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4階のボス戦闘

 風牙発見について報告すると、杖や短剣を使っている人々のスラッシュ効果が弱い事が判明した。入手した人々の話によると、ほんの少しの衝撃波がでる『だけ』らしく、距離をとるぐらいにしか効果がないという。

 スキルや魔法の効果が、持っている武器次第で変わる事が確定した瞬間となった。


 良治の状況と言えば、3階の未探索領域が、そろそろ1割といった所だろう。


 ボスに挑む時間はある。


 ヌンチャク課長が挑んだ時に流れた業務連絡を考えると、スラッシュさえあれば討伐時間はそうかからないだろうと思えた。

 なら、今日中に…


「社長が言った3ヶ月。その間に迷宮問題を解決する為には、早い方がいいよな。なら、やっぱり……」


 早くに挑戦するのがいいだろうと結論を出すと、顔つきが変わる。

 建築会社の係長でしかなかった良治が、この4日間の間で戦士としての空気を纏いつつあった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 予想どおり3階の地図が完成しても時間が残った。

 決意したとおり、発見済みであった階段前に移動し深く息を吸う。


「うし!」


 気合の入った声をだし、人工物のように滑らかな階段を上っていく。

 手にするは青銅の片手剣一本のみ。

 この一本でボスと言われる存在に挑むというのは、不安を覚えるのに十分な状況であるが、良治の歩みは乱れる事なく階段を踏みしめていく。


(……出くわしたら風牙を使って……少し動きをみるか?)


 表情を引き締め、肩に担いでいた剣をゆっくりと降ろし胸を張った。

 呼吸を整え、乱れそうになった心を静める。

 謎の光源が良治の歩みと同じく進み、空洞の先が見えてきた。


(洞窟じゃない? 何かの遺跡のような……)


 ほんの少し見えた光景だけでそう思えた。

 まだ階段を上がりきってはいないが、下にあった光景と違うのは確かだと判断。

 わずかに見える天井が、石材を綺麗に整え組み合わせたように見える。


(昔、マヤ遺跡とか憧れたな……。いや、そんな事よりボスだ。どんな奴だろう?)


 ボスへと意識を切り替え進むと、奥から唸るような声が聞こえてきた。


(……すぐ近く?)


 上がってすぐに戦闘になるとは思っていなかったらしく、額から冷たい汗が流れ出す。聞こえてきた声質は下にいたコボルトに近い感じはするが、少し異なるようにも聞こえた。


(……いくしかないか……よし!)


 覚悟を決め、残った階段を一気に駆け上がる!



 登った先にいる存在の大きさを知る。

 距離にして10mも離れていないだろう。

 目算であるが身長は2mを超えていると予想。

 引き締まった筋肉が一目瞭然。

 腹が真っ二つに割れているのが良く見えた。

 服といったものはなく、ゴブリンのように腰巻のみつけている。

 大きな口からは2本の牙が突き出ていて、頭の上に一本の角が生えていた。

 白い髪は肩にかかるほどに伸ばされ、良治を睨みつけた目には瞳孔らしきものが見当たらない。

 肌は……青い。良治の知識でいえば青い鬼という言葉が出てくる。


(太い腕だな。横殴りされたら一発で即死じゃないのか?)


 手にしているは金棒。

 まるで御伽噺に登場するような青鬼に見え、良治はそうした感想を抱いた。


 その青鬼らしきモンスターは良治を睨みつけたまま、立っていた場所から動こうとしない。口から小さな唸る声を出しているが、それだけの状態であった。


 良治は静かに横へと歩き出し、鬼は全く動くことなく顔のみを動かした。


 鬼の表情が徐々に険しくなる。

 苛立ちが湧き上がっているのが、手に取るように理解出来た。


(くるか?)


 そう思った時、


『GUAAAAAAAAAAA!!!!!!!!』


 鬼が文字通り吠えた。

 鼓膜を破らんとするかのような咆哮に、良治の表情が曇る。

 鬼が手にしていた金棒を振り上げ一直線に向かってきた。


(その体でゴブリン並みに早いのかよ!)


『GUAAAAAAAAA!!!』


 鬼が一気に近付き、吠えながら棍棒を振り下ろす。

 良治は体を捻り回避に成功。

 外れた棍棒は床へと叩きつけられ一発で石床が砕かれた。

 早さはゴブリンと同等だが、一発の威力が段違い。


 鬼から距離をあけ、砕かれた石床を冷静に見る。

 ジロリと鬼の眼が動き、良治を睨みつけた。


風牙(ウィンドカッター)!」

『GUU!?』


 それほど距離が離れていない状況なのに、まずは風牙を放った。

 鬼の足元から舞い上がる風が、その身を切り刻もうとするが血が流れ出ない。


(皮膚すら駄目? 思った以上に威力がないな……それとも、こいつの皮膚が頑丈なのか?)


