蘇る不安
仲間達に知らせたあと、良治は空に戻ることなく地上から見ていた。
徹が魔人からの攻撃を捌き続けながら、なおかつ回復や防御系の魔法をかけ続けている様子は彼でなくても唖然とするもの。
それが出来ている理由について思い当たるものと言えば……
「あの光のおかげか?」
「武器に付与された効果だと思いますけど……」
どうして徹のみに?
他の仲間達の武器も輝きを増しているが徹ほどではない。
何が違うのか彼等には分からなかった。
いつ魔人から攻撃を受けるのか分からない状況が続き、美甘と紹子は大騒ぎ。
彼女達の不安を余所に安定した戦いが続けられた。
しばらく経つと、魔人の体を覆っていた青い光が点滅しはじめ満の攻撃も通り始める。このまま押し切れるのであれば、それに越した事はないと判断し地上で待った。
……とはいえ不安はある。
(前に戦った時は手に負えないといった感じがあったんだが?)
強いという手応えはある。
きつい一撃ももらった。
しかし、そこまでだ。
今の魔人からは、前回戦った時と比べ圧倒的なものを感じない。
(武器が鎧に変化したせいか? 防御が増して、攻撃がおろそかになった? ……それって弱くなっただけじゃ?)
1段階目で見せつけられた回復力があれば防御を固める必要性がないのでは?
むしろ攻撃手段を増やされた方が厄介だ。
報告でしか知らないドラゴンの2段階目の方が強いように思えるが、徹の動きが良いからだろうか? それとも、洋子が攻略手段について考えてくれたから?
納得できそうな理由はあるが、それだけでは不安が消えない。
「また、考え込んでいますね?」
「……ほんと良く分かるな」
感じた不安について見透かされたらしい。
洋子が不機嫌になる前にと、良治は自分の不安を打ち明けた。
「まだ何かあると? ……ありえなくはないですが……」
「どうした?」
「いえ……係長の不安も分かりますし、念のために用意しておきます」
「ん?」
何を思いついたのか、洋子が美甘に声をかける。
彼女が考えたのはパワー型融合木人形。
近付くだけで身の危険を感じてしまうような代物が、身近に出来上がった。
(また大胆な……)
それで何をするつもりなのか聞いてみたくなったが、今は徹達の方を気にしようと考える。
いつでも飛び出せるように力を蓄えていると、その徹達の方で変化が起きた。
「おっ?」
起きた変化というのは、良治が危惧していたような出来事ではない。
むしろ逆で、魔人の翼を傷つけたことにある。
やったのは満。
それを切っ掛けとし須藤が攻撃をし、さらに香織が追い打ちをかけた。
ミラージュからの連続攻撃を決めたかと思うと、一旦距離をおいて同時のスラッシュ。
満、須藤、2人の香織による多段攻撃。
一瞬で魔人の全身が傷だらけになった。
自己回復能力も失われているのか、魔人がそのまま地上へと墜落しはじめる。
そうした状況だけで判断するならば決着がついたように見えるが、それでも不安が残された。
良治が魔人に対し何となりそうだと思ったのは、管理者と遭遇したことがあるから。気圧され動けなくされた事を考えれば魔人は組みやすい相手と思っただけに過ぎない。
上手く戦えている感じはあるし、徹がいなければ安定した戦いは望めなかっただろうが……それでも、まだ戦いは続くように思えた。
そうした不安がどうしても拭えずにいたが、それを払拭するかのような光景が良治の目に飛び込んでくる。
「須藤君!?」
「そこで!」
それは流れ落ちる青い流星。
地上へ落ちていく魔人の体目掛け、須藤がラージ・ランスを発動させた瞬間。
その須藤の体も、徹と同じく青い光に包まれていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
須藤が放った一撃が、文句がつけようがないくらい豪快に決まる。
「もう動くんじゃねぇよ……ったく!」
疲れ切ったかのような声を出し、上半身と下半身に分断された魔人の体から、自分の槍を引き抜く。地面に出来た穴の大きさや亀裂の広がりようは、彼がどれだけ必死だったのかを物語っているかのようだ。
「派手にやったな」
足元に広がっている亀裂を見ながら良治が言うと、須藤が自慢気に胸をはる。
背後にたつ香織は腕を組みながら溜息をついたが、表情がいつもより柔らかい。
仲間達から緊張感が薄れていくが、徹は横たわる魔人の死骸らしきものを睨んだまま立っていた。彼がもつ大剣の輝きは薄れているが、表情や態度から警戒心を残しているのが伺える。
「消えませんね……」
「……あぁ」
隣に立った良治が何を言いたいのか、徹も察したらしい。
今までのボスであれば倒した時点で姿が消えていき、代わりに宝箱が出ていた。
その現象が起きないという事は、まだ終わっていないという事になるだろう。
……しかし、だ。
魔人から感じられた強い気配が急激に薄れていっている。
1段階目から2段階目にうつった時のような変化も起きていない。
戦いが終わったのか?
