イレギュラー
良治が考えていた事とは違い、掲示板での報告は無事に終わった。
20階で迷宮スマホが使えなかった理由が分からないまま、17階の探索へと戻る。
フリーダムのスキルを入手し、そのまま未探索場所を歩き始めた。
彼等の動きが変わったように、後続組達にも変化が訪れる。
ドラゴンに挑戦するばかりではなく、メダルを利用しアランダの出現パターンを調べ始めだしたようだが、その動きが管理者へと伝わった。
「報告は以上となります」
後ろで手を組み青年が口を閉ざすと、少年は軽く手をふってみせた。
「お疲れ。ほっといていいよ。出現パターンを解析することは予想していたから」
「それは理解しておりますが……何をそんなに気にしておいでなのですか?」
少年を見れば、眼前に顔を向けたまま動かしていない。
彼が注視しているのは、先日起きた良治達と魔人の戦い。
業務連絡でも言ったように、この戦いにおいてどうしても納得できていないことがあり、何度かチェックを行っていた。
「この峯田っていう男だよ。何をどう考えたらこんな真似が出来るんだろ?」
少年が気にしていたのは、徹が行った行為。
それだけが気にかかり、この場面を何度か見直していた。
システムに問題があったわけではない。
徹の感情データを見ても数値的には条件を満たしている。
一時的にであればやれるだろうとは思っていたが、少年が予想していたのはそこまで。
まさか、それを維持し続けられるプレイヤーが出るとは思っていなかった。
「……クリアしたら全て教えるはずだったけど止めようかな……」
「良いのですか? それでは当初の計画と異なりますが?」
「うん。その方が良いと思っていたんだけど、こういうのを見ちゃうとちょっとねぇ……」
そういう少年の気持ちを、隣に立つ青年は理解しきれていないようだが、彼はそれ以上の質問をせず、いつもの通りの言葉を口にし頭を垂らすばかりであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
良治達が報告した出来事は、その日のうちに現実でも広まり話題となる。
彼等がどのような選択をするつもりでいるのかも話されており、このことについて様々な意見が飛び交った。
『ゲームだとはいえ、本当の神と戦うとか正気とは思えない』
『記憶を消してもらった方が良いんじゃないか? あれこれ痛い思いをしたんだろ? 俺ならトラウマになりそうな話も幾つか聞いた事がある』
『何でもいいから、さっさと倒してよ! 今度は何をするか分かったもんじゃない!』
『所詮はゲームでのラスボスでしかないんだし、管理者自身には影響がないと思うぜ』
『俺なら間違いなく2を選ぶな。好きな時に止められるようだしさ』
『とりあえず噂の係長達はさっさと戦えよ。あっさり勝てるかもしれないぜ?』
『2の選択ってありなのか? もし俺なら今の会社をやめて、それを選ぶ自信があるぞ』
『2は何だか罠の臭いがする。こういうのを選ぶと大概あとで酷い目にあうのが定番だ』
こういった話は一つの場所だけではなく、様々な場所で話された。
テレビや新聞で扱われたのは勿論のこと、ネットを通じての論争が数多く発生。
今まで何度かサーバーダウンしていたこともあり手を加えていた所もあったが、それでも耐えきれなかった所もある。
同類の話が洋子のブログ内でも行われたが、彼女は相変わらずノーコメントをつらぬいていた。
(いまさらブログを閉鎖しても後々の問題になりそうだしなぁ……)
コメント欄に続々と書かれる内容を眺めながら、彼女は大きな溜息をついた。
本日の更新分どころか先日の記事でも管理者による選択については一切触れていない。
それなのに……という気持ちもあっての溜息だが、ブログの閉鎖については考えるのを止めたようだ。
ブログの件をそれ以上考えるのをやめた彼女は、次に自分のスマホを手にした。
いつものように良治に電話をかけ、大騒ぎになっていることを話し始める。
『そうなるだろうなとは思ったよ』
「詳しくは、見ていないんですか?」
『ニュースぐらいなら見たな』
「ネットの方は?」
『見ていない。どうせアレコレ言われているんだろ? ウンザリだ』
「あぁ……そういうことですか」
自分で調べた方がいいと思う反面、良治の気持ちも理解できた。
元々、そういう人だということは重々承知の上。
思う事はあるが、無理に変える必要性も洋子は感じていない。
『でも君のブログは見たぞ。今日も色々書かれているな』
「もう見たんですか?」
『前に須藤君が言っていたことが気になってな……』
何を言いたいのか分からず、洋子がキョトンとした顔をするが、少し間をとってから気付く。
良治が洋子との付き合いを正式に認めた発言をした時、彼女のブログには多くの祝福コメントが書かれた事があった。そのことで須藤が良治に余計なことを言ったのだが、それを気にしたのだろう。
(良治さんらし……い?)
そうだろうか?
頭の中に疑問が浮かぶ。
須藤が言った余計な一言というのは、もし洋子と別れた場合についてだ。
(まさか、私と別れる気があるとかじゃ?)
嫌な予感がフツフツと湧いてくる。
無論、そんなはずは無いとも思った。
まさかと思う自分と、それを否定する自分が頭の中で浮かび黙り込む。
『洋子さん? どうした?』
「えっ? あっ……っと、いえ、良治さんにしては、珍しいなぁ……と」
『何がだ?』
訳が分からないといった良治の声が、洋子の考え過ぎを消しさった。
「いえ、何でもないです。それより社長をどう説得してみるつもりです?」
『あぁ……その件か……まぁ、当日話すつもりだったけど……』
自分でも嫌だと思った気持ちを隠し、話を変える。
良治には何かしら考えがあるように思えていたが、あの社長を説得するのは一筋縄ではいかないはず。何を考えているのか、前もって聞いておいた方がいいだろうと思い、そのまま耳を澄ましていると……
『……こういうことは聞くのもなんだが、俺が無職になっても付き合い続けてくれるか?』
良治が言った事は、洋子にとって予想外だったらしい。
思考が上手くまとまらず、彼女は眼を見開いたまま固まってしまった。