 理由を考えながら、さらに距離を離した。

 魔法を受けた鬼はといえば、さらに表情を険しくさせる。

 腰を落とし、姿勢を低くしたのを見て、


水弾(アクアボール)!」

『GUAAAAAAAAA!!!』


 今度は、鬼の顔面へと水弾を放ったが、一切怯むことなく襲ってきた。


(怒らせただけか!)


 ガツンと床を砕いたかと思えば、今度は左右に振られる。

 それらを剣で防ぐのではなく、動作一つで躱す。剣を交差させる危険性を肌で感じとったからだろう。

 鬼の表情がさらに険しくなると、金棒ではなく掴みにかかってくるが、横へと大きく跳ね飛び床を転がり躱した。


(こいつ、なんだか……)


 知っている。確実にそう思えた。

 鬼の動作は速いが、その動きに見覚えがある。


 ここまで何度となく戦ってきたゴブリンと、サイズも違えば外見も全く違う相手だが、攻撃に移る前動作が酷似しているように思えた。


(もしかして、迷宮の構造だけではなく、敵の行動も使いまわし?)


 断定はできないが、そう思う事によって良治の心に余裕がうまれてきた。


 背丈も大きいし破壊力もある。

 迫力も段違いではあるが、大きなゴブリンと考えれば対応は難しそうではない。

 

(相手は一匹。そして大きい……当てやすいよな)


 自分が考えていた、ある事に都合のいい相手。

 思考を変えた時、良治の頬が緩みを見せた。

 

 鬼が、怪訝な顔つきをする。

 目の前にいたのは獲物かと思っていたのに、何か別の存在に変わったように感じられたからだろう。


「いくぞ、鬼!」

『GU!?』


 唐突に声をかけると、良治の背筋がピンと伸び、彼の手の平が鬼へと向けられていた。


火球(ファイアボール)! 火球(ファイアボール)! 風牙(ウィンドカッター)!」


 魔法が連続で放たれる。

 放たれた2発の火球が鬼の両膝に命中し爆発による煙がわずかに発生。

 その煙が、再度の風牙によって舞い上がり鬼の視界を邪魔した。


『GUAAAAA!?』


 視界が塞がれた事と膝での爆発。

 それによって鬼が慌てだした。

 顔を低くした瞬間近づき、


「スラッシュ!」


 止めとばかりに近接で出した衝撃波が、鬼へと直撃。


『GAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』


 その一発が鬼の顔と胸を削り落とし、石床すら破壊してしまう。

 頑丈と思われた青い皮膚がめくりあがり、下にある筋肉が露わになった。

 衝撃波が止むと、のけぞった青鬼の顔と胸から青い血が一気に噴出し、天井へと向かったあと雨のように落ちてくる。


 近付いた良治の全身が、生温かな血で濡れた。


「……これは参った」


 予想していなかったと、鼻をつまんでしまう。

 皮膚をはぎ落された鬼は、床に倒れたまま動く事が無かった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 戦闘が終わると、ポーチから水の入ったペットボトルを取り出す。

 退社時間も近づいているが、血の臭みに我慢しきれず、体を洗いたいと頭の上から水をかぶった。


「フゥー…全然足りないな。他に水は……あぁ! あるじゃないか! 水弾(アクアボール)!」


 天井へと向け水弾を放つと、ぶつかり拡散。

 一瞬で水の雨へと変わり下へと降り注ぐが……


「器用に俺を避けるなよ……」

 

 言葉通り、彼を中心とし周囲に降り注いでしまう。

 塗れた床石を見ていると、倒れた青鬼の姿が消え、代わりに細長い宝箱が出現した。

 色彩は相変わらずだ。

 現実味を壊してやる! と宣言しているかのような鮮やかさ。


「いつもと違うな。これもドロップ品とかいうやつ? ……あ、鑑定虫眼鏡!」


 虫眼鏡を取り出し調べてみると『低級ボス宝箱』と文字が表示された。


「……」


 なんだか小馬鹿にされているような気分を覚えつつ横長の宝箱を開いて見ると、剣と思われる形状をした物体が黒い鞘に納められた状態であった。

 さらに、追加とばかりに革の腰ベルトまでもが入っている。


「……おい、まさか!?」


 見た瞬間、良治の顔が綻んだ。

 すぐさま手を伸ばし、鞘ごと掴む。

 ゴクリと喉を鳴らし……柄を握り静かに鞘から出していくと、光を反射する刀身が見えた。


「切れる!」


 両刃の片手剣。

 長さはおそらく70センチ前後。

 掴むための柄は黒い布地が巻かれていて握りやすい。

 刀身は厚めだが、それがいいと良治は微笑んだ。

 手にしたばかりの新しい武器を鑑定虫眼鏡で見てみると『鉄の片手剣』と出た。


 即座に革ベルトを腰にまき鞘をセット。滑るように剣を収めると、止まらない笑みをさらに深めて、良治らしからぬ一面を垣間見せた。


 さらにスマホを手にして、さっそくとばかりに掲示板に書き込む。

 どのような反応があるだろうと思って待つが、退社時間が来てしまい良治の姿がその場から掻き消えてしまった。


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