大吉の趣味
(講習……良いかもしれないなぁ)
闘技場の壁際に座っていた良治が、掲示板を見ながら思う。
自分も同じようなことを……
一瞬そんな事も考えたが、すぐに頭をふって考えを消した。
彼が経験したのは、作戦というよりも運任せの方法。
仮にドラゴンとの戦いを再現できたとしても、見た人々を迷わせるだけのように思えたからだ。
そんなことを考えていると、須藤が一人で近づいてくるのが見えた。
「どうした?」
「いや、ちょっと……報告は終わったんすか?」
「そっちは終わったが……?」
須藤が言い辛そうにしている。
それが珍しく、彼を注視してしまう。
「ほんとに、どうした? 君らしくない」
「ちょッ! ……いや、そうっすね……なんつうか、係長が管理者と話し合いに行ったのが意外だったんすよ……なんでこのタイミングで? 戦う相手っすよ?」
「……しかも、ほとんど相談もせずにか?」
「それっす。洋子さんが怒るのだって無理ないっすよ。言っておきますけど、俺は戦うつもりっすからね。話し合う意味とかあるんすか?」
須藤が管理者に対する怒りを顔にだすと、良治は苦笑しながら諸手を地面につけ空を見上げた。
「俺だって戦うつもりだ。そこは変わらない。これがゲームである以上、いつかは勝てると思う……でも、あいつの場合、はい、ご苦労さん。クリアおめでとう。これ報酬ね……で終わるかもしれないだろ?」
「……似てるっすね。イラっときたっすよ」
「やめてくれ……」
途端に嫌そうな顔をして全身から力を抜き始めた。
そんな良治を見て須藤が苦笑していると、落ち込みかけた良治の頭が上げられる。
「……タイミングって言ったよな?」
「言ったっすね」
「たぶん今回のような真似は、戦い始めたら出来ない……少なくとも決着がつかない限り俺には無理だ」
「どういう意味っすか?」
「……このゲームはリアルすぎるんだよ……誰かが目の前で管理者に倒されたら須藤君はどう思う?」
「……」
その時須藤が思ったのは、香織のことであった。
良治が思うのは、間違いなく洋子のことだろう。
今までもそうしたことはあったが、これまでの敵と管理者とでは決定的な違いがあった。
「あいつは誰かに作られ用意されたキャラじゃない。自分の意思で俺たちを使って何かをしたがってる……少しでも知りたいと思うなら、まだ冷静でいられるうちに話し合うしかなかったんだ」
「よく……できたっすね。俺なら冷静に話すなんて無理っすよ?」
「……そういう時は、自分を他人のように考えて話すと結構いい。少しは相手のことが理解しやすくなる」
「人生経験ってやつっすか?」
「そんなもんだ」
そういう良治の顔に自分を嘲笑うかのような笑みが浮かんだ。
須藤にとって気に入らない表情だが、良治なりに思うことがあるのだけは理解できた。
だからこそ、どうしても思ってしまう。
「洋子さんに言っとけば良かったんじゃ? 分かってくれたと思うっすよ?」
「……かもな。でも、自分のわがままだっていうのも分かっていたし、それでズルズルと言い出せずにいて……まぁ、何て言うか……俺が悪いっていうのは分かっているんだ」
吐露するように言う良治を見た須藤が、驚いたように口を中開きし固まった。
「……失望したか?」
「係長にっすか?」
「あぁ……」
「……そういうのは無いっすね。係長でそれなら俺はどうなるんすか? 最初の頃は自分でも呆れるぐらい酷かったっと思うっすよ」
須藤がそういうなり、今度は良治が驚いてしまう。
大きく目を見開き、須藤を凝視までしてしまった。
「なんすか、その目は?」
「いや……そう思うのなら、どうして香織さんに、ああいう態度をとって……その……」
「あっ。そう返してくるっすか?」
「気にはしていたぞ? でも、こういうのって聞くタイミングというか、なんというか……」
