意欲
その日の午後、彼等は16人で20階へと向かった。
誰もが無言なのは、口を開けば余計なことを言いだしてしまいそうだから。
今の自分達が管理者に見られている可能性を考えれば、作戦に触れるようなことは何も言えなかった。
先頭を歩いていたのは田中だ。
彼の手が上がると、後からついてきていた仲間達が足をとめる。
20階へと通じている出口を見つめながら、戦いの準備を始めた。
武器の属性については、特にこれといったことはしていない。
防御に関しては闇鎧を選択したようで、魔法がメインの仲間達が分担しパワーこみで使用。
身に着けている盾や防具の微調整をしている人もいれば、肩や足首などといった関節を気にしている人もいる。中には自分の武器に触れ気持ちを落ち着けようとしているものもいた。
幾種もの音が重なるが、騒々しいというほどでもない。
何かを待っているかのように鳴る物音が静まったのは、一つの言葉によってであった。
「……じゃあ、いこうか」
妙に落ち着いた様子で良治が言うと、各々の顔つきが変わった。
気を引き締め、出口へと向かって進みはじめる。
光の中へと進み、見知った光景を目にする。
入り口付近で散りながら全員が上がりきると階段が消失。
同時に3人の天使が現れ、中央奥から子供服姿の少年が歩み出てきた。
その彼が、良治の顔を見るなりニコリとした笑みを向けてくる。
「なんだろうね。君達を出迎えるセリフを考えたはずなのに、上手く言える気がしないよ」
「……」
良治が何を思うのか?
それを表情から読み取ることが難しい。
だからといって緊張で身体が固まっている様子でもない。
(思ったより、落ち着いているみたいだね……ちょっと不気味なくらいだ)
魔人を倒した後も戦いを繰り返してきた成果なのだろう。
だからといって、全員が落ち着いているという風でも無いのだが。
(2人……いや3人かな?)
16人いる中で、その程度ならば問題はない。
予想通り戦いにはなるはずだ。
そう考え右腕を上げようとした時、良治と彼の仲間達がゆっくりと動いた。
(えっ?)
戦いを始めたわけではない。
彼らは1人の天使に狙いを定め、その正面で立ち止まった。
(そっち? 管理システムを狙ってくるんじゃないの? ……ひょっとして情報の正確さを確かめにきただけ?)
自分ではなく、部下である天使を狙っている。
そのことに不満が出てきた。
田中や杉田達も別の天使へと狙いをつけ歩いていく。
中央に残ったのは徹達。
その意味を知っている少年の顔に、皮肉じみた笑みが浮かんだ。
「何がおかしい?」
正面に立つ徹が眼鏡の奥から睨みつけ言うと、少年は考え込む仕草をわずかに見せた。
「いや、どっちなのかなぁ……って思ってね」
「なにがだ?」
「……君、自分の固有スキルを使って戦えるの?」
「……」
徹が返答をせず黙っていると、少年はつまらなそうに溜息を一つ。
(やっぱり怖がっているままか。彼の固有スキルは素晴らしいし、もし使えるのなら勝つ気でいるのかと思ったけど……まぁ、無敵状態になれるスキルを全員が使えるようにしなかっただけでも、よしとするべきかな?)
満の固有スキルであるヘイト・シールド。
これを杉田のスキル・リンクで全員が使用可能にすれば一時的にダメージをうけつけなくなる。
だが、この状態で少年を攻撃するとカウンター攻撃が発動。
魔人の時と同じく、戦闘フィールドからの強制退出となるだろう。
その結果だけは少年自身も望んでいない。
(でも結局は、お試し気分ってことじゃないの?)
