オッサンズ?
日曜の昼前頃、自分の車に乗り込んだ須藤が、見送ろうとしている大吉へと頭を下げた。
「また、来週お願いするっす」
「構わんが、あと少しなのだろ? すぐに強くなれるわけでもあるまい。それとも迷宮の方では違うのか?」
「どうなんすかね? 最初の頃とは違って、今じゃあんまり変わった気がしないっす」
「……ふむ。あいつも似たような事を言っていたが……それが分かっていても来るという事は香織が目当てなのか?」
「直球っすか!?」
須藤が演技かかった態度で大げさに驚いてみせるものの、大吉からの反応がない。真顔で返事を待っている大吉に、須藤は態度を改めた。
「それは無いって言ったら?」
「……それはそれで腹が立つ」
「じゃあ、娘さんを下さいって言ったら?」
態度は改めたが、性格が変わったというわけではないようだ。
悪ふざけ的な発言に、大吉は己の気迫で応えた。
これは殴り殺されかねない。
須藤にはそう思えたらしく、握っていたハンドルから手を離し大きく振ってみせる。
「言って良い事と、悪い事を学べ」
「はい……いや、そうじゃなくて……こういうのを自分の口から言っても信じてくれないっすよね? だから言いたくないんすよ」
「……ふむ?」
怪訝な顔つきをしながら、大吉の手が自分の顎に伸びる。
軽く一撫ですると、わずかだが彼の頬が緩んだ。
「まさかと思うが、ゲームから解放されたあとも通い続けるつもりか?」
何をどう考えて出した結論なのか言わないまま須藤を見ると、言われた当人が照れくさそうに一度だけ頷いた。
「なるほど……まぁ、分かった」
「いいんすか?」
「香織が今以上に嫌がらないのであればな」
「その辺りは分かっているっす」
「……」
大吉が向けた視線は『本当に分かっているのか?』といった疑念を感じさせるもの。須藤は視線に耐えきれなくなり、車のギアを変えエンジンを吹かした。
「じゃあ……師匠、またお願いします」
「……ん?」
聞き違いかと思う間もなく、須藤が車を走らせ車道へと出ていく。
一人となった大吉は、苦笑しつつ道場へと向かい歩き出した。
しばらくすると、普段着姿の香織と顔を合わせ話しかけられた。
「ここにいたのね。須藤君は?」
「今しがた帰った。何か用事があったのか?」
「……やりすぎていないわよね?」
「怪我のことか? それなら大丈夫だ」
「……なら、いいわ」
「気になるのか?」
「怪我をしたまま迷宮に来られると、私が嫌な目で見られるのよ」
「なんだ? お前がやったことになっているのか?」
「そういうわけじゃないけど……とにかく解放されたら来なくなるでしょうし、それまで大きな怪我はさせないでよ」
香織の言い方や、態度から嘘は感じられなかった。
娘が本心からそう思っていることに、大吉はつい表情を崩してしまう。
「どうかした?」
「いや。何でもない。気にするな」
「?」
分からないでいる香織の横を、大吉は笑みを浮かべたまま素通りしていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日の月曜日。
迷宮で顔をあわせた良治達は、さっそく田中達と連絡を行い合流
爪術士をリーダーとする人々は、まだ竜の尻尾を入手できずにいるようだ。
その爪術士達から残念がる声がでたのは、良治達が管理者に挑むであろうことを知っているからだろう。
合流した2組が自己紹介を始める。
それぞれの名前を教えあい雑談を挟むと、互いのことを知るために手合わせを開始した。
「おい467! てめぇ、魔法職のくせに機敏すぎんだろ!」
「全部あいつらのせいだ! あと、そっちの名前で呼ぶな!」
さっそく須藤と杉田(467)が手合わせをしたのだが、後衛職とは思えないほどに杉田の動きが良い。その光景を見ている『あいつら』が、少し離れた場所で杉田を値踏みするかのような会話をしていた。
「槍の派遣社員さんの動きに、ついて行けるようですね」
「だが、魔法を発動しようとすると狙われている。今度はその辺りを重点的に特訓するべきじゃないか?」
「伊藤。アレ以上は無理だ。何事もやり過ぎはいかん(全く、社長の馬鹿野郎が。うちはヤクザじゃないんだぞ。集金するだけで脅迫文のようなものをバラまきやがって………俺がしっかりと復帰できていれば、止められたものを……)」
「山田さん? どうかしましたか?」
「……いや。なんでもない」
やりすぎ行為と、杉田が社長であること。
その二つから嫌な事を思い出したらしく、山田はブツブツと言ってしまったようだ。
気を取りなおすように頭を一度ふるうと、自分を見る新井(長刀術士)と伊藤に向かって言う。
「俺が思うに、固有スキルについて熟知させるべきだ。これからも人が増えるだろうし、なおさらではないか?」
「そうですね……山田さんが言う通りかもしれません。もっと他人の固有スキルについて熟知させた方が全体の戦力アップになるでしょう」
「……その方が良いか……何時から始める?」
山田の提案に新井がのると、伊藤も納得したように頷き聞き返した。
「時間がとれるなら今すぐにでも始めたいところですが……難しいでしょうね」
「やるのはいいが、ある程度は手を抜いたほうがいいぞ」
「俺と山田さんは、適当に手を抜いているんだがな……杉田が痩せたのはほぼ新井さんのせいに思える」
