無数の一つ
翌日の朝8時頃。
テストプレイをさせられていた時のように、2人の姿が洋子の部屋から消えた。
次に目にしたのは、見知らぬ部屋。
灰色の石壁のようなものに囲まれているが、牢獄というよりも未来的な場所という印象を受ける。2人がそう思えたのは曲線を意識し作られたテーブルが中央にあることや、置かれている4つの椅子がプラスチック製のような見た目だったからだろう。
「何処なんでしょう?」
「ゲーム内では見た事がないな……もしかして、現実か?」
洋子にそう返事をしつつ、置かれている椅子へと近づき触ってみる。
見た目とは違い柔らかく、ほんのりとした温もりすら感じられた。
座りごこちが気になる。
そう思うと同時に腰を下ろした。
「おぉ……これは、いい」
「良治さん……」
洋子から呆れたような声が洩れた。
今の2人は部屋にいた時の姿のまま。
ベーシックダンジョンの時とは違って無防備状態のようなものだ。
良治が言った通り、ゲーム中ではなく現実なのかもしれない。
呆れかけた洋子であったが、見ているうちに馬鹿らしくなってしまう。
彼女も良治の隣に並んで座ると、体を優しく受け止める感触を味わった。
(あっ。これって、人を駄目にするクッションだ)
座り心地に覚えがあったらしい。
前に友人の家で使わせてもらったものと、ほぼ一致していたからだろう。
見た目とは違いすぎる感触が面白く警戒心が薄れかけたが、テーブルを挟んだ向こう側に1人の男が出現。2人が同時に腰を浮かせた。
「「!?」」
警戒心が上がったのは、その男性の姿に覚えがあるから。
髪型は違うが、その他の特徴が20階で戦った天使と全くと言っていいほど一緒だ。
「敵意はありません。それは、分かるはずです」
「……」
現れた男性というのは、少年とよくいる青年だ。
彼が淡々とした口調で言うと、2人は視線を合わせる。
一度だけ頷きあったと、椅子から離れていた腰を落とした。
「……それで? 管理者はどうした?」
「すぐにでも」
端的な言葉で青年が言い返すと、彼も椅子へと座った。
同時に、青年の近くにあった椅子に見慣れた少年の姿が現れたのだが、その姿が透けて見える。プラスチックのような椅子の背もたれも薄っすらと見えていて、実体ではないのが一目でわかった。サイズは違うが、いつぞや現実の世界に現れた時と同じである。
『やぁー…って、あぁ、御免。先に言っておくのを忘れていたよ。悪いけど、ゲームキャラを通してじゃないとこうなってしまう。ちょっとした理由があってね……まぁ、気にしなくていいよ』
「?」
どういう意味なのかと良治が困惑するが、その彼に向かって少年の指先が向けられた。
『とりあえず君。なんて呼べばいい? やっぱり係長?』
「……好きに呼べ」
とは言うものの、良治の眉間にシワができあがる。
『そのわりに嫌そうだね。なら鈴木さんとでも呼ぼうか?』
「……係長で。なんだか嫌だ」
『もしかして、我儘な性格?』
「……」
良治の目が『お前が言うか?』と言いたげに細まった。
少年は、不機嫌さを隠そうともしない良治から視線を逸らし、今度は洋子を見た。
『君は柊さんでいいかな?』
「指を向けないで下さい。呼び方は任せします」
『そう。じゃあ、柊ちゃんでも良い?』
「却下です」
洋子が即答すると、少年は小さく両肩をすくめてみせた。
『しょうがないなぁ……じゃあ、柊さんで。ついでにこっちの紹介も済ませておこう』
楽し気な笑みを見せつつ、今度は隣にいる青年を紹介し始めた。
『彼はアダム……とは言っても聖書に出てくるアダムとは違う。名前というよりも形式名称に近い……まぁ、僕の部下の1人だと思ってくれればそれでいいよ』
迷いを感じさせるような言い方で紹介された青年が、軽く頭を下げた。
『最後に僕だけど……これはちょっとね……色々な名前を使ってきたし……まぁ、君達にはエリオスとでも名乗っておくよ』
「自分の名前なのに、色々使うってどういうことだ?」
