そして休日が終わる
「あ、あれ?」
「……ついにロストですか」
この日、良治は洋子の家でゲームの続きをしていた。
彼女を怒らせてしまったという理由もあってのことだが、そんな彼に待っていたのは悪夢を見そうな出来事。
良治が辿り着けた最深部は、現在のところ地下6階。
出現するモンスター達の難易度も上昇し、フロアに用意された罠の数々も悪質さを増している。地下6階へと辿り着いた時には感動すら覚えたほどだ。
しかし、その後がマズかった。
なんとか7階へと降りられる場所を見つけたいという気持ちからなのか、彼は彷徨い続け、その結果後衛キャラの2名が死亡。
慌てるな。
これぐらい今までもあっただろう。
キャラロストもありえるとは言っていたが、そう簡単に起きることではない……はずだ。
自分にそう言い聞かせながら、蘇生を行ってみたが最悪の結果を迎えてしまった。
「ここまで育てた魔法使いが……」
良治が力なく項垂れると、洋子が元気づけようと声をかける。
「もう一人の方は大丈夫でしたし、挽回はできますよ」
「……」
もしここで2キャラともロストであれば、カセットを取り出し壁にぶつけるプレイヤーがいるかもしれないのが、このゲームだ。その厳しさがこのゲームの醍醐味だと洋子は思うのだが、良治はどうなのだろうか?
「……そうだな。キャラを作りなおすか」
顔をあげコントローラを握るが、気力が薄い。
完全に心は折れなかったようだが、目が半分死んでいるようにも見える。
(無理やりやらせているのかなぁ……)
係長もやってみませんか?
そう言ってからどのくらい過ぎただろう?
まさか、地下5階にある魔法封じのトラップにも負けず、地下6階の探索も続けるほどに良治が楽しんでくれるとは思ってもいなかった。
(それも限界のようだし……)
このゲームにおけるトラップの一つ。
そこに良治は踏み込んでいる。
このままいくと、さらに厳しい悪夢を経験しかねない。
「……全部の階を探して回るつもりですか?」
「ん?」
「ほら、1階にエレベータがありましたよね。あれを使ってもっと下に行っても良いんじゃ?」
「もっと下? ……いや、それは怖すぎるだろ」
「……えっ?」
「6階でキャラがやられたのに、その下まで行ったら今度こそ全滅しそうだ」
「……」
そう良治に言われてしまうと洋子は何も言えなくなった。
「それに新しく作ったキャラのレベルも上げないと駄目だろ?」
「それは……そうですね……」
たしかに良治が言うことも正しい。
ある程度はレベルを上げた方が良いだろう。
それにゲームの楽しみ方は人それぞれであるし、良治なりに遊べばいいとは洋子も思う。
だが言いたい事と、そうした理屈は少し違っている。
(あの辺はフロアそのものが罠みたいなものなのに……)
内心を隠すのが辛く、今にも身悶えしそうな洋子であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
彼等の休日が過ぎていく。
あるものは肉体言語で一方的に語られ、あるものは好きな相手と楽しい一時を過ごす。
自分の会社に出向き状況報告を聞くものや、嫁さんによって掃除の邪魔だと家を追い出されたものもいた。
それぞれが各々の考えをもって休日を過ごしていたわけだが、休みが有るのか無いのか分からない者達もいる。
「メンテナンスは問題ない?」
いつもの部屋にいる少年が小さく呟く。
隣にいるのは、これまたいつもの青年。
普段であれば天井から降り注ぐ光が2人を照らしているが、この日は違っていた。
青年の頭上にある光の輪と、スクリーンの光のみが彼等の姿を室内に浮かび上がらせている。
「問題はありません。プレイヤー達の精神状態についても安定しております」
「……そっか。本当に順調だね」
「ゲーム機本体についても十分なデータがとれたと判断してよろしいかと……」
「……うん?」
妙なものを感じ青年に目を向けてみると、何かを言いたがっているように見えた。
「珍しいね。どうかしたの?」
「もう、彼等を解放し報酬を与えてもよろしいのではないでしょうか?」
「……えっ?」
それは少年ですら予期していなかった。
今までも自分の意見を言う事はあったが、計画を安全に進めるためのものでしかない。
だが、これはどこか違う。
意味合いが異なるような話し方のように思えた。
「どうしてそう思うんだい?」
「これ以上テストをする必要があるのでしょうか? プレイヤー達の精神状態、ならびに身体に与える影響。どちらも安全圏だと証明できるデータが揃っています」
「その通りだね。順調そのものだ。だからこそゲーム機を渡せる……何が気になるの?」
「……20階での戦いを経験することで、プレイヤー達の反応が違い始めるのではないかと……」
「あー、なるほどね」
理由を知り安堵はした。
だが同時に落胆の色も顔に出してしまう。
結局は、計画の目的を最優先に考えている。
それは今まで通りのこと。
……だからこそ不満が残る。
(仕方がないか……)
自分の心情をそれ以上は出さず、少年は普段どおりの笑顔を作った。
「戦うことを選んだプレイヤー達なら、あれくらいの難易度ではくじけないよ」
「そうでしょうか?」
「うん。人間達が作ったゲームと比べたら優しいくらいだ」
そう言った少年の口調や表情は普段通りのものであったが、
「……だからといって、初見クリアをさせるつもりはないけどね」
続けて言った時には、目つきだけが変わっていた。