報告し忘れ
少年が、体をふらつかせながら近づいてくる。
その姿が不気味すぎて、2人とも手を繋いだまま身構えた。
「……警戒しなくていいよ。自分で決めたルールを破った時点で僕の負けだ」
足をとめ、手をふらふらと振りながら少年が言う。
だからと言って警戒を解けるわけでもない。
まだ何かをしてくる。
そう思えてならない2人が、怪しむ目を向けていた。
「今日一日はいつも通りだけど、それで終わり。間違いないよ」
言いながら背を伸ばした少年を見るに、嘘を言っている様ではない。
良治と洋子は顔を合わせ頷きあった。
「分かってくれたようだね」
「……報酬の件はどうするつもりだ?」
「ゲーム機の方は、現実に帰ったら手にしているはずだ。君達が知りたいことについては、今度の日曜日に話す」
「日曜? 今じゃないのか?」
「この状態は長く続かないんだよ。それに、神として約束は……」
口から出かけた言葉を止めると、少年の背中がグニャリと曲がった。
見た目の容姿に不釣り合いな表情をしながら、話を続けてくる。
「今の僕が神だとか言っても笑っちゃうだけだよね……まぁ、話すとなると結構長くてさ。それに、僕の方にだって聞いてほしい事がある。約束を破るつもりは――まさか提案のことを忘れた?」
「聞くだけなら構わないが……」
「えぇ。あくまで聞くだけです」
「そうだろうね……とりあえず、この続きは日曜日だ。その時になったら分かるから待っていてくれ。君達の仲間も気にしているようだし、この辺で今は許してくれないかな?」
ニコリとした笑みを見せたが、明らかに作ったような表情。
そうかといって嘘を混ぜているという感じではない。
仲間達を安心させたいという気持ちもあり、2人とも了承した。
話が終わると元の場所に戻る事が出来たが、床に寝転がる姿勢で倒れていた。
容態を気にしている仲間達に向かって、聞いたばかりのことを話し始める。
一連のことを伝えると、今度は18階へと移動。
いつもの宿屋で軽食を口にしつつ、迷宮スマホを片手に報告を始めた。
本当にこれで最後なのかもしれない。
掲示板を眺めている良治の手が、そっと剣の柄を優しく撫でた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
雑談スレ part 108
12 名前 R
俺からの話は以上ですね。
他には無かったと思いますけど、どうだろ?
13 名前 Y
大体話したと思いますよ。
14 名前 名無しの迷宮人
やっぱり管理者と戦っていたのか。
ちょっとショックだったけど、事情が事情だからなぁ……
しかし、運営する側がルール違反をするとか最悪だな。
15 名前 槍の派遣社員
なんなんだ、あいつ?
ほんと、わけわかんねぇ……
16 名前 名無しの迷宮人
見た目通り、中身も子供なんじゃないか?
それはともかく、聞く限り全体を強化できる固有スキルが大事ってことでいいんだろうか?
剣術士と長刀術士さん。それに467がいなければ追い詰める事が出来なかったように思える。
17 名前 名無しの迷宮人
たぶん16人中、全体強化系の固有スキル保有者が2人いたのが大きいと思うな。
18 名前 名無しの迷宮人
こっちが増えたら向こうも強化されるんじゃ、考えなしに人を増やしたら駄目ってことになる?
19 名前 名無しの迷宮人
そういう話は、明日からにしようぜ。
係長達は今日で最後だぞ。
20 名前 名無しの迷宮人
だから話しているんだろ。
ブログに攻略情報は載せてくれるだろうけど、質問してもYさんは返事してくれない。聞きたいことは今のうちにしておかないと、俺達が困るぞ。
21 名前 Y
そういえばそうでしたね。
これからは攻略に関係したことだけは返事をすることにしましょうか?
22 名前 名無しの迷宮人
そうしてもらえると助かります。
23 名前 名無しの迷宮人
つか、係長達が勝てたのって結局は管理者の自爆だろ?
あいつの望みに反した行為をやらせれば、勝てるんじゃ?
24 名前 名無しの迷宮人
その管理者の望みが分からない。
25 名前 名無しの迷宮人
係長が管理者から話を聞いたら分かるのでは?
26 名前 名無しの迷宮人
あいつの望みって、ルールに沿った形での戦闘じゃないの?
27 名前 名無しの迷宮人
それなら、自分で制限解除が出来ないようにすればいいだけだろ。
28 名前 名無しの迷宮人
あんな姿だし、本当に力があるだけの子供なのかも?
こんな事をしている目的も、そんな感じかな?
29 名前 名無しの迷宮人
確かに子供じみている感じがするが、目的についてはどうだろうな。
日曜日には分かるようだし、それを待とうぜ。
30 名前 ガチャで失敗した迷宮人
管理者の目的についても気になるが、俺としてはゲーム機が気になる。
貰える人達は結局、どうするつもりだ?
31 名前 名無しの迷宮人
遊べるのかどうかも分からないからな……
売るのが一番いい気がするが、モルモットにされる可能性もある。
32 名前 爪術士
モルモット?
なんだそれ?
