頼ってください
これは酷い……
動画を最後まで見終わった良治の感想としていえば、それだけだった。
最初は良かったが、終盤近くになるほどにチャットが荒れだしムードが悪くなっていく。
あまり見たくないと思いつつも、洋子なりに思う事があるのだろうと考え、最後まで見続けた。
「どうでした?」
「……正直な感想をいえば、どうして俺に見せたのか分からない」
良治がどんな気持ちになるのか?
それは分かっていたらしく彼女は表情を変えずに、さらに質問をした。
「失敗した理由について、わかりました?」
「分かるような、分からないような……途中から口喧嘩が始まっていたけど、あれが原因?」
「……あの口喧嘩。後日、ゲーム内の掲示板でも似たようなことが起きました。切っ掛けは主催者が出した謝罪文です」
「謝罪文で? 何故だ?」
どうしてそうなったのか、本気で分からなかった。
困惑している良治に、洋子は淡々とした口調で言いだす。
「『失敗したのは、全て自分一人の責任です』この言葉が引き金のようなものになったみたいですけど、何が問題なのか分かります?」
「……いや?」
洋子の話を聞いて、良治は余計に分からなくなった。
主催者というからには、その人が責任者だったのだろうし、彼女が言う謝罪文にも違和感がない。良治がそう思うことも、洋子には分かっていた。
そして、それこそが一番言いたかったことでもある。
「この言葉。ほとんど、そのままの意味だったんです。自分でどうにかしようとするタイプの人だったらしくて、参加人数に比べて補佐をしてくれる人が少なすぎました…………誰かさんに似ていると思いません?」
その誰かは言うまでもなく、良治のことであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
主催者を補佐していたものがゼロだったわけではない。
良治が頼まなくても洋子が助けてくれているように、その主催者を助けてくれる人々はいたが、あの規模の討伐PTを指揮するのには足りな過ぎた。
掲示板を使い補佐を求めれば違ったのかもしれないが、その主催者はしておらず補佐になった人というのは自発的になった数人程度。
また、その主催者と親しかった者の中には、自分は必要とされていないと思い込んでしまった人もいたようで、ここでも誤解を生んでいる。
そうした諸々のことが溜まっていき、後日の謝罪文で口論が勃発。
さらに討伐失敗に憤りを感じていた人々が自分の主張を言い出し始め荒れる結果となった。
洋子は主催者にも悪い部分はあったと思っている。
だが、参加者である自分に悪い部分はなかったのだろうか?
討伐に参加した人々は主催者に金を払っているお客様ではない。
一緒にゲームを楽しむはずのプレイヤーだ。
それなのに不満を晴らすために、主催者を罵倒してどうする。
言うべき事や、やるべき事が違うのではないかと彼女はこの出来事で感じ取っていた。
その時感じた思いを、良治に向かって言い始めだす。
「私は、良治さんがどういう人なのか知っています。だから、自分が必要されていないなんて思いません……けど……」
「勘弁してくれ。いてもらわないと困るぞ」
「……」
真顔で躊躇いもなく言われた。
まだ言おうとしていたことがあるのに、それに被せるように言われた。
洋子の目が泳ぐ。
良治の顔をまともに見られず、両手の指を絡め合わせモニョモニョと動かした。
(どうせならもっと言ってくれてもいいのに。私が必要だとか、いつも一緒にいたいとか、そういう……って、違う!)
違うと思いつつ良治に抱き着きたくもなったが、今は我慢。
ちゃんと言わなければいけないと自制した。
「いいですか。ちゃんと聞いてくださいね?」
「あ、あぁ?」
「い・い・で・す・ね?」
洋子の迫力が増した。
良治の背筋が伸びたことや、正座に切り替えたのは、そんな理由からだろう。
(誰も、そこまでしてなんて言ってない……)
どうして、いつもこうなるのだろう?
誤解されているような気がする。
もういい。言うだけ言ったあと、いつも以上に甘えよう。
そう決断した洋子は、良治に向かって自分の気持ちを伝え始めた。
「誰もが良治さんのことを分かっているわけじゃありません。だから、もっと声をだして周囲の人を頼った方がいいと思うんです。そうすれば皆だって助けやすいはずですよ」
「頼りにはしているだろ?」
「足りません。今でもよく一人で悩んでいますよね。先日なんか1人で管理者と会おうとしましたし……もっと私達を見て頼ってください。お願いしますから」
正座したままでいる良治に、自分の考えを言う彼女の口調は、懇願するかのよう。話を聞いているうちに、彼女が溜め込んでいたものを知った。
さらに話が続いたが、そのうち洋子が疲れたかのように溜息をつく。
少しは気が済んだのか、彼女の全身から力が抜けていった。
「……まぁ、私が言いたかったのは、こんな感じです。その……言い過ぎたかもしれませんけど……」
気持ちが落ち着いてきたのか、洋子の声音が小さい。
黙ったままでいるとペタリと座り込んで、しょんぼり気味に顔をうつむかせた。
「怒り……ましたよね」
思っていた以上に言い過ぎた。
途中から歯止めが利かなくなったかのように口が動いた。
良治が黙ってしまったのも無理はない。
嫌われた……そう思い込んだ彼女に向かって良治は、今更ながらの疑問を投げかける。
「洋子さんは、俺にリーダーをやってほしいのか?」
「……えっ?」
洋子は誤解をしている。
良治が彼女に求めたのは、リーダーとしてやっていくのに何が必要なのかというアドバイスではない。
リーダーをしたくないのだ。
これが仕事であれば違うが、ゲームには不慣れ。
最初から抱えていた問題であるが、おまけに20階ではスレッド・スキルを使えそうにない。
そんな自分がリーダー?
別の人がやるべきではないのか?
良治にとってみれば、何かの間違いとしか思えてならない。
だから、洋子が見せた動画は最初から不必要なもの。
途中から彼女が誤解していることに気付いてはいたが、段々と言い辛くなり結局最後まで見てしまった良治も悪い。
「あっ。そういう? ……ご、ごめんなさい」
理解した瞬間、洋子はさらに気落ちする。
(何が良治さんの事なら分かっていますよ! リーダーをしたくないのは分かっていたじゃない! 私って馬鹿なの! アホなの!)
自己嫌悪が洋子の両肩と背中に重くのしかかり始めたが……。
「そうか……そうだったのか」
「……?」
良治の様子が、洋子の予想と違う。
怒っているような声ではない。
むしろ逆で喜んでいるようにすら聞こえる。
何が起きているのかと思い顔をあげて見れば、彼の目が大きく開かれ輝きだしているかのようにすら見えた。
(……あれ?)
良治の顔が、やる気で満ち溢れている。
それは嬉しいが、理由が分からない。
洋子は座りこんだまま呆然としてしまった。
「そこまで洋子さんに期待されているとは考えていなかったよ!」
「……あっ、そういう?」
結果的によかった?
そんな事は思っても口には出さない。
良治が元気を出してくれれば、それでいいのだ。
「もっと聞かせてくれ。前にも似たような話をしていたよな?」
「……似たような? ……あっ。会社で話した討伐話ですか?」
「それだ。あれも同じような話じゃないのか?」
「……はい。あの話もこのゲームであった話ですよ。動画もありますけど見ます?」
「頼む。何が役立つか分からないからな」
頼まれてしまったのであれば、仕方がない。
洋子は、自分が経験してきたボス攻略話を楽しそうに伝え始めた。
これが報酬だと言わんばかりに良治に甘えだしたのは、それらが終わってからの話である。