それともまだ続くのか?
判断が出来ずにいると、2人の傍に洋子が寄ってきた。
「駄目押しします。下がってください」
「駄目押し?」
「はい。美甘さん、どうぞ」
「わかりました!」
洋子に言われ後ろを見る。
すると、美甘があやつる巨大な木人形が足をあげた。
「……あぁ」
「係長、下がろう……」
「そうしますか」
何が起きるのか察し、近くにいた全員がその場から離れると、魔人であった肉塊に木人形の巨大な足が勢いよく圧し掛かった。
「キャ!?」
「紹子!」
「ちょッ!」
「加減しろ!」
「美甘さん!?」
地面が揺れるどころの騒ぎではない。
その一撃は土煙をあげるばかりか、須藤が作り上げた亀裂をさらに広げ、地割れすらおこした。
危うくなった足下から空へと退避。
魔人を踏みつけた木人形はと言えば、バランスを崩したようで横に倒れる。
その衝撃で亀裂がさらに広がり、視界が益々悪くなった。
「やりすぎちゃったよ!」
「ちょっとは考えろ!」
そんな事を言っている満と美甘もしっかりと空へと退避済み。
地割れの中心から離れた場所に、全員が降りる。
「洋子さんがやればよかったんじゃないか?」
首を軽く曲げ洋子に尋ねると、彼女は恥ずかしそうに顔を逸らした。
何故洋子がやらなかったのか?
それは木人形の操作実験と、水弾の融合実験に関係している。
以前、洋子が木人形を操作した時、彼女は上手く操れなかったためだ。
それは大きすぎたというのが一番の理由だが、ほぼ同様のサイズである水弾で作られた鏡モチなのか、雪だるまなのか分からない形状のものを美甘は苦も無く操っている。
自分と美甘。
どちらが適しているのか考えた上での選択であったが、その選択は間違いだったのかもしれない。
「まぁ、でも……」
洋子が美甘に任せた理由を知らないまま、倒れ込んだ木人形の足元を見る。
土煙が薄れたその場所に、つぶされた肉塊と赤い金属が見えてくる。
良治が安堵しかけた時、彼の剣から光が消え始めた。
気持ちの問題だろうか?
そう思いながら洋子を見ると、彼女のスティックでも同様の事が起きている。
それは良治と洋子ばかりではなく仲間達の武器でも同じ。
戸惑う良治達の耳にファンファーレのようなメロディーが聞こえてくる。
「?」
今度はなんだと困惑するばかり。
聞こえていたメロディーが止まると、聞き慣れた少年が業務連絡を始めた。
『……納得できない事があるけど19階のボスが倒されました。……まずは、おめでとう』
それは不安が完全に消えた瞬間ではあった。
だが、管理者の言に引っかかるものを感じてしまう。
気にはなるが納得できていないことは本当だろう。
耳障りな”ぴんぽんぱーん”が無いことから、それは明らかだ。
だかといって管理者を納得させる必要なぞ良治達には微塵もない。
彼等は、とりあえずは良かったと安堵するばかり。
『武器の光については、魔人討伐が成功した証だよ。報酬の方はステージの利用権と、人数制限の解除。利用権というのは闘技場を使えるという意味。そこでならペナルティー的なものもないから対戦遊びもできる。人数制限の解除というのはもちろんパーティーのこと。魔人を倒したプレイヤーであれば19階で組むことができる……あとは分かるんじゃないかな?』
魔人との戦いは終わった。
それが確定したのは嬉しくはあったが……。
(……やっぱりそうなのか?)
思うことを確かめるために洋子を見れば、良治の推測を肯定するかのように頷いている。
その後、戦闘によって破壊された闘技場が修復されると20階へと続く階段が出現。
本当に魔人との戦いは終わったようだが、以前からあった不安が彼らの中で再度湧き上がってきた瞬間でもあった。