報酬の正体
時間というものは平等に人々の間を過ぎていく。
それは、いついかなる日だろうとも変わらないはず。
だが、本当のところどうなのだろうか?
違う時もあるんじゃないか?
土日を洋子と楽しく過ごした良治は、そんな疑問をわずかだが頭の中で思ってしまう。
結婚話と須藤の話を聞かされた洋子の愛らしい瞳の前では、彼女に依存しつつあるという気持ちは敵ですならかったようだ。
明けて69日目の月曜日。
解雇処分は無くなったとはいえ、ベーシックダンジョン(仮)から解放されたいという気持ちは強まった。
結婚を意識しだしたせいだが、その為にも日常へと戻ることが大事。
気持ちを引き締め17階で仲間達と合流すると、須藤の顔にできている青い痣を目にした。
「その怪我。例の件でか?」
「あぁ、平気っすよ。回復魔法を使うんで」
何が平気なのか分からない。
眉を寄せつつ香織に目を向けると、普段と変わらない顔つきであった。
「なに?」
「いや、何でも……」
「須藤君のことより自分の方を気にしたら? 上司の説得は出来たの?」
「それなら……」
香織に問われるなり、仲間達の目が良治に集まる。
須藤も回復魔法で怪我を治しながら良治を見た。
解雇処分という話が大嘘だったということが伝わると、仲間達がこぞって騒ぎ始めてしまう。
「なんすかそれ!?」
「……呆れた社長ね」
「係長のところの社長は、そういう人物だったのか……」
「紹子さん、こういうのって良いんですか?」
「駄目……でしょうね。冗談で済む話とは思えないわ」
「係長の会社って、ブラックだったのか?」
満に聞かれた良治は、愛想笑いを見せて『さぁ?』と言い返した。
この話題を続けたくないように見えた仲間達は、次に洋子へと視線を向けたが、
「19階に戻りましょうか」
「そうだな」
彼女も会社の事についてはそれ以上触れようとせず、自分達がやるべきことについて話しだした。
この日やる事は決まっている。
2人に問題がないのであれば、管理者に選択を伝えてもいいはず。
それを実行するため、20階へと再度足を踏みだした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
2度目とはいえ、その光景は彼等を圧倒してくる。
そこは巨人達が住まうかのような広く大きな場所。
遠くを見れば壁があるが、扉のようなものはない。
到着した良治達は、入り口付近で足を止め、管理者の声を待った。
『早かったね。もう少し悩むかと思ったけど……いや、君達ならこうなって当然かな?』
待っていたのは、ほんのわずかの間のみ。
管理者の声が聞こえてくるなり天井を見上げた。
『さて返事を聞こうか。どれを選ぶの?』
いつもと違い、話がはやい。
言うべきことは前回やってきた時に、全て言い切ったのだろう。
あとは良治達が返事をすればよいだけ。
その返事をするために深呼吸を一度し、再度天井を見上げた。
「3だ。俺達は戦うことにした!」
決意を込め叫んだ声が、壁に反響することもなく消えていく。
静かな大広間にいる良治達が次に聞いたのは、機嫌のよさそうな管理者の声。
『ハハハハハハ。そうだよね。やっぱりそうだよね。君達はそれを選ぶよね。良かったよ。本当によかった。そうこないと嘘だ』
よほど嬉しかったのか、いつも以上に声が大きい。
当人は楽しいのだろうが、聞かされた良治達にとってみれば不快だ。
誰もが不機嫌そうにしているが、管理者はお構いなしである。
『さて嬉しい返事も聞けたし報酬について教えよう。それは、このゲームが出来るだけの性能をもつゲーム機だ。おそらく今の人間達でも解析は可能だろうね。……まぁ、ついていない機能も一部あるけどさ』
そう告げた管理者の声が、先ほどまでとは違っていた。
儚く消え去るような小さな声。
良治には、管理者が何かを隠したがっているかのようにすら感じられた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
報酬について知ったあと、19階へと戻った。
休憩時間をとると、各自がバラバラとなりはじめる。
良治は近くの壁に背を付けスレッドスキルを発動。
管理者から聞かされたばかりの話を報告しはじめると、予想スレに似たような事が書かれていたことを教えられた。
(予想していた人がいたのか)
良治は感心したようだが、報告したプレイヤーは少し違うように思っている様子。
(意味が違うのか? 正式サービスの開始? ……同じような話を前にも聞いたような気がするな?)
掲示板を眺めながら記憶をたどっていると、洋子が歩き近づいてくる。
彼女は黙って横に並び良治と同じく壁に背をつけると、どこまでも広がる青空に目を向け、胸を膨らませ始めた。
「どうした?」
たまらず声をかけるが、顔を向けて来ない。
洋子は再度青空を見上げ、
「……ほんと凄いですよね」
そう小さく呟きもらした後に良治を見た。
「こんなに現実味を感じられるゲーム機ってどういうものだと思いますか?」
「……俺には今のゲーム機すら分からないからなぁ……今はどうなっているんだ?」
「市販されているゲーム機のことですか?」
「あぁ……管理者のやつ、今の俺達にも解析が出来るとか言っていただろ? わざわざあんなことを言うのが気になる」
スレッドスキルを停止させ、洋子同様に青い空を目に映す。
現実の青空と遜色がない風景。
今の自分達がゲームをしているとは、とても信じられない。
洋子が深呼吸をしたのは、そうした現実味を確かめるためなのだろう。
今現在のゲーム機を詳しく知らない良治とはいえ、自分達がしているゲームが凄いものだということだけは理解していた。
「映像だけでなら、近しいレベルのものが発売されていますね。全身で体感できるものも開発されているという噂もあります」
「このゲームのように? 本当に、そんなものが出来るのか?」
「一部の人がそう言っているだけですよ。裏話的なものが好きな人って昔からいるんでしょう」
少し困ったような笑みを見せながら、軽く肩をゆすった。
そうした彼女の態度を見て、良治が胸をなでおろす。
もし本当なら、自分はどれだけ時代に置いて行かれていたのだろう?
微かな不安を覚えそうになったが杞憂でしかなかったようだ。
「良治さんは、どう思いました?」
「何をだ?」
「報酬の件です。掲示板でも書かれていましたけど、管理者の目的に関係しているように思いませんか?」
「……それか」
洋子が話したかったのは、そのことなのだろう。
彼女や良治ばかりが気にしていたわけでは無いようで、今回の情報を元に管理者の目的が何なのか仮説を立てたプレイヤー達がいた。
『世の中を混乱させたいだけ』
『人間達に新たな知識を提供し、技術革新を図りたい』
『ゲーム機というのは真っ赤な嘘で、実は洗脳装置』
『ただのゲーム機マニア。僕が作った最高のゲーム機を自慢したい』
真面目な意見もあれば、ふざけたような意見もでた。
良治もそれらについては見ているが、あまりシックリときていない。
返答を待つ洋子に見られながら、彼の目が20階へと続く階段へと向けられた。
「関係はしていると思うし、あれこれ考えてもみたけど……」
良治なりに考えたソレらについて、彼は自信がない。
裏付けとなるようなものが、何一つないからだ。
どうあっても知りたいというのであれば……
良治は自分が思うことを口にせず、20階へと続く階段に視線を向けるばかりであった。
これで6章が終わりとなります。