対話の試み
「一人で管理者と会ってみたい……って言ったら、怒るか?」
「突然何を??」
その日、自分の考えを仲間達に伝えると、洋子が言ったとおりのような反応をされてしまう。戸惑う仲間達に理解してもらおうと、自分が思う事を言い出した。
「たぶん20階でなら、あいつとの会話が成立すると思う。迷宮スマホや業務連絡のことを考えると、それが理由なんじゃないかって……分かるか?」
説明不十分だという事は、良治も分かっているようだ。
仲間達から『だからどうした?』といった目つきで見られているが、反論が出来ない。理解しきれていないのは洋子も同じであったがソレとは別に分かった事がある。
今の良治を止めるのは無駄だ。徒労に終わるだけだろう。
友義達が頭を悩ませている理由そのものが顔に出ており、これ以上聞き出すことを早々に諦めた。
「分かりました。私も一緒に行くことにします」
「……え? いや、そういうことを頼んでいるわけじゃなくて……」
「ドラゴンの時も言いましたよね。一人で戦わないで下さいって」
「戦いにいくんじゃない。俺はだな……」
良治は話が通じていないと思い何かを言いそうになったが、真っすぐに向けられている洋子の目がそれを止めた。
(冗談じゃないわよ。バランススキルがあれば、良治さん1人が死ぬようなことはもう無いと思ったのに……)
一安心していた数日後にはこれだ。
彼女の想いは通じていなかったらしい。
「私も行きます。そう言いました」
「それなら俺も行くっす。待つのは性に合わないんで」
「まてまて。それなら俺達も一緒でいいはずだろ」
洋子が言いだした事によって、須藤と徹が似たような事を言いだす。
こうなると良治にとって都合が悪すぎた。
一人で会ってみたいと言い出したのは、戦闘が起きないようにするためなのだが、勿論そんな保障はどこにも無い。もし戦闘になったとしても、自分だけが痛い目をみれば済む話だとしか考えていなかった。
これに徹や須藤がからんでくると話が違ってくる。
どうにか説得しようとするが、須藤や徹達はともかく洋子だけは無理。
結局は良治が折れる形で、その日の午後、彼女と一緒に20階へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『君達は何がしたいの?』
20階へとついた良治達に管理者の呆れたような声が届く。
それは問いかけ。
普段流れる業務連絡とは違い一方通行ではなかった。
「お前と話がしてみたい。ここでなら、それが出来ると思った」
『……どうしてそう思うのさ?』
「それを言うなら、何故この階だけ違う? 他の階にたどり着いた時と同じように、業務連絡として流せばよかっただろ?」
その考えが正しいのかどうかを知るために、管理者の反応を待ってみたが、返事がないまま無言の時が過ぎた。
「……俺が思う通りで正解か?」
『好きに考えていいよ』
「そうさせてもらう」
本気でそう思ったのかどうか、良治の態度からは分からない。
洋子に理解出来たのは、良治が何を知りたがっているかということのみ。
(ここは管理者と私達が戦うだけの場所じゃなくて、対話をするための場所でもあったの? 良治さんは、それを確認したかった? ……ううん。知りたいのは、それだけじゃないわ)
洋子がそう思うのは、仕事の最中に何度か同じような顔を見てきたからだろう。
「直接会って話さないか? その方がやりやすい」
『僕が? 君と違って忙しいんだけど?』
「そういう嘘を聞きたいわけじゃない。良いから出てきてくれ」
『……』
管理者の口調が普段どおりのものに戻りかけたが、良治が断言すると再度黙った。
何も反応する気はないのだろうか?
良治がそう考えた時、覚えのある圧力を感じる。
忘れようがない、管理者の気配。
以前と同じく感情が乱れそうになったが、2人そろって耐える事が出来た。
(あいつが抑えているのか、それとも慣れたのか……どっちだ?)
(前に比べたら楽だけど……でも……)
これで2度目。
似たような感覚という意味で言えば3度目になる。
威圧感はあるが、動けないというわけでもない。
それでも目を閉じ、大きな深呼吸を一つ。
両肩から力を抜いたとき、管理者の方から話しかけてきた。
「前よりは平気そうだね。そうなるとは思ったよ」
「どういう意味だ?」
「以前会った時より強くなっているってことさ。君の仲間達も同じはずだ」
聞いたばかりのことを頭の中で整理し、意味を理解していく。
良治の中で、今の自分達ならば普段通り戦えるのではないかという欲のようなものが出てきたが、仮にそうだとしても人数制限が解除された件がある。
湧き出したばかりの欲を静めるため両目を一度閉じた。
「ところで、どうして嘘だと思ったの?」
問いかけは耳に入ったが、良治の目は閉じたまま。
再度開いたのは、自分の下唇を軽く触ってからであった。
「別人が業務連絡をしていたことや、俺達に接触してきたこと……そんなところからだ。好き放題やるお前が忙しいというのは変だろ?」
「……それだけ? ほとんど勘のようなものじゃないか。君って馬鹿なのか賢いのか分からない時があるよね?」
「どちらかと言えば馬鹿だと思う」
「……躊躇なく言う事じゃないだろ……全く君ってやつは……」
呆れと苛立ち。
両方を同時に感じさせる声を出したとき気付いた。
今の良治は、どこか遠い場所を見るかのような目つきをしていることに。
「……君。何かあった? 僕が知っている君と、今の君。少し違うように見える」
「前に会った時の事を言っているのなら、感情的になり過ぎただけだ」
そういう意味じゃない。
隣で聞いていた洋子は、いっそ自分が管理者に説明しようかと思ったが、口に出すのは控えた。
(こういう時だけは饒舌になるのよね……)
それは洋子が見てきた良治の姿の一つ。
意見対立の時もそうであったが、良治は誰かを理解しようする時、普段と少し変わる。
本人によれば自分が言いたいことを伝えるために必要な過程らしいが、どういう理屈なのかまでは彼女も理解しきれていない。
「もういいよ。それで用件は何?」
「言っただろ。お前と話がしたいだけだ」
「だから何を話すのさ? 時給に不満があるとか言われても変更はしないよ」
「そういうことではなくて……ん?」
不満と言われた良治の頭に、クリア報酬の件が浮かんだ。
ゲーム機が報酬というのは良治にとって嬉しくはない。
もらったとしても、そこに使われている技術を考えるとトラブルの元になりえると彼は考えている。
これ以上の面倒は御免と思う彼の頭に、ゲーム機よりも欲するものが浮かんだ。
「例のクリア報酬を変更できないか? 例えば、お前が何故こんな事をしているのか、それを教えるというのはどうだ?」
そう言った瞬間、管理者の目つきが変わった。
子供のような姿とは不似合いな、他人を怪しむような視線を良治に向ける。
(いくら何でも落ち着きすぎだ。僕が知らない切り札的なものを手に入れた?)
自分が知らない良治の姿。
その原因について考えながら、今度は洋子を見る。
すると、彼女を庇うかのように良治がわずかに動いた。
(警戒心は残している。そのうえで、この態度か……何も考えていないというわけでは無いだろうけど、何かを狙っているという風にも見えない……単なる子供じみた好奇心?)
今がゲーム中でなかったら。
あるいは、相手が良治でなかったならば。
そう思わずにいられない管理者の唇が、自分の意思とは正反対に緩み始めた。