分かる事と、分からない事
形勢が一気に変わっていった。
スキルの同時使用が可能なことは少年も知っている。
そのシステムは自分で作ったのだから当然だろう。
ジャンプとフリーダム。パワーとスラッシュ。
こうした組み合わせは、彼が考え用意しておいたもの。
それと似たようなことが固有スキルでも可能なことは知っていたが、どこまで力が増すのかまでは分からない。
なぜなら、固有スキルを作りだしているのは少年ではないから。
システムは少年が作り用意したものではある。
しかし、プレイヤー達に合わせ固有スキルを作っているのはシステムそのもの。
良治の固有スキルが変化し管理システムへのアクセスをした時、彼が驚いた理由もここにあった。
たった6人。
それだけなら対応するのは容易いが、その6人共が防御と身体能力を増した状態で襲ってくる。
真っ先に仕掛けたのは、坂井と香織。
速度に特化したこの2人の動きが、ただの6人ではなくした。
坂井は近接戦闘の熟練度が他の5人と比べて高くはないが、彼の固有スキルはクイック・ムーブ。身体能力を上げた彼がさらに自分のスキルを発動させると、残像すら発生させる。
その合間を埋めるように2人の香織が動く。
坂井のフォローを香織がしているかのようであるが、これが出来ているのは経験の差からくるものだろう。良治は合流したばかりで呼吸を合わせることは無理だと判断していたが、実力がある方が低い方へ合わせる事に関しては考えていなかった。
2人が4人に。
4人が6人に。
6人が8人に。
まるで幻覚を見せられているかのような光景。
ただ早いだけではない。
香織達の体を包みこむ光は、田中の固有スキルによるものだ。
オール・アップとディフェンス・アップの相乗効果により、防御力が3倍近くまで上昇している為、生半可な事では動きが止まらない。
「邪魔! 腕剣」
次々と攻撃を決められた少年が大きな声をだすと、彼の腕が光に包まれ剣のような形状へと変化。そのまま坂井へと向かって振り上げる。
「!?」
聞いていない。
内心でそんな事を思う坂井が、影に覆われた。
木下が、自分の半身ほどもあるハンマーを振り上げたまま割り込んだからだ。
「フン!!!」
剣が向けられているにも関わらず、躊躇うことなく振り下ろした。
木下のサイレント・ハンマーは命中させることができれば、それが少年であったとしても低確率で特技を封じることができる。大きなチャンスと言えただろうが、香織や坂井と比べ動きが遅すぎた為、躱されてしまう。
しかし、少年の注意力もそこまでであったらしい。
気が付いたときには遅く、彼の両足を鎖が縛っていた。
誰がやった?
無論、山田のチェーン・バインドだ。
木下が動いた時から、この瞬間を狙っていた。
スキルで作られた山田の鎖は弱い。
ほんの一瞬で破壊されてしまうだろうが、その隙があれば良かった。
宙に浮く4つの刀。
その元となる武器をもつ伊藤。
5つの刀が、煌めく。
……が、
「熱爆発!」
ほぼ同時のタイミングで、少年が叫んだ。
彼の体を中心とし発生した爆発が、周囲にいた全員を巻き込む。
刀を抜いたばかりの伊藤だけではなく、山田や木下まで吹き飛ばされ、体から煙を出しながら床に転がった。
「なんだ今のは!? 自爆か?」
「手を休めない! 攻め続けるのみよ!」
「お先にいくっすよ!」
立ち止まってしまった坂井に香織が激を飛ばした時、須藤が動く。
彼へと続くように、香織も攻撃を再開。
一歩遅れはしたが、坂井も続いた。
少年が何らかのアクションをすると、即後退。
2人の香織と、須藤、坂井によるヒット&アウェイ戦法。
あちらこちらで衝突音が鳴り響き、そこら中の床が破壊されていく。
駆けつけてからの数分程度で、戦場跡地のような場所へと変貌していった。
「大丈夫か? いま回復してやる」
仲間達が戦っている間に、満が負傷した3人に近づき回復魔法をかける。
彼が戦いに参加しないのは、無敵状態のまま参加しても退場させられるという結末しか待っていないからだが、徹達の蘇生を待っている美甘のことを気にしているからでもある。
攻撃を続けていた香織達であったが、次第に乱雑になり始めた。
固有スキルの効果時間。いつ戻ってくるのか分からない天使達。
それを知っているからこその焦りが原因だろう。
そうこうしている間に伊東が立ち上がる。