「他人聞きの悪いことを言わないで下さい。大体痩せたと言っても普通になっただけじゃありませんか。元々が太り過ぎていただけですよ」
そんな会話を耳にしてしまった良治は、極力視線を合わせないようにしている。
素直な気持ちを顔に出していると、隣にいた洋子が奇妙なものを見るかのような目つきをしながら尋ねた。
「どうかしました?」
「……俺も少しはビールを……いや……」
「?」
良治が何を思ったのか洋子には分からなかったが、悩んでいる様子ではない。
それなら別に良いかと彼女が考えた時、杉田と須藤の手合わせが終了。
2人の勝負は須藤の勝利という形で終わりはしたようだが、当人は不満気だ。
不完全燃焼気味の態度で良治達の近くにくると、さっそく香織から言われてしまう。
「だらしないわね。魔法を邪魔することに意識が向きすぎよ」
「タイミングが読みにくいんすよ。予備動作みたいのがほとんどねぇ。なんすかあれ? 洋子さんも同じような事ができるっすか?」
香織に弁解していたかと思えば、今度は洋子へと向けてくる。
須藤が言いたいことは彼女も見ていて思ったことであるため、考える様子もなく否定するように首を振った。
「練習が必要でしょうね。私の場合、スティックを振る癖がついていますから。467さんの場合、武器が玉だったから出来るんじゃないですか? 握るだけでいいみたいですし」
須藤にそう返しながら、3人組の元にもどった杉田に視線を向ける。
さっそく駄目だしされている様子をみて、洋子は呆れたように溜息をついてしまう。
「どうした?」
「あれで駄目って厳しすぎません?」
「彼等なりのルールみたいなものがあるんじゃないか? たぶん大事なものだと思う」
「どういう意味です?」
「あの4人の中で杉田さんがリーダーをしていた理由は、そこにあるってことだ。それより次が始まるぞ」
良治が話している間に、満が坂井に近づき声をかけていた。
2人の間で言葉が交わされると、互いに武器を手にしながら中央にでてくる。
「満君と……坂井さんだったかしら?」
「そうだったと思うっす。ところで係長はやらないんすか? まだ誰とも手合わせしていないっすけど?」
「こういうのは性に合わないし、別に見ておきたいものがあるんだ」
「見ておきたい? なんすかそれ?」
「……上手く言えないが……と、始まったぞ」
返事をしかけた良治が言う通り、満と坂井が動き始めた。
満は短槍を。坂井は棍を。
互いの武器を一度軽く合わせると、ゆっくりと距離をとりだし動きを早めていく。それまで聞こえていた雑音が消え、皆の意識が中央にあつまりだした。
満の短槍はリーチが短いが、相手の懐にとびこめば有利。
そして坂井の戦闘経験は、前衛と後衛の両方。
近接戦闘だけの熟練度としていえば、満の方が上だ。
これは田中達と組む前までハンマー術士である木下と坂井が組んでいたためでもある。彼は一時的に後衛のような仕事をしており、その癖が抜けきっていない。
そうした理由もあり、すぐに勝負がつきそうになったが、坂井が近距離で魔法を使い始めると状況が変わりだした。
「怖いことしますね……」
「ギリギリだな。自分に被害がでない距離を把握しきっていないと無理だ」
「香織さんも、時々近距離で魔法を使うっすよね?」
「私のとは意味が違うわ。あの人、距離をとるために魔法を使っているのよ」
香織が言うとおり、坂井が魔法を放ったのは距離をとるため。
そこは武器を使って距離をとる方がやりやすいように見えるが、坂井にとっては違うのだろう。
(杉田さんとも少し違うな。坂井君の場合、魔法の発動は読みやすいけど、その読みやすさをフェイントに使っている。あれはやりにくいぞ……っと、いけない)
良治の視線が2人の戦いから離れ、4方に分かれている仲間達へと向けられた。
彼が気にしていたのは、それぞれのPTにおける中心人物のこと。
今は4人ずつに分かれ話し合っているが、これは意図したものではない。
手合わせが進むうちに、自然とそうなっただけのことであり、それぞれの中心にいるのは決まって徹、田中、杉田の3人であった。
(確認する必要もなかったか。やっぱり彼等に頼もう)
良治が知りたかったのは、手助けを誰に頼めばいいかということ。
洋子や徹のことは知っているが、新たに加わったメンバー達については掲示板でしかほぼ知らない。その為、自分が思っている通りなのかを確認したかった。
良治が彼等3人を自分の休憩所へと集めたのは午後となってから。
部屋へと入ってきた杉田が、ダブルベッドを見るなりニヤニヤとしだすが、それを無視し自分が頼みたかったことを話し始めた。
すると、その3人から具体的に何をすればいいと聞かれてしまう。
「補佐の件は引き受けてくれるんですか?」
「返事が必要か? 俺は今までもそのつもりだったし、柊さんも同じだったと思うが?」
「係長がリーダーを引き受けてくれるのに、俺が補佐を断ったら駄目だろ……実は、強引すぎたんじゃないかと、少し反省もしていた」
「どうでもいいけど、俺達全員30代だしオッサンズとでも命名しない?」
杉田がふとした思い付きを口にするなり、徹と田中が怒鳴りだした。
良治も口にこそしないが、
(30代は働き盛りだろ……だからオッサンじゃない……違うんだ)
そうした良治の考えを、徹と田中が同意してくれるかは謎である。