どれだけの情報を知ったのかは分からない。
しかし、ある程度の攻略情報は得たはず。
それは良治達の動きから分かる。
それなのに、徹達が自分の相手をする。
「始めちゃっていいよ……」
不満と落胆を声に出し言うと、良治、田中、杉田の3PTが同時に動いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
戦いが始まるなり、徹達を抜かした3PTの面々がバランスのスキルを使用。
そのまま天使との戦いを始めたが、すぐに中断し逃亡を開始。
攻撃された天使達は、逃げ出した彼等に向かって光の槍を投げつけながら追い始めた。
この行動は、天使達を誘いだすためのもの。
ダメージを与えられないことは事実であるが、ヘイトが稼げないわけではない。
この戦いにおいて最初にしなければならないのは、少年から天使を引き離すことだった。
(痛みを感じている様子はないが、注意が引けるのは情報通りか……)
今までの推測から考えれば、ダメージを与えられない時点でヘイトを稼ぐ事が出来ないと思われがちだが、このシステムが天使には適用されていない。彼等には少し違ったヘイトシステムが使われている。
ダメージは与えられずとも攻撃をするという行為でヘイトを稼ぐ事が出来た。
逆に、満の固有スキルで発動するヘイトの上昇効果は無効化される。
これだけならば前日に行われた戦いでも把握できただろうが、天使のヘイトを上げる手段が、もう一つ存在することについては分からなかったはずだ。
なぜなら、そのもう一つというのが少年への攻撃だから。
天使自身に攻撃することによって上昇するヘイト。
それと同時に、少年への攻撃によってもヘイトが上昇する。
この2種類について把握していなければ攻略が難しいボスだ。
(こっちは大丈夫そうだが、峯田さん達はどうだ?)
良治が、徹達の方を見る。
天使の動きを視界にいれつつ、同時に美甘が召喚したキング・キャットを見た。
そのミィちゃんの風牙と思われるものが、少年と徹達の間に複数置かれており、相手の動きを阻害しているよう見えるのだが……
(あいつは何故動かない? ……佐伯さんの固有スキルがちゃんと通用した? ……だとしたら情報が間違っていたのか?)
得られた情報を全て把握しきった自信がないため、一応試してみてほしいとは言ってある。
良治の記憶では、最初の一発だけならば5秒程度止める事ができるといったものだったのが、この情報は間違いだったのだろうか?
そう考えた良治であったが、少年を見る限り違うようだ。
(スキルの効果じゃないな。だけど通常の魔法を恐れるようなやつか?)
これならいっそバランス状態を使い一気に攻めた方が良かった?
そうは思うが、十分にヘイトを稼いでおかなければ天使達が必ず邪魔をするだろう。そもそもバランス状態では固有スキルが使えないのだから論外だ。
「鈴木さん!」
「……ん? ――っと!」
注意が逸れ過ぎていた。
光の槍による攻撃が、肩をかすめて床に突き刺さる。
闇鎧の魔法がわずかに反応したようだが、それ以外は特に問題がない。
「注意不足よ! あんなに分かりやすい攻撃を受けないで!」
「すまん!」
香織の叱咤に返事をしつつ、床に突き刺さった光の槍を見る。
闇鎧やバランスの効果があるため1発で死ぬことはないだろうが、わざと受けて試す気にはなれない。
(今は、こっちに集中するべきだな)
良治の神経が天使へと向け直ったとき、ミィちゃんの風牙が動きだす。
管理者の前面に展開されていた内のわずかであるが、それが少年へと向かうと闇色の靄が彼の体から漏れ出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「魔法が……消された?」
「そうみたいね……あれって多分……」
「俺達の闇鎧と段違いじゃねぇか!」
「……ずるい」
闇鎧の魔法は、魔法に対する耐性を上昇するもの。
土鎧と違い無効化するものではない。
少年が使った闇鎧らしき魔法は、その無効化と似たような印象を徹達に与えたようだが、実際は魔法耐性が高すぎる為にそう見えてしまうだけである。
「これは知らないの? ……じゃあ、僕が範囲系の即死魔法を使えることも知らない?」
何でもないように尋ねてきたことに徹達の体が強張った。
「……今、知った感じか。ということは、全てを知ったわけじゃないんだね……ちなみに今は使えないから安心していいよ。この人数相手にそんな魔法まで使ったら勝負が一方的過ぎるし、君達をいたぶって遊ぶような趣味は無い」
それが本心なのかどうかは別として、声や表情は明るい。
だからといって、それを聞かされた徹達が安心するかと言えば違う。
「散々、俺達で遊んでおいて、何を言っていやがる!」
「満。抑えろ……今は……な」
今にも襲い掛かりそうになっている満を、徹が手を出し止める。
幾分かは落ち着いたようだが、それでも短槍をもつ右手に力が入っていた。
2人は知らない。
徹が言った事を切っ掛けに、少年の中で薄れかけていた戦闘意欲が、再度湧き上がってきた事を。