した。
「駄目ですね。そんな話には乗れません」
『……え?』
エリオスの表情が一気に崩れた。
彼にとって予想外だということが、良く分かる。
「あの未来に繋がる確率を極力下げるためだという理由は分かります。何を言いたいのかも想像がつきましたけど、私達が協力しても決してゼロにはならない。違いますか?」
『……正解だ。どんな未来でも可能性として残るから、それを……』
「聞いた事にだけ答えてくれればそれでいいです」
『……』
これ以上の長ったらしい説明は不要。
そう言わんばかりの態度である。
「もう一つだけ確認します。あなたが言う未来がくるのと、私達の寿命がつきるのと、どちらが先でしょう?」
『……あの未来がくるとしても、君達の寿命が尽きたあとになるだろうね』
「なら、その時代の人々がどうにかするべきでは? 今の時代にだって問題が無いわけではありませんよ。いつの時代だって、多くの問題を抱えて私達は生きてきたんです」
不快そうに洋子が言い切ると、席から立ち上がった。
「私も嫌な未来だと思います。ですからブログで流しておきますが、それ以上はしたくありません」
彼女の様子が、いつもと違っていた。
未来で起きるかもしれない出来事に必要以上に首を突っ込む気がないのは本当なのだろう。
だが、理由はそれだけなのだろうか?
(他にもありそうな……いや、今は……)
分からないまま良治が立ち上がる。
憤慨した様子の彼女の隣へと近づくと、その肩に優しく手を置いた。
「帰るか?」
「……はい。これ以上は聞きたくありません」
そう言われるのを待っていたかのように、洋子の態度が急激に変わる。
気持ちを落ち着けさせようとしているのが分かると、今度はエリオスへと視線を向けた。
「構わないよな?」
『……本当にそれでいいのかい? 君達が少し協力してくれさえすれば、あの未来は……』
ほぼゼロに等しくなる。
エリオスはそう言いかけたが、良治はそれ以上を聞きたくないとばかりに顔を振った。
「気にならないと言えば嘘になるが、俺としては来るかどうか分からない未来よりも……」
エリオスに向けていた視線を、洋子へと戻す。
彼女のことをどう思っているのか、誰にでも伝わるかのような眼差しを彼女に向けていた。
『……残念だ。分かった。すぐに帰すとしよう』
言葉どおりにしようとしたのか、エリオスが立ち上がる。
同時に隣にいたアダムも立ち上がると、そのアダムを疑っているような視線を良治が向けた。
「……そっちの男。20階で戦ったやつとは別人か?」
『うん? ……あぁ……気になる?』
「少しは――もしかして、さっきの話にでていたアンドロイドというのは……」
『そう感じた? ドールとは体が違うけど……いや、これ以上は君達に関係のない話だ』
「……それもそうだな」
興味が薄かったのか、良治はそれ以上いわず素直に引き下がった。
彼が大人しくなると、エリオスが腕を上げる。
『気が変わったらいつでもいい。僕が教えた名を口にしてくれ。それだけで僕に届く』
諦めきれないといった様子で言ったようだが、2人は返事をしようとはしない。
その彼等に向かって腕を一振り。
良治と洋子の体が光に包まれ、その場から消える。
残されたエリオスは2人がいた場所を、心底残念そうに見ていた。
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部屋へと戻されるなり、疲れ切ったような溜息をついてしまう。
(理解しづらい事情があるようだが、それにしたって……)
明日になれば、また大勢の会社員が誘拐され、強制的にテストプレイをさせられる。それがどうしても気になった。
洋子のブログを通じて、今現在の状況をある程度掴めているせいもあるだろう。
良治がそう思う間に、洋子が動いていた。
自分のノーパソを開き、感情をぶつけるかのようにキーボードを激しく叩き始めている。
「どうした?」
「……我慢の限界です……」
「……」
良治が思う以上に、洋子はお怒りのようである。