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お説教

「という事があったんで、鉄の武器が出た話を流した」

『係長、おバカ?』

「おい!!」


 アパートに戻るなり、まずは洋子に配置図データを送らねばと、さっそくスキャン。そのデータを洋子のメールアドレスに送ったので、確認するために電話をかけると、午後の休憩が終わった後どうしていたのかと聞かれてしまう。

 良治は鬼との一戦を喜々として語ったら、そんな返事がされたという所だった。


『どうしてボス相手に、魔法実験みたいな事をするんですか!』

「敵は一体だけだったし、死んでも失う時間があまりなかったからだよ」


 返事をすると、洋子が何も言わなくなった。

 どうした? と待っていると怒鳴り声が響きだす。


『やっぱり馬鹿ですか!!』

「な、なにぃ!?」

『大馬鹿ですか! それでも足りないぐらいの超馬鹿なんですか!』

「何だよ、いきなり!?」

『何だよも何もありませんよ! 部長が言った事を忘れたんですか?』

「部長……いや、忘れてはいないけど、今は考えないようにしたんじゃ?」

『それは私です! 係長まで考えないようにする必要何てありません! なんでそう思っちゃうんです? やっぱり馬鹿でしょ!』


 洋子の声は本気で怒っているように思えた。

 感情を直接ぶつけてくるような言葉に、良治は戸惑いを覚えてしまう。


『……言い過ぎたとは思いますが、係長は冷静でいてください。テストプレイヤーの中には今日も死んでやったぜ! なんていう馬鹿もいるんです。係長がそんな人と一緒になるのだけは止めてください』

「……え? なにそれ。初めて聞いたけど?」

『でしょうね。書かれていたのは現実の掲示板ですから。何度も落ちている掲示板の中で、俺スゲェだろなんて言う奴がいて、頭が痛くなりました』

「……君、それ見たんだ?」

『えっと――まぁ、偶然?』


 分かった。そういう事にしておこう。と内心でのみ返事をする。


 良治なりに洋子の言いたいことは理解できていた。

 スラッシュを入手してからと言うもの、戦いに対する恐怖が薄れている。

 死んでも今ならロスする時間があまり無い等とも考えた。


 こんな考えがドンドン進んでいくとどうなるのか?

 それが危ないのだと洋子は言いたいのだろう。


「言いたい事は分かったよ。俺も注意する。ところで送ったデータはどう?」

『それはもうブログに載せましたよ。今頃皆さん閲覧中でしょう』

「早いね!」

『準備そのものは済ませていたので、後は係長のデータ待ちだったんです……でも、鉄の武器が入手出来る事は余計だったかもしれません』

「良いんじゃないか? みんな喜ぶだろ?」

『それ欲しさに必要なアイテムだけ取って4階に進む人が増えると思うんですよね。ただでさえPT募集の事があるのに……一気に4階突破する人が増えると思います』

「何が不味いんだ?」

『……係長が、4階のボス相手に完勝出来たのは、実戦経験を多く積んだからじゃないですか? 宝箱の位置が分かっていると、ほとんど敵と遭遇しないまま4階に進む気がするんですよ』

「あー…。それはありえそうだ」


 洋子の不安を理解した返事をし、少し考えだした。


 宝の配置図は公表しない方がいいのかな?

 だが、それだと先へと進みたい人達にとってどうなんだろう?

 与えすぎても駄目なのは分かるが……これはバランスの問題になるだろう。


「情報も使い方次第か……そこの所は、洋子さんに任せてもいいか?」

『……そうですね。ブログに載せるのは私ですし……まあ、掲示板を見ている人達は、どのみち同じになりますけど……。それよりPT募集の方はどうなりました?』

「あぁ、それはまだだな。5階に上ったら分かると思うんだ」

『という事は、倒してもそれらしい事はなかった?』

「そう。迷宮スマホには何も表示されていない。たぶん5階でだと思う」

『……5階で……ですか。という事は……』 


 スマホから聞こえてくる洋子の声が小さくなっていき、何を言っているのか聞き取りにくくなった。

 どうしたのだろう? と続く言葉を待っていると、ようやく聞こえる声が良治の耳に届いた。


『係長。ボス部屋って安全そうですか?』

「うん? ああ、まぁそうだな。ボスがいただけだし。上へと昇る階段も見えていたから、それを上がっていけば5階のはずだ」

『……その部屋使えますね。分かりました。明日の10:00頃まで、その部屋で適当に訓練などしていてもらっていいです? それなら休憩所の利用時間制限には入らないでしょうし』

「なぜ?」

『私もボスに挑みます。結果は明日の10:00頃に掲示板で教えます。それに係長が返事を書き込んだら、2人そろって5階へと進みましょう。そこで募集をしてみてください。休憩所の中でも大丈夫かどうか知りませんが、一度それでお願いします』


 聞いている良治の目が泳ぎだした。

 え? どう言う事? と、一気に言われた事を頭の中で整理する。


 その結果出たのは、彼女はすでに4階ボスに挑戦できる状態なのか?

 あるいは明日の朝一気に3階を巡ってクリアするつもり?


 という2通りの結論なわけだが、その答えを洋子の方で、さらりと言い出した。


『もう、3階のアイテムは全部入手済みなので、あとはボスのみです』

「えぇ!? 君こそ実戦経験積まなくていいのか!」

『だいたい把握できましたよ。それにこの先はPTプレイになるでしょうし……むしろこれからの係長が不安です』

「俺なの!?」

『何年係長の部下をやっていると思っているんですか……。自分一人で背負い込むタイプだという事は会社の全員が承知しているんですよ。知りませんでした?』

「俺、そう思われていたのか!? ……まったく知らなかった」


 ガクっと首を倒してしまうと、電話口の方から『大丈夫。どうにかなりますから』等と言う声が聞こえてくるが、そう言う事じゃないと言いたくなった。


「もういい。分かった。明日の朝はゆっくりとさせてもらうよ」

『はい。では、また明日の午前の掲示板で』

「ああ。じゃあな」


 最後にそう言い、電話を切った。

 ハァー…と溜息をついた後、着ていた作業服を脱ぎだす。

 鬼がぶちまけた血の跡はまったくない。


(前にリュックやヘルメットをつけて迷宮に拉致られた時もそうだったな。戻ってきたら背負ったままだったし……いや、もうどうでもいいや。着がえたら飯でも食べに行こう……)


 全身から力が抜け落ちている様子であるが、どうしてなのかは良治も分からない。


 明日から洋子とPTを組む事になりそうだからなのか?

 それとも、会社の同僚達に自分は1人で背負い込むようなタイプに見られていたからなのか?

 あるいは、部下に良いように使われているような感じがするからなのか?


 気落ちするだけの理由は幾つかあるが、それもこれも忘れて焼き豚定食を食べに行く。

 その帰りに色々思いつきホームセンターに向かうのだが、洋子が作っているブログについてはコロっと忘れてしまっていた。


 きっと歳からくる物忘れに違いない。

 洋子から説教された事による拒絶反応ではないはずだ。

 ……たぶん。

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web版とは【異なる部分】が幾つかあるので、是非手に取って読んでみて欲しいです。
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