尋ねられた須藤が、顔を少し傾けた。
彼の視線が徹と手合わせをしている香織へと向けられている。
それを見て何を思うのだろうと良治が気にしていると、須藤の口が開かれた。
「明日も香織さんの所にいってみるつもりっす」
「そう……? ……って、えっ? 香織さんの所? まさか家? 何がどうしてそんな話になったんだ?」
「そっちじゃないっすよ!」
良治の誤解を解くために須藤が事情を話しだす。
その説明が終わった頃に洋子が近づいてくると、代わりに須藤が離れようとするのだが、その彼を良治は引き留めようとした。
ただし、その願いが通じたかどうかはべつ。
須藤なりに理解はできたが、だからといって洋子の邪魔をする気はないらしい。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日の土曜日。
良治に教えたとおり大吉の道場に須藤が足を運んだ。
香織が知ったのは、居間へと座り蕎麦茶をすすっていた父親から聞かされた時のこと。
「また来たの? 呆れたわね……」
「お前の弟子のようだが、俺が教えてもいいんだな?」
「好きにしたら? どうせ、もう決めたんでしょ?」
「そうさせてもらう。一応言っておくが、家の方にまで来る気はないようだ」
「だから何?」
「……いや。気にしていないのなら、それでいい」
座布団に座ったまま香織に言うと、残っていた蕎麦茶をすする。
大吉が何を考えているのか知りたくもなり、香織が隣に座り父親を睨みつけた。
「まさかと思うけど、私と須藤君をどうにかしようとか考えていないわよね?」
「おい……これでも父親だぞ。そんなつもりはない」
「本当よね? 何か聞かされたとか、そういうことは無いわよね?」
「何の事だ?」
「……」
香織が言えるわけがない。
彼女が思うのは、須藤の方で勝手に誤解していると思われる約束。
自分に追い付いたら『その時は、考えてあげても……』と言ってしまったことが心の中で引っかかっていた。
(あれは、やる気を起こさせる為に言っただけよ?)
須藤がどこまで大吉に話したのか分からないが、それを真に受けた?
いや、もしかしたら須藤が自分のいいように話を脚色したという可能性もあるのでは?
(掲示板でもアレコレ言っていたみたいだしありえると思ったんだけど、父さんが嘘をついているようには見えないし……)
ジロジロと実の父親の顔を見ると、歳をとることに深まっているシワが目につく。そうした香織の視線が煩わしいのか、大吉は自分の肩を軽く揉みながら立ち上がった。
「少し彼の様子でも見てくるが、お前はどうする?」
「夕飯の支度をするわ」
「母さんはどうした?」
「買い物。少し遅くなるかも?」
「そうか……」
それ以上言葉を続ける事もなく大吉が居間から消えると、香織は不機嫌な顔をしたまま台所へと向かう。家からでた大吉はと言えば、自分の道場へと向かい歩きながら考えごとをしていた。
(強くなりたいだけのようにしか見えんがなぁ……まぁ、香織もいい大人だ。俺がどうこういう必要もないだろ)
色恋沙汰は当人同士で好きにやればいい。
香織が追い払ってほしいと頼んでくるのであれば、その通りにするつもりであったが、そこまでは考えていない様子。
親に頼むのが恥ずかしいと思ったのか、それとも親の趣味を理解しているからなのかは分からないが大吉にとってみれば好都合。
(槍の使い方は教えんほうがいいな。人を相手にするのとは勝手が違うだろうし、その辺は実戦で学ぶだろう。となれば俺が教えられるのは……)
香織の弟子ではなく、自分の弟子。
ならば煮るなり焼くなり好きにして良い。
当人は強くなりたがっているのだから、その希望を叶えてやろう。
近所の子供たち相手では駄目な事でも、相手が須藤であればべつだ。
年甲斐もなく大吉の心は弾み、彼の足取りを軽くさせたようである。