『その辺は好きに考えてくれ。君達が聞きたかったのはソコじゃないはずだ』
そう返してきたエリオスの声音が、徐々に変わり始めた。
業務連絡を流していた時とは違う顔。
ベーシックダンジョンの管理者としてではない、別の顔。
少年の本性じみたものが見えたように思え、2人とも苛立つ気持ちを抑えた。
『分かってくれたようだね。じゃあ、君達が知りたかったことについてだけど……その前にこれを見てもらおうか』
エリオスが言いながら右手をあげ、空間を優しく撫でるかのように横へと滑らせた。その軌跡に沿って半透明なスクリーンがテーブル上に浮かびあがる。
『今から見せるのは、君達人類が歩むかもしれない未来の一つ。これを公表するかどうかは君達の判断に任せるよ』
エリオスがどうでも良さげに言ったせいだろう。
聞かされた2人は、何を言われたのか理解するまで少しかかったようである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最初に映されたのは、道路にできた亀裂から生えだした雑草だった。
その雑草が、ひび割れが目立つビルに絡まっている。
次に映されたのはどこかの住宅街。
こちらもまた、草木によって浸食されていた。
そうかと思えば逆に荒廃した広い大地。
あちらこちらに、何かが爆発した形跡が見られる。
人がいなくなった地球。
そうした印象を受けている良治の前で、さらに映像が切り替わる。
今度は、真新しい建物のように思えたが、どれもこれも同じようなものばかり。
画一的な建物同士が密集した光景は息苦しさを感じさせた。
(大きな戦争でもあった?)
想像するのも嫌だが、未来というからにはありえなくはない。
その戦争によって破壊された場所を放置し、別の場所に新たな住処を作り上げたとも考えたが……1つ疑問が残る。
『何か気付いた?』
映像を見ている途中で、エリオスが探るかのように尋ねてきた。
良治は顎を撫でながら、自分が感じた疑問を口にする。
「……人の姿を映さないのは、わざとか?」
表示されている映像から目を逸らさず尋ねると、エリオスが否定するように首を横にふった。
『誰も外に出てこないだけ。この未来で生きる人類は、外にでる必要性をなくしているし、出る意思もない』
声は聞こえた。
だが何を言っているのか分からなかった。
言葉の意味としてならば分かる。
だが、エリオスの口調や声から彼自身の気持ちが一切感じられない。
だから、良治は嘘だと思った。
「……じゃあ、この建物は誰が建てた? メンテナンスも必要のはずだろ?」
『そういうのは全てドール――君達なりの言葉で言えばアンドロイドのことだ。こうなる前に大量に作られていて、建築物関係だけではなく、肉体や精神的なケアまで頼り切っている……他のどんな未来よりも、つまらない……ゆっくりと終わりを待つだけの社会……そういうのって、馬鹿らしいと思わない?』
エリオスが口にする一つの未来。
それはSF映画で語られるかのような内容。
状況を説明する彼の声は最初と同じく無機質なものであったが、最後の言葉だけは違っていた。
聞かされた良治達は現実味というものを感じていない。
あまりに荒唐無稽すぎて、納得しかねた。
「これが俺達の未来だと言われてもピンとこない。大体、何故分かる?」
『……分かってはいたけど、まだ僕のことを疑っているね? 最初から言ってあるけど、僕は神だ。見ようと思えば、君達人類が歩むかもしれない無数の未来を知る事が出来る』
「ちょっと待ってください。仮にこんな未来が来るのだとしても、どうして私達にテストプレイを?」
『……無数と言ったはずだよ。この未来が確実にやってくるわけじゃない。こうなる確率は低いけれど……ゼロじゃない……絶対に消えないんだ。それが僕は気に入らない』
自分がとっている行動の全てはそこに集約される。
エリオスの表情は、それを訴えかけているかのようであった。
1時間ずつにわけて、本日は4話分投稿します