空中戦
互いに笑みを見せあう瞬間を徹は見逃さなかった。
(何故笑った!?)
確かに良治は笑った。
そして魔人も笑った。
一瞬のやりとりであったが、徹は確かにその瞬間を見ている。
「徹! ボサっとすんな!」
「あっ……すまん!」
満からの怒声に自分を取り戻す。
良治が何を思ったのかなど、気にする時ではない。
自分に土鎧の魔法をかけ、彼もまた良治を追いかけ始めた。
飛び出た良治と魔人が空中で交差。
幾度かぶつかりあい、その度に金属音を鳴り響かせた。
駆け上がる様に空へと上っていったかと思えば、突然真横に進路が変わり、後を追う仲間達が振り回されている。
そうした動きが鈍りだしたのは魔人が風を巻き起こした時。
小さくはあるものの、鎧に守られていない部分を切り刻むのに十分なもの。
良治がバランスを崩すと、さらに黒い球が2つ作られ放たれる。
それは魔人の狙いどおり良治へと向かった。
大きく逃げたとしても、そこを狙うつもりであったが、良治は球と球の隙間に入り込み、そのまま魔人へと迫った。
「うォオオオオ――――!!!」
気合をこめ剣を振るうと、彼の気持ちに応えるかのように刀身の輝きがさらに増し交差。
(――ッ!?)
切れた。
良治の手に今度こそ切れたという感触が伝わった。
宙を蹴り再度反転。
体勢を整えてから魔人を見る。
翼を羽ばたかせ旋回しようとしているようだが、その魔人の腕にあった小手の奥から青い血が流れ落ちていた。
一撃を与えられたという確信が出来た。
良治がつい頬を緩ませたとき、須藤の大声が届く。
「何、らしくないことしてんだ! そういうのは俺の役目だろ!」
怒鳴りちらすかのような声。
口調もいつもと違い無遠慮。
しかし顔つきは全く逆。
良治の気持ちに呼応したかのような表情を須藤が見せていた。
徹が彼等の気持ちを把握――いや思い出したのはこの時になる。
(そうだったな)
ここのところ続いたイベントのせいで忘れかけていたが、これが良治達だ。
彼等は間違いなく、このゲームを楽しんでいる。
それは管理者や現実のことを抜きにしてのこと。
事情はどうあれ、せっかくの体感型ゲーム。
楽しまなくてどうする。
(……フッ。俺も同じか)
自嘲的な笑みが浮かんだのは、彼自身が同じだったという事を思いだしたから。
その気持ちは、徹の中にあった濁りのようなものを溶かしはじめた。
良治を追いかけたのは、近接組の4人。
残りの3人はと言えば地上に残っていた。
「援護がしづらいわね!」
「今は、無理しない方がいいですよ」
弓に矢をつがえ援護を行おうとしていた紹子に洋子が近づきながら言うと、諦めたように体から力をぬいた。
紹子の固有スキルが決まれば、わずかであるが敵の動きを止める事が出来るかもしれないし、それは大きな援護になるかもしれないが、状況的に難しい。
魔人を囲むように近接組の5人が常に動いていて、下手をすれば味方に当たってしまう状況になっている。
「洋子さん、良い手はない?」
「待つしかないです。たぶん指示が来ると思いますけど……係長の声は?」
「もちろん聞こえるようにはしているけど……」
何かをしたいという気持ちが紹子の表情から伝わってくるが、それは洋子も同じ。だから彼女は指示を待ちながら、魔人のことを観察していた。
(係長との戦いを望んでいたように見えたけど、どうして?)
まるで感情があるかのようだと、洋子には見えた。
前回の戦いで言葉を発していたからというのもあるだろう。
言葉による会話。それが成立しそうな敵。
……思い出したくない敵の姿が、頭の中に浮かんでくる。
(吸血鬼と一緒? 特殊な条件でヘイト値をあげられる?)
