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選択肢

 20階。

 そこは見る者に畏怖を抱かせる広間であった。

 天井は高く、それを支える巨大な石柱が幾つも立ち並ぶ。

 良治は見上げながら、30~40m程はあるだろうかと考える。

 周囲を囲むのは灰色の石壁。

 遠すぎて霞んでいるような場所もあり、もし人が利用するとするならば不便すぎる広さというしかない。

 足を踏みいれた彼等を出迎えたのは、そうした風景と肌寒さを感じさせる冷たい空気。

 

 ……そして管理者の声であった。


『ようこそ20階へ。この声は、君達にしか聞こえていないことや、迷宮スマホの利用が出来ない事を最初に言っておこう。それと、僕も真面目に対応しようと思うから普段とは違うけど戸惑わないでくれ』


 その口調と声音は普段のものとは異なっていたが、良治達が戸惑うことはない。

 8階へと上がる前や、以前の接触。

 それに現実に姿を現した出来事などから、それぞれ思う事があったのだろう。

 だが、その連絡内容には疑問がある。


(どうして俺達だけに聞かせるんだ?)


 他のプレイヤー達には聞かれたくない話でもするつもりだろうか?

 迷宮スマホを使えないようにしているのは、伝えさせないための処置?

 このまま解放するつもりがあり、それを伝えるのは管理者にとって不都合?

 いや、それならば洋子のブログで知らせればいいだけだ。


 管理者の意図が分からず考え込んでいると、徹が迷宮スマホを使い確認作業を始めた。


「……本当のようだ。掲示板だけではなく、スマホそのものが反応しない。係長の固有スキルはどうだ?」


 徹の疑問にこたえるためスレッドスキルを発動させると、バチっという音が頭の中で鳴り反応が消えた。


(――ッ!? ……今の痛みは……)


 僅かに感じた痛み。

 それが、呼び水となり忘れていた記憶を掘り起こさせる。

 思い出したのは管理者との接触時に、洋子の名を呟いたこと。

 その彼女に話そうとすると、邪魔をするかのように続きが流れた。


『まずは一つ目だ。前にも言ったとおり、君達はこのゲームから解放される……いや、それを選ぶ事が出来る』


「……ん?」

「出来る? 妙な言い方ですね」


 疑問をもったのは良治と洋子ばかりではない。

 どういうつもりなのかと考えを巡らせながら、管理者の言葉を待つ。


『クリア報酬もあるし、それを上手く使えば、多額の金銭を手に入れる事も可能だ』


 報酬? 金? ここにきて?

 それぞれの頭の中で混乱が始まる。

 管理者が何をしたがっているのか分からないからだ。


『ただし、ゲーム内で起きた出来事は全て記憶から消させてもらう。ゲームをしていたという記憶だけは残るけどね』


「……なに?」

「えっ?」

「どういうつもりだ?」

「こいつ……マジで嫌な事をいいやがる!」


 須藤が苛立つ声でいいながら、歯をかみしめる。

 良治は呆気にとられていたが、それが何を意味するのか理解するなり自分の心情を顔にだした。


(ふざけるなよ……)


 それだけは選べない。

 洋子との間に起きた出来事は当然として、仲間達との記憶も大事だ。


『納得がいかないようだね。もちろん、他の選択肢も用意してあるよ』


 反応を見ているのだろうか?

 そう思えるほどに、理解できたタイミングを狙ってくる。


『2つ目の選択は、このままの状態を続けること。今までどおり時給も出すし、強制出社と退社も繰り返す。好きな時に1と同じくゲームを止める事も出来るけど、この場合は報酬がない。このゲームを続けられるということ自体、一つの報酬だ……もちろん止める時は記憶を消させてもらうよ』


 今度は理解しきるまで時間を必要としなかった。

 同時に、この選択もないという結論を即座にだす。

 ゲームを止めることを選んだ時、記憶を消されるのでは1と同じ。

 大体、


(何のために、ここまで頑張ってきたと思っているんだ?)


 全て元の日常に戻るため。

 夢か幻のような場所に留まる気は最初からない。

 それが報酬と言われても、怒りが増すだけだ。


『……これも理解できたようだね。では、これが最後の選択だ』


 第3の選択肢。

 これが最後。

 先に言われた2つの選択肢は、良治にとって怒りが増すだけのもの。

 そもそも与えられた選択肢に従う理由もないのだから、このまま暴れてやろうかとすら考えた。


 しかし、その考えが頭の中を通り過ぎていく。

 なぜなら、良治が望んだことを叶えてくれるような選択肢を、管理者自身が言ったから。


『最後の選択は僕達と戦うこと。これを選び勝利できれば、記憶はもちろんそのままに、報酬も与えてこのゲームから解放してあげよう』



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 3つめの選択肢を聞かされたあとも、話は続いた。

 この選択のうち何を選ぶかは、今すぐでなくても良かった。

 期限というものはないらしく、再度20階に行き返事をした時に報酬について知る事ができるらしく、仮に第3の選択をしても即時戦闘にはならない。


 時給についても告げられており、1450円に固定。

 これはどの階に移動しても同じだという。

 今まで時給が0であったボス階でも同じになるとのことだが、休憩所の中は従来どおり。


 全てを伝えられた良治達は強制的に19階へと戻されることになった。


 最初は、この出来事を掲示板で知らせようと考えた。

 20階での仕様を考えると、管理者は他のプレイヤー達に聞かせたくないように思えたからでもある。伝えられるのかどうか試すだけでも意味はあると思ったが、この日残された時間はわずかばかり。

