友義の誤算
ワシは、この二人に必要な人材だと言ったはずだ。
社員達にも口止めをし、警察やマスコミ関係にも漏らしておらん。
そこまでするということは会社として危うい橋を渡っているという事でもある。
おまけに今はどこの会社も人手不足。
保護の会としてテレビ局にも圧力をかけた。
ここまで守ろうとする社員を簡単に手放すと思うか?
無論、あの若造にだってやる気はない。
何が結婚相談所だ! ふざけおって!
なに?
実際にしようとしていたではないか?
3ヵ月の期限を設けたのは誰だ?
ワシだ。
ワシが言ったな。
だが、それには理由がある。
簡単なことだ。
係長の尻を叩く必要があるからだ!
この男にはそれが必要だ。
そこまでする必要はない。
そう思えるような事をやる時がある。
今までも何度となく言ったのだが、まるで変わらん。
部長や課長なぞ、とうに諦めている始末よ。
迷宮を進む間も、似たような事をしておったんじゃないのか?
だからといってワシが係長を嫌ってはおるというわけではない。
そういう性格も込みで得難い人材だと思っている。
同僚ばかりではなく現場の職人達からも評判が良く、その辺りは本当に大したものだ。
しかし、物事には限度というものがあるはずだ。
それだけ分かってくれればワシも悩まずにすむのだがなぁ……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「つまり、そういうことらしい」
部長の浩二が、余計なことを言わずに友義の気持ちを代弁した。
どうして彼が言うのか、良治達は聞かない。
彼もまた最初は騙されていたのだが、途中で察してはいたようだ。
「……解雇処分は……嘘?」
浩二の説明によれば、そういうことになる。
友義がつけた期限というのは、良治をせっついて早く会社へと戻ってきてほしいがためのこと。もしこれが洋子一人であれば違ったのかもしれないと考えるが、そこまで浩二は言わなかった。
「フン。そういうことだ」
「……いや、そういうことだって……社長?」
いくらなんでもあり得ない。
そんな気持ちが良治と洋子の顔から、知ることができる。
2人がそう思うことは友義も予想はしていたらしく、鼻息を荒くし自分が思うことを大声で叫んだ。
「酷すぎるというのであれば、スケジュール通り仕事をせんか! 何度怒鳴られれば気が済む!」
「いや、それは……」
知ったばかりの良治は、どう反応したらいいのか分からず頭を悩ませ始めてしまう。
(どうしてこうなる?)
言いたいことは分かったが、納得したわけではない。
友義に状況説明したあと説得を行い、それが駄目であれば辞表を出す覚悟すらしてきたのだ。その覚悟も含めて全てを台無しにされた気持ちでいた。
「……でも、社長が言っていいことではないですよね?」
良治が困惑している傍らで、洋子が冷たい眼差しを友義に向けて言った。
理由は分かったが、簡単に口にしていい言葉でないことも確かなこと。
「ワシもそう思うが、こうでも言わん限り係長の性格はどうにもならんだろ」
「また俺ですか!?」
「そうだ。全部、係長のせいだ」
あっさりと自分のせいにされた良治は、今にも泣き出しそうな表情を見せた。
何故、こうまで言われなければならないのだろう?
社長が言う事も分からなくはないが、それにしたってあまりの仕打ち。
日々どれだけ苦労しながら……いや、楽しんでいる部分もあったが、頑張って迷宮探索を続けてきたというのに、これだ。
良治が情けない顔をしながら、そんなことを考えこんでいると、友義が不機嫌そうに口を尖らせる。
「なんだ、その顔は。結婚を考えている相手の前で、男がそんな顔をするな」
……
今、何かとんでもないことが聞こえたような?
良治と洋子は、自分の耳を疑った。
聞きなれない言葉が2人の耳にはいるが、その言葉がどこから出てきたのか全く分からない。
「どうした? 何を不思議がる?」
「社長……それは、ちょっと……」
暴走ぎみになりかけた友義に浩二が待ったをかけた。
その浩二を見れば、黙って首を振っている。
「まさか、考えておらんのか?」
「おそらくは……」
「……ネットでも周知されておるんだろ?」
「だからと言って……ほら見てください」
言われて良治達を見る。
ポカーンとした顔をしたまま2人ともが固まっていた。
何が起きているのか、まるで分かっていない。
「……本気か? 会社よりも彼女のことを選んでおいて、それなのか?」
ポンと友義が自分の頭を叩き、呆れたような目つきで2人を見る。
ネットでも広がり知られている。
そして、洋子との仲を大事に思い、3の選択をする予定でもいる。
その決断をするということは、解雇処分も覚悟の上でのことだろう。
つまり、会社よりも洋子との関係を良治は選択したのだと友義は考えた。
そこまで想うのであれば、当然結婚も考えているはずだ。
すでにプロポーズをしていても不思議ではない。
もしそうであれば、この上なく喜ばしいこと。
そもそも解雇する気なぞ最初からない。
結婚をすれば落ち着くだろうし、今までのようにはしないはず。
少なくとも自分が怒鳴る必要は無くなるのではないか?
何時から付き合っていたのかは知らないが、そこまでの仲になっているのは嬉しい誤算だ。
友義の考えはこうしたものであり、だからこそ機嫌も良かった。
解雇処分する気が無かったことを打ち明けたのもそれが理由。
しかし、当人達は、まだ付き合いはじめたばかりという認識でおり、結婚については友義が思うほどには考えていなかった。