攻略方法を導き出そうと悩んでいると、美甘が話しかけてきた。
「係長と須藤さんの武器が……アレってなんです?」
「えっ?」
それは地上からでもしっかりと見えている。
良治の武器の光が増したのは知っていたが、同じような現象が須藤の槍でも起きていた。
さらに……
「徹のも……何が起きているの?」
彼女達に見えているのは武器に付与された魂属性の光なのだが、美甘の短剣や、洋子のスティック。そして紹子の弓とも輝きの強さが違う。こんな話は誰も聞かされていなかった。
「洋子さん、分かります?」
「……いえ……ですけど魔人の様子がおかしいですね」
それまで良治だけを狙っていた魔人が須藤や徹をも狙い始めている。
同じく参戦している満や香織はほとんど相手にされていない。
その光景を見た洋子の中で攻略情報のようなものが浮かびあがり、独り言のように呟きだした。
「魔人の注意が向くのは、武器の光が強くなった相手だけ? あれを上手く利用できれば……でも、どうしてあんな反応が? ……それにダメージを与えられたのも係長の……ッ!?」
さらに自分の考えを口走りそうになった瞬間、魔人の蹴りが良治の腹に決まる。そのまま地上に向かって蹴り飛ばされてしまい、洋子達が走り出した。
魔人は良治に追撃を仕掛けようとしたが、徹と須藤が食い止めにはいる。
蹴り飛ばされた良治は、そのまま墜落し地面と衝突。
鎧の金属音を鳴らしながら激しく転がった。
意識はあるようで腕を突き立て身を起こそうとしたようだが、上手く力が入っていない。
立ち上がりかけた彼の体がすぐに崩れた時、洋子達が駆け付けた。
すぐに回復魔法(大)をかけられると良治の意識がハッキリとする。
洋子に一言礼を残し空へと戻ろうとしかけたが、彼の腕が掴まれた。
「どうした?」
「少し聞いてください」
「?」
何の事だろうと思う良治に、洋子は自分が思った事を一気に話し始める。
聞いた良治はすぐに理解し、さっそくスキルを使い仲間達に知らせた。
光が増した理由について良治が思うこと。
それは高揚感だ。
魔人と空中戦を始める前、良治は心の底から湧きあがるものを感じている。
自重しようとしても抑えることができず、つい顔に出てしまっていた素直な気持ち。
彼の考えを聞いた各自が、それぞれの反応を見せる事になった。
――久遠 香織の場合。
香織は納得し微笑すら浮かべている。
(そういうことね。じゃあ、私もブレーキを外せば……)
彼女なりに言い換えれば、良治が言っているソレは純粋な闘志。
昔は身近にあったものであり、ここに連れて来られるまで忘れかけていた心。
香織も一皮むけば良治達と同じだ。
しかし、そうした心は時折危うい状況を生み出す。
それを知っていたからこそ、良治と出会った当初、彼を警戒した。
何より香織が嫌だったのは、習得した技が雑になること。
高ぶった心のままに振るう技は荒々しくなる。
常に冷静であろう。
それが彼女の心情だった。
そうした考えのせいで、彼女のことを良く知る人物は少ない。
他者との間に壁のようなものを作ってしまいがちなため、何を考えているのか分からないという印象を与えてしまう。
彼女に惹かれ寄ってきた男たちが、すぐに諦め離れていく理由もそこにあった。
だが、今はいらない。
その方が良いというのであれば、父の手をとり中国に渡っていた頃の自分に戻ろう。
彼女のそうした気持ちが、ヌンチャクの光を輝かせた。
――遠藤 満の場合。
(そういうのはちょっとな……)
香織と同じく満も納得はした。
しかし彼の場合、納得はできても、そうした心境になるには難しい。
気持ちが理解できないわけではない。
徹が戦闘中に何度も微笑む姿を見て来てもいるし、彼とて同じような気持ちをもつことはある。
だが、今ここで、そうした気持ちを持てと言われても満にはできなかった。
仲間達には暴走しがちというイメージが定着してしまっているが、それは彼自身が望んだ時のみ。やれと言われて素直に出来るような性格ではない。
……だからといって何も出来ないわけではないが。
(それなら、それでやりようはあるって)
出来ないなら、出来る事をすればいいだけ。
一人で戦っているわけではないのだから、誰しもが同じことをする必要はない。
それが満の出した答えであった。
――須藤 敏夫の場合。
(あれだろ? もっとテンションをあげろってことだろ?……つか、ヘイトとダメージ両方に関係しているってことじゃねぇの? ……ほんとクソ仕様だな!)