33 名前 名無しの迷宮人
チラホラ出てきている話だ。
ゲーム機を解析し終わったら試作品を作ろうとするだろうから、その時にテストプレイを頼んでくるかもしれないってな。
34 名前 名無しの迷宮人
痛覚があるのが問題なんだよ。
もし本当に実用段階までもっていくつもりなら、国の認可だって関係してくると思うし、その場合検証データだって必要だろ?
体験済みの俺達を利用したがるんじゃないかって、話がされている。
35 名前 名無しの迷宮人
本当にそうなるとは思えないな。
俺達は被害者だ。その俺達にゲーム機の人体実験をさせようとはしないだろ。
いくら契約を結んでも、どこで情報が洩れるか分からないし、そうなったら信用問題だけでは済まなくなるぞ。
36 名前 名無しの迷宮人
そういう話を聞くと、売るのが怖くなってくるな。
37 名前 大剣術士
俺と弓術士さんは、俺の会社で買い取ってもらうことになっているが、少なくとも係長たちが話を聞くまでは保留するつもりだ。
38 名前 名無しの迷宮人
大剣術士って、ゲーム会社に勤めていたのか?
39 名前 大剣術士
違う。
間に誰かが入ったほうがいいだろうという考えらしい。
買い取ったものを、別会社に売るつもりのようだな。
それと、欲しがっているのはゲーム会社だけじゃないぞ。
40 名前 名無しの迷宮人
中間業者と似たようなやり方だろうか?
41 名前 名無しの迷宮人
その方が良いかも。
直接やり取りすると、後々面倒になりそうだしね。
42 名前 名無しの迷宮人
それなら、ネットでオークションをすればいいんじゃないか?
43 名前 名無しの迷宮人
あまり話さない方が良いぞ。
マスコミにネタを提供してやっているようなもんだ。
場合によっては、クリア組がやりづらくなる。
44 名前 名無しの迷宮人
アレコレ騒がれて売りづらくなるってか?
あるかもな。
もうじき時間だし、今後についての話は止めるか。
とにかく先行組の人達、お疲れ様!
45 名前 名無しの迷宮人
クリアおめでとう!
46 名前 名無しの迷宮人
今までありがとうございました!
47 名前 名無しの迷宮人
これからもブログで助けられる気がするが、まずは、ありがとうございましたと言わせてもらいます。
48 名前 爪術士
一緒に戦えないのが残念だったけど、色々と助かりました!
49 名前 名無しの迷宮人
俺達も頑張ってクリアするよ!
50 名前 名無しの迷宮人
寂しくなるが、仕方がない。
お元気で!
51 名前 名無しの迷宮
今まで、お疲れさまでした!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
お疲れ様。
さようなら。
ありがとうございました。
そんな言葉を見ながら、17時を迎える。
部屋へと戻されるのはいつものこと。
見慣れた光景を目にしながら、テレビをつけた。
本当に終わったのだろうか?
そうした実感が湧いてこない。
そんな良治に浩二から電話がかかってきたのは、部屋に戻され2時間ほど経った時のこと。
(連絡するのを忘れていた!)
迂闊すぎる。
忘れていた理由はなんだろう?
明日も変わらず、ゲームをさせられるような気持ちがあったから?
浩二と電話で話しながらそんなことを考えていたせいなのか、良治の声がいつもと違っていた。
『元気がないようだが、どうした?』
「いえ……とにかく詳しい報告は明日で……」
『そうしてもらえると助かるが……具合が悪いのなら無理に出社しなくてもいいぞ』
「そういうわけにもいきませんよ。みんなにも迷惑をかけたことでしょうし」
『そんなことは気にするな。数日ぐらい休んでも構わん』
「……え?」
予想していなかった浩二の言葉に、良治はそれ以上何も言えなくなった。
まさか自分の仕事は無いとかそういう話では?
妙なことを考え始めた良治の気持ちを吹き飛ばすかのように、浩二が笑いだす。
『馬鹿な事を考えただろ。仕事ならいくらでもあるから安心しろ』
「あっ。いえ……はい……」
『しっかりしてくれ。そんな調子で出社してきたら、また社長にどやされるぞ』
「……それは、勘弁してもらいたいですね」
『まったくだ。社内中に響いて……』
それまで聞こえていた浩二の声が止まった。
受話口の向こう側から咳が一つ聞こえてくる。
もしかしたら部下達の視線を気にしたのだろうか?
目に見えるかのようだと、今度は良治が苦笑する。
『まぁ、そう言うわけだ。洋子君にもこれから電話をかけるつもりだが、君から連絡をするか? さっきも言ったが無理に出社する必要はない。しばらくは様子を見ても良いと思う。……何か別問題が起きるということも考えられるからな』
「不安になるようなこと言わないで下さいよ……とにかく、分かりました。洋子さんには伝えておきますが、俺の方は出社するつもりでいます」
『分かった……だが、本当に無理をしなくていいぞ?』
そう言っていた浩二の声が急に下がりだした。
『……社長もあんな嘘をついたぐらいだ。たまには……な』
「部長……」
冗談のような浩二の言葉を聞いているうちに、良治の中にあったモヤモヤとしたものが薄れていった。