新スキル
嬉々とした表情をしながら洋子が思うことを言い始める。
「このスキルを使っていれば、誰か1人だけが死ぬということがなくなると思いますよ!」
「……ん?」
「分かりません? 例えばやられるような大きな攻撃を受けたとします。その時、他の人達の体力で補えるとしたらどうなります?」
それがどういう意味なのかと首をひねると、良治の頭の中に苦い記憶となるボスの姿が思い浮かんだ。
「サイクロプスか!」
須藤と香織は生き残り、自分と洋子が死んでしまった嫌な記憶。
もしあの時このスキルがあり、洋子が言う通りであればどうなっただろう?
自分達も生き残っていたという可能性があるのでは?
良治にはそう思えたようだが……
「あの場合はどうでしょうね? ダメージが大きすぎて須藤君や香織さんまでやられていたかも?」
「……」
すぐに否定されてしまい、良治の頭がガクリと落ちた。
「気落ちしないで下さいよ。考え方はあっているんですから」
「それは分かっているんだが……」
洋子が、ポンポンと肩を優しく叩いてくる。
へこんでもいられないと顔をあげると、今度は徹が言い始めた。
「柊さんが言う通りのスキルだと俺も思う。利点はあるが同時にリスクもあるものだ」
「スキルで繋がっている間だけはHPやMPが総合的なものになるって考えればいいんだよな?」
「満が言う通りだな……そう考えた方が理解しやすいか?」
「それは良いけど、洋子さんが言うほどのスキルなの? 便利そうだけど欠点もあるんでしょ?」
話を聞いていた良治は、紹子が言うとおりだと心のなかで思う。
頭の中で適当なイメージを浮かべていると、洋子が否定するかのように頭をふるった。
「欠点はありますよ。サイクロプスが最後に放ったような攻撃をされたら意味が薄いですからね。でも、ああいった攻撃は読みやすいですから、そこまで大きな欠点とは思えません。むしろ利点の方が大きいのでは?」
「利点って、さっき言っていたことか?」
「だけじゃないですよ。近接組の魔力を私や美甘さんが使えるようにもなると思いますし、全員の魔力量を考えれば……」
そう言いつつ、美甘へニコリとした笑みを向けた。
何を意味した笑みなのか向けられた美甘は分からなかったようだが、気が付くなり表情を明るくさせ口を開きかける。しかし、彼女が言い出す前に満が口を挟んだ。
「俺達のMPも使えるようになるってことだろ? でもそれって魔石で回復したらいいだけの話じゃないか?」
「……満君は分かってない。その魔石を使う回数が極端にへるかもしれないんだよ」
「なんで、そうなる?」
洋子の説明から、どうしてそうなるのか?
満には分からなかったようだが、美甘の話しを肯定するように洋子が頷いた。
「魔石の効果は全魔力量の1/3を回復すること。バランスを使っている状態で使えばどうなると思います?」
「……おぉ!?」
理解したような声を良治がだした。
説明を聞いていた仲間達も理解できたようで、彼等の表情が一変に明るくなる。
魔石の余裕はあるので量的な問題は無いが、それでも減る量は少ない方が良い。
個人ごとに使う場合とそうでない場合とでは手間も違うだろう。
そのわずかな間にできた隙を狙われる危険性が減るという意味でも助かりはする。
「利点について分かりやすい例は魔人との戦いですね。あの戦いで峯田さんがとんでもないことをしましたが、あれは異常です。他の人達が同じことを出来るとは思えません」
「俺を異常者扱いにしないでくれないか!」
「いや、あの時の徹は異常だったぞ。あれだけ攻撃されていて、何で自分で土鎧とか回復が出来るんだよ。見ているこっちが怖かったぞ!」
「まぁ、そうだな。少なくとも俺には真似できねぇな」
「私も無理ね。あの状態をどうして維持できたのか今でも疑問よ」
「……」
共に戦ったはずの仲間達全員。
満だけではなく、須藤や香織からも同意見が飛び出すと、徹は不機嫌そうに黙ってしまった。
「洋子さんは、何が言いたいんだ?」
「普通ならばヘイト管理に失敗する。これは目に見えています。その時一番怖いのは事故死ですよね。ですけど、このバランス状態だったらどうでしょう?」
「……あっ。フォローがしやすくなるってことか?」
「そうです。例えば私が魔人の攻撃を無防備で受けたとしても、1発でやられることがなくなります。遠くから回復することもできるでしょうし……私達が最初に戦った時のように、1人ずつやられて全滅するという事は無いでしょうね」
説明を聞いているうちに、良治も本当の意味で理解してきたようで、彼の眼が大きく見開かれた。
「分かってきました?」
「分かった。というか、17階を探索しきってから魔人と戦うべきだったな」
「それは――そうですね」
「否定はできんが終わったことだ。だいたいバランスというより、リンクの方が適切じゃないのか?」
「あぁ、そうかもな」
「管理者って、そういう所が変なんですよ。今までだって妙な手抜きのようなものがあったじゃないですか」
「……アイツらしいと言えば、らしいのか……」
徹が言ったことを肯定するように、仲間達が次々と愚痴りだす。
良治が思ったことは、すぐに流されたようだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
洋子が言った事は、あくまで推測でしかない。
それを確認するために、彼等はその推測が正しいかどうかの実験にはいった。
消費する魔力量は微々たるものらしく、連続使用でおおよそ30分は継続可能。
魔石の使用に関しては推測通りのようで、1度誰かが使っただけで10分ほどバランス状態が延長された。
体力や魔力だけではなく、他の部分も平均化されているのではないかと考えたが、そうした変化は見てとれない。回復魔法の効果については予想通りであり、予想していた点については概ね正解のようであった。
だが、固有スキルについてだけは困ったことが判明。
どうやらバランススキルの使用中は、固有スキルを発動することが出来ないらしい。
これら一連の事を掲示板で報告。
剣術士達がすぐにとりに行くだろうと思われたが、イベント関係が一段落ついた後にするという。
彼等が習得している固有スキルや、新たに見つかったバランススキルの事を考えれば初見突破をすることも考えられる。もしそうなれば、彼等と合流し管理者に1度ぐらいは挑戦してみたいとは良治も思ってはいるのだが……そうなる前にやってみたいことが1つあった。
(20階……もしかしたら、あそこは……)
それは最初に20階へと進んだ時から抱いていた疑問。
何故、あそこでは迷宮スマホが使えないのか?
その疑問を晴らすために、彼は1人で管理者と会ってみたかった。
良治が、このことを仲間達に伝えたのは金曜日のこと。
ちょうどその日は、剣術士達が魔人へと挑む日でもあったらしい。