山田の回復にまわろうとした瞬間、少年が大きな声で叫んだ。
「いい気になるな!」
目を向ければ、両腕が高くあがっていた。
何かしてくる。
戦っていた面々が足を止めた。
少年がニヤリと口を緩ませ両腕を振り下ろすと、三日月型の真空刃が多数発生。
10ものパワー+スラッシュを打ち放つテン・スラッシュという技だ。
頭上には発生しないが、自分の前方へと拡散し放つ攻撃。
威力が高い分、予備動作が大きいのが欠点だが射程距離も長い。
坂井と香織は回避に専念し躱す事が出来たが、須藤だけが違っていた。
「いい気になってんのは、てめぇだ!!」
彼は、躱すのではなく攻撃を選んだ。
いつものジャンプ突きではなく、両手で槍を持ったまま巨大化させる。
「――!?」
伸びた槍の穂先が少年の脇腹を抉る。
肉と血が周囲へと散らばり、両膝が床についた。
大きなダメージを与えられたが、須藤も無事では済んでいない。
放たれた刃が、彼の右腕を切りつけていた。
2種の固有スキル効果によって、かろうじて切断は免れているが、それが余計に痛々しい。
須藤が声すら出せず、その場に座りこんだ。
「しっかりしろ!」
山田の回復を終えた、伊東が近づき回復を始める。
その間にも2人の香織と坂井が動き、少年の体めがけて突っ込んだ。
……が、攻撃をしようしていた3人の動きが同時に止まった。
何故だ?
そう思う面々の前で、香織の分身が消え、坂井と香織自身がその場で崩れ落ちた。
「あ、あの野郎……」
霞む目で見ていた須藤が毒づく。
彼等から見れば、何が起きたのかまるで分からなかった。
少年は、抉られた脇腹に手をあて淡い光を出しているだけ。
その彼の口から、独り言が漏れ聞こえてくる。
「……初見の君達に負けるわけには……」
言葉途中で少年の口から血が流れ出た。
数回咳き込んだ彼が、口元を腕で拭う。
(つい制限を解除して即死魔法まで……でも、この戦いで負けるわけにはいかない)
拭った口元に血がなく消えている。
いつもあった笑みもなく、あるのは疲労の影。
よろめくように立ち上がると、脇腹を抑えていた手をどけた。
完全ではないが、削ったはずの肉が再生しつつある。
その彼の前に倒れている、香織の姿。
彼女の死に顔を見てしまった須藤が、悲鳴のような叫び声をあげた。
「まて!!」
怒りに我を忘れている。
伊東が止めようとしたが、既に遅い。
激情に駆られ過ぎている。
武器すら持たず殴りかかった須藤の額に、少年の人差し指が向けられた。
「睡眠」
唱えた一言で、須藤の意識が遠退く。
力が全身から抜け落ち、その場で崩れるように倒れた。
「眠らせた?」
「これで十分だったね……いや、それより君は……えっと……誰だっけ?」
「……」
「あぁ、うん。そうだよね……まだやる?」
伊東も須藤と同じく怒りは感じているが、歯向かう様子がない。
少年の口から大きな息が吐かれると、回復された木下が立ち上がる。
続くように徹と紹子も意識をとりもどし、
「……なにがどう……!?」
目を覚ましたばかりの徹が、状況を知るなり自分の武器を手に持つ身構える。
紹子も弓に矢をつがえたが、少年は両肩をすくめてみせた。
「もう勝ち目はないよ。そっちの彼は固有スキルを怖がっているし、君達にかけられたスキル効果も時間切れ間近……まさか、クールタイムが終わるまでバランスを使って耐えられるとでも?」
駄目押しのように言うと首を一回り。
死んだままになっている香織達を流し見したあと、大きな溜息をついた。
「……まぁ、続けるのは勝手だけど……」
反応しない徹達から目を逸らしつつ言っていたが、彼の頭の中に突然……
(お逃げ下さい!)
あまり聞くことがない感情が込められた声が一つ。
何のことだと顔を上げた瞬間、背筋にゾワリとしたものが走った。
声を発したのは、良治達に攻撃をしていた天使。
宝箱の影に隠れ攻撃を防いでいたはずの2人が、少年の背後に突然現れその背に触れる。
もう一つの手は洋子と繋がれており、その彼女のことを思い浮かべながら固有スキルを発動させた。
(ここで!?)
予想はしていた。
だが、おかしなこともある。
突然現れたのは、洋子の固有スキルが原因だろう。
しかし、この20階で彼女の固有スキルは使用できないはず。
何がどうなっているのか?
それは少年にも、分からない。
分かっているのは、管理システムの掌握が不可能である事のみだった。