覚悟を懐に抱いて
良治の考えを洋子が知ったのは、すぐ後のことであった。
簡潔にいえば、社長の友義が聞く耳をもたないのであれば辞表を提出するつもりでいるらしい。
(本当にそれでいいの? あの選択が理由なのは分かるけど、まだ時間はあるよね? それなのにどうして?)
理解はできたものの、そのことで悩み始める。
良治が無職になるかもしれないということよりも、何をどう考えてその結論を出したのか分からないからだ。
そうした苦しみを抱えたままに17階探索を進めていると、新たなドラゴン討伐者が出た報せが入る。
流行りだしている方法で倒すことができたらしいが、なかなかにタイミングが難しいらしく3度目での成功。全員が攻撃系の固有スキルであったことには驚いたが、それはそれで笑いを誘ってくれた。
……だからといって洋子の悩みが晴れたわけでもないが。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日の土曜の朝、駅の構内で待ち合わせをしていた2人がスーツ姿で出会う。
互いに挨拶を交わしたあと、無言のまま肩をならべ歩き始めたが、耐えきれなくなった洋子が気になっていることを尋ねた。
「……本気で辞表を出すつもりですか?」
「何を言っても駄目ならそうするつもりだ」
普段どおりの口調で返答された洋子は、良治の本気を知る。
少しでも迷いがあれば……と考えていたが違うらしい。
返事を聞いた洋子が唐突に立ち止まると、良治もまたその場で足を止めた。
「あの選択が原因ですよね?」
「それもあるが、休職について頼んだ時から少しは考えていたな」
「あの時から!?」
全く気が付かなかったことに驚いた。
あの時点から考えていたという事は、管理者からつきつけられた選択だけが理由ではない? そう思いながら、良治の横顔を見つめ彼の心を知ろうとする。
(あの選択は切っ掛けでしかないの?)
良治にとって今の成労建設。
いや、友義の下でこの先も働いていこうという気持ちが無くなりつつあるのではないだろうか?
(もしそうなら、期限内に解放されても、良治さんは……)
友義に対して愛想が尽きかけている。
一言で言えば、そんな心境だろうか?
「……やっぱり相談するべきだったか?」
「そのとおりですよ!」
一体幾度目なのだろう?
憤慨はすれど、良治の気持ちも理解はできた。
その良治が会社からがいなくなるのであれば、いっそ自分もと考えながら彼のあとをついて歩いていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
社内にいた同僚たちが、良治達を見るなり近づいてくる。
それぞれが何かを言いたげであったが、すぐに手をあげ止めた。
「詳しい話は今度にしてくれ。それより部長か社長は? また会議室か?」
そう言いながら社内を見渡すと、近づいてきた同僚達が互いに顔を見合わせた。
良治達に近づいてきた時とは微妙に異なった複雑な表情。
関係したくないような……あるいは、その逆のような……
あまり見るような表情でないため、何かあったのではないかと気になってしまう。
「どうしたんだ?」
一番近くにいた同僚に聞いてみると、尋ねた良治ではなく、すぐ隣にいた別の男に目を向けた。すると、その目を向けられた男が顔をそむけてしまう。
(なんなんだ?)
訳が分からず、洋子をみれば首をひねっている。
彼女も困惑しているようだ。
妙な胸騒ぎがしてくるが、近くにいた同僚の一人が、我慢しきれないような顔つきで口を開きだした。
「部長達なら会議室にいるんだが……なんというか社長の様子がな……」
「なんだ、いるのか……それなら別に……」
「いるにはいる。……ただ、どうも……」
「あ、あぁ。あれはちょっと……」
「社長らしくないというか、なんというか……」
「……一言でいえば、不気味だった」
「怖いぐらい不気味だった」
「見たことがないくらい機嫌がよくて、頭を撫でながら会議室に入っていってなぁ……」
「……頭?」
さらに混乱がます。
社長の友義が頭を撫でるのは悩みがある時だけ。
それなのに機嫌が良い顔をしながら、頭を撫でるなどというのは目にしたことも聞いた事もない。
何があった?
先程とは別種の胸騒ぎを覚えていると、同僚達の視線が向けられる。
タイミング的に考えれば、社長の変化は良治達に関係した事にあるはずだと彼等は考えている。その考えが視線という形で、良治達に集まった。
「いや、俺は……」
何もしていない。
そう言おうとしたが、自分達の現状こそが機嫌が良くなる理由ではないだろうか?
「もしかして、俺達が、もうじき解放されると思っているんじゃ?」
「……たぶん、そうですよ」
20階において起きた出来事は、友義も知っているはず。
部長の浩二から、自分達がどの選択を選ぶかも聞いていると思えた。
管理者たちを倒せば終わりということも当然知ってはいる……が、
(問題はまだありそうなのに、それを分かっていないのか?)
自分が覚悟を決めてやってきた理由を友義は知らずにいる。
そこから説明しなければならないのではないだろうか?
もし、そうだとしたら……
(参ったな……また、面倒なことになりそうだ)
浩二に事情を話しているはずだが、どうしてこうなった?
そう思わずにいられない良治は、両肩にずしりと重い何かを抱えた気分で会議室へと足を運んだ。
――しかし。
「そのことなら知っとるぞ。部長から詳しくきいておるからな。何を選ぶつもりでいるのかも聞いた。ここまできたらワシから言う事はない。好きなようにやれ」
会議室に入り、事情説明をしようとした良治達に、友義は機嫌が良さそうな表情でそう言い切った。