 その前に考えを統一したかったということもあり、報告は明日へと伸ばすことにした。


「……1については誰も選択しない。それでいいんだな?」

「あたりまえだろ! というか、3以外はないって!」

「満の言う通りだ。俺もそれしかないと思う」

「……まったくです。あれでは、他の選択肢を選ぶなと言っているものじゃないですか」

「洋子さんでも2番は、だめっすか?」

「当然です! 遊ぶために、働くんですから!」

「……あぁ、そうっすね」


 須藤は、なんとなく理解したようだが、良治は分からないようだ。

 洋子のことを理解してきたつもりであったが、まだまだ甘かったと思い知る。


 1について誰も選ばないのは、それぞれの現状が理由。

 ゲームで起きた記憶を消されるということは、今の人間関係はどうなる?

 良治が思うことと似た気持ちが、彼の仲間達にもあった。


 2について言えば1と同じ理由もあったが、そもそも解放されたいがために頑張ってきたのだ。

 仮に管理者が本当の神であり、ここにいれば遊んで暮らせるとしても、それは変わらない。どこかで何かが狂いだすように思えてならなかった。


「香織さん。何か考えているようだけど、どうしたの?」


 紹子が、隣の席にいる香織へと尋ねる。

 彼女が何かを悩んでいるように見えたからだ。

 その香織は、紹子に声を掛けられるなり、迷いがありそうな目つきで良治と洋子を見た。


「……あなた達、会社の方はいいの? 今の状況で最後の選択を宣言するつもり?」

「まだ余裕はある」

「……ですけど係長」


 良治は悩む様子もなく返答したが、洋子は少し違ったようだ。

 口ごもる彼女に、普段どおりの視線を向ける。

 その時、満が香織に対して嫌悪感を向けた。


「あんた、もしかして3以外を選びたいのかよ? そういう人だったのか?」


 彼が香織に対して、こうした口の利き方をしたのは初めて。

 普段とは異なり、態度が全く違う。

 管理者から告げられた選択肢に苛ついていたというのも理由の一つだが、香織の性格に不満もあったのだろう。


 満の気持ちなぞどうでもよさそうに、香織が一睨みする。

 場の空気が悪くなりかけた時、彼女の隣に座っていた須藤が、自分の頭をポリポリとかきながら言った。


「それじゃ駄目っすよ」


 須藤の言葉に香織の眉が吊り上がるが、視線を動かそうとはしない。


「もっと直球で言わないと、係長達も分からないっすよ」

「……そうね」


 何がそうなのか、聞いていた仲間達全員が分からなかった。

 ただ、須藤のみが香織のことを理解しているようで、彼女は言い方を変えた。


「鈴木さん。まず、会社のことをどうにかした方がいいわ。3を選ぶことに私も反対はしないけど、その選択を管理者に伝える前に上司を説き伏せた方がいいと思う。……言いたくないけど3を選んだことが会社に知られたら……」


 香織が言いたかったのは、そこだった。

 19階における魔人討伐によるクリア報酬は、他のプレイヤー達と人数制限なしで合流できること。

 剣術士達と合流し倒せるようなら、残された日数でどうにかなるかもしれないが、そうでなかった場合はどうなる?


 良治達に残された日数は、残り26日程度。

 その間、迷宮に来られる日数は18日。

 つまり18日間で管理者がいう“僕達”とやらを倒せる人数を集めなければならない。


 相手の事もほとんど分かっていない。

 討伐に必要な人数も分からない。

 そうした状況だというのに会社の事を考えずに3の選択をする。

 掲示板で伝える程度ならば良いのかもしれないが、会社に相談もなく管理者に()()()()を伝えるのはマズイのでは?


 最悪、この話が知られた時点で解雇処分されるのではないだろうか?


 良治の会社について香織はほとんど知らないが、休職扱いにしてくれる会社が増えている中、いまだに期限付きにしているような所だ。彼女にしてみれば、最悪のケースを考えた上でのアドバイスのつもりなのだろう。


 それが容易(たやす)く出来ることではないことも知っている。

 だからこそ彼女は今まで黙っていたのだが、その我慢にも限界がきたらしい。

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