高まる力
魔人エランに対し、一方的な攻撃を続ける。
洋子と美甘によって、5発目のパワー型融合火球が飛んでいった時、少年は諦めきったような溜息をついた。
「……いい加減にしてほしいな」
「闘技場が酷い有様になっています」
すでに魔人エランが隠れていた通路は丸裸状態。
上にある観客席は、見るも無残な状態だ。
周囲には火の粉が飛び散り、粉塵が大気を舞っている。
「攻撃が止んだようですが……」
「視界の問題かな? でも、すぐにまた同じことを始めそう」
少年が言う通り新たな火球は作られている。
しかし闘技場内の視界が晴れてきても、その火球が動く様子をみせない。
魔人の体がすでにバラバラとなっているから?
勝利を確信し、手を止めたのだろうか?
(……いや、そんなわけがないか)
少年が思うとおり、良治達は別の意味で手を止めている。
前回の戦いでも近しい状況は作り出せたのだから、これで勝ったなどとは思っていなかった。
「警戒しているようですが、これは今までの経験からでしょうか?」
「そうだろうね。ほんとよくもまぁ……っと」
スクリーンの映像が急に切り替わった。
それは17階へと進み始めた新たなPTの映像。
まだ誰も進んでいなかったグループであった為、業務連絡をしなければならない。
(通知設定を自動化するんじゃなかった……)
不満を内心でのみ呟き立ち上がると、いつもの調子で業務連絡を始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
予想通りだ。
良治は自分の目の前で起きている出来事に、そう判断した。
バラバラとなった肉片は消滅したが、一番大きな塊が残っている。
その肉片が妙な動きを始めると、地面に落ちていた大剣が勝手に近付き始めていた。
「どうします?」
「やってみてくれ」
「わかりました!」
洋子に即答すると、頭上にあった6発目の火球が動きだす。
動き始めた肉塊に着弾すると、再度の爆風が吹き荒れ、静まりかけていた粉塵が再度舞ったが……肉片の動きが止まらない。
「係長。躊躇しないわね……」
「当然だろ。紹子も感じないか? 気配が強まっている」
「……それは分かるけど」
そんな話をしつつも、紹子と徹の目が火柱から離れない。
まだ戦闘が終わっていない事は知っている。
それは徹達ばかりではなく、満と美甘も同じであった。
「おいおい……」
「満君、怖い? ふるえてるよ?」
「これは……武者震いってやつだよ」
「無理しなくてもいいのに」
「……うっせぇ」
自分の気持ちを隠すように満がそっぽを向くと、その手を美甘が掴んだ。
震えていたのは満ばかりではなく、美甘も同じだ。
彼女の気持ちが伝わると、満の中で湧き出しかけていた何かが薄まっていく。
そんな光景を近くで見ていた須藤は、フっと微笑を浮かべてみせる。
「気を緩ませない」
「わかってるっす。……それより香織さん。気付いたっすか?」
「なにを?」
「いまの一発。ダメージが入ってないっすよ」
「……そのこと」
知っている。
そう言わんばかりの返事に、須藤は両肩をすくめてみせた。
須藤が言う通り、ダメージは入っていない。
それが分かるのも、魔人の体が出来上がりつつあるから。
以前のまま……。
いや、それよりも大きい。
頭からでた角も伸び、背中から蝙蝠のような翼も生えた。
近付いた大剣を握り締めはしたが、その剣も妙な動きをしている。
上がっていた火柱の勢いも急速に収まり始めており、すでに元の半分ほどの勢いしかない。新たな火球が投下されたというのに、この反応は不自然すぎる。
属性の問題だろうか?
そう思った洋子は美甘と一緒にパワー型の融合風牙を作り始めた。
「魔力は平気か?」
「ええ、しっかり補給していますから」
上空にあるのは出来上がったばかりの鋼の刃。
それを見つめながら返事をすると、再度スティックを動かす。
青い炎の中にいる魔人の首に、刃が届くかどうかといったところで――
魔人の手が動いた。
「あっ」
良治がポロっと声をこぼしたのは、風牙の魔法が手づかみで掴まれ、そのまま握りつぶされたからだ。
「……係長」
「あれを強引に砕くかぁ……まぁ、でも、これだけで終わるとは思っていなかっただろ?」
「そうですけど……」
悔しそうに表情を歪ませる洋子に、良治は苦笑しながら返した。
最初から洋子と美甘の魔法攻撃だけで戦闘が終わるとは思っていない。
それで済むのなら、満に固有スキルについて言う必要はなかった。
サイクロプスがそうであったように。
ドラゴンでもあったように。
次の段階がある。
それは予想していたこと。
「気にするな。何とかなりそうな相手だ」
「ですね」
軽い口調で2人がそんな会話をしているが、近くで聞いていた徹にとって予想外であった。
(何も感じていない訳が無いと思うが、どうしてそんなに落ち着いていられる?)
徹としては、今すぐにでも攻撃がしたいほどだ。
それをしないのは良治が何も言わないからではなく、攻撃が通じるのかどうか怪しんでいるから。
少なくとも良治や洋子のように余裕をもった発言はできない。
この状況で冗談を口にする2人でもないだろうし、何かしらの勝算があるのだろうか?
徹がそうした考えをした時、魔人の変化が終わる。
手にしていた大剣は消えているが、代わりに鎧を身に着けていた。
体のサイズは4、5mほど。
上がっていた火柱はまだ残っているが、もうじき消え去るだろう。
一歩。
魔人が悠然と足をすすませ、火柱から出てくる。
青かった肌が黒一色に変化。
その身を包む鎧は、血のような赤色。
消えた大剣が変化したのだろうか?
そんな魔人の体が、青く細い光で覆われている。
まるで輪郭をハッキリとさせているかのようなその光は、どことなく良治達がもつ武器の光に似ていた。
良治が魔人を観察していると、その魔人の白眼が彼に向けられる。
『……』
「……」
無言で2人が睨み合う。
魔人の後ろで燃えていた炎が静まると、一切の音が消え――
睨み合っていた2人が空へと飛びだした。
洋子の目に、光が飛び込んだのはその時のこと。
それは良治が持つ剣の輝きだ。
誰も知らない間に、剣から発せられていた青い光が強く輝き始めていた。