須藤なりに、良治が言いたいことを理解する。
このゲームはダメージヘイト制が採用されているのだし、今更の話のようにも思えるが少し異なっていた。
理由は、ダメージを与えずとも敵の注意が向くところ。
心を高ぶらせた時点で自分の方に注意が向くのだから、攻撃を当てづらくなる。
そもそも自分だけではない。
仲間達がいるのだから、そちらにも反応するはず。
つまり、ランダムヘイト状態に近しくなる。
いっそ気持ちの持続に集中し、自分が囮になった方が?
そう考えた須藤の目に、徹がもつ大剣の光が強く輝きだしたのが見えた。
(なんであいつが? お前、そういうやつだったか?)
彼の目にうつった輝きは、良治が一撃を入れた時の輝きと酷似している。
澄ました表情をしている徹に『お前どうやったんだよ!』と言いたくもなった。
しかも衰える様子がない。
ぐちゃぐちゃと色々考えた自分が馬鹿みたいだ。
須藤は考える事を止め、いつもどおり本能に任せることにした。
――峯田 徹の場合。
(なるほど。こういう理屈か)
良治の声を耳にした徹は、以前から考えていたことを試す事にした。
徹は、自分が習得した固有スキルについて誰にも話していないことがある。
それは、スキル名について。
習得したとき彼が驚いた理由は、その名前が厨2病っぽいからではない。
仲間達はそう思い、紹子はそうした出来事として良治に伝えているが実は違っていた。
徹が驚いた理由。
それは、アルティメット・チェンジという名前は、彼自身が編み出したものだから。
(まさか、あの名を再度口にするとは思いもしなかった……)
以前彼はとあるオンラインゲームをしていたことがあった。
そこで盾職をやっていたわけだが、この盾職だけを集めてのボス討伐ツアーを定期的に行っていた経験がある。
それは効率云々を除いたお祭り騒ぎ。
盾職であるのに盾を装備せずボスと戦う祭り。
この時ばかりは、大剣を持って火力職になっても文句はでない。
それは彼だけではない。参加した盾職の多くが同じ。
中には防具すら外しているプレイヤーすらいたが、どんな装備でいようが自由である。
(……フッ)
鼻で笑う。
空を走りながら、徹が笑う。
楽しかった思い出を頭に浮かべるほど、魔人の攻撃が彼に集中しだす。
それは予想どおり。
魔人の攻撃を捌きながら、自分の考えが正しい事を確信した。
アルティメット・チェンジ。
これは盾職としての役目から自分自身を解放するため、徹が内心で使う合言葉のようなもの。真面目すぎた彼は、自分自身を解放するために儀式的なものを必要とした。
何も固有スキルを使わなくてもいい。
心を高ぶらせるだけならば、あの時のことを思い出せばいいだけだ。
紹子すら欺き、管理者をおびき出そうとした時のように、今また自分を騙そう。
(そうだ、もっとこい! 俺に集中しろ!)
心のブレーキを次々と外していく。
その度に、魔人の攻撃頻度が上がってくる。
それで良かった。
注意を惹きつければ、後方への注意がおろそかになり攻撃がしやすくなるだろうし、そこを須藤達が狙えば良い。
自分と同じく、心を高ぶらせた彼等の攻撃が、魔人に傷をつけてくれるはず。
おそらく、魔人の体を覆う青い光は一種の障壁。
種別を選ばず攻撃を緩和。あるいは無効化するものだろう。
そして魔人を倒すには魂属性の武器が必要。
その属性名で考えるべきだったのかもしれない。
魔人攻略に必要なのは武器だけではなく、それを振るう自分の魂だったのだと。
(元盾職の意地にかけて、全て捌いて見せる!)
持っているのは大剣だが、気持ちだけはあの頃にもどしていく。
その度に彼がもっていた大剣が光を増し徹の体を包み込んでいった。
そして感じ始める。
それは、今の自分ならば何でもできるという全能感。
固有スキルを使っていないはずなのに、彼の五感と身体能力が急上昇していった。