やられたことは、やり返します
翌日の64日目の朝。
隠し部屋の中で仲間達と合流。
アランダの姿はなく、消えたままのようだ。
すぐに徹達とも合流し、彼等が何を購入したのか確認した。
徹と満は、良治や須藤と同じく鎧を選んだらしいが、今までと違う感触に少し戸惑っている。
紹子は、香織と同じく胸当てと膝当てのみを身に着けていた。
彼女も香織と同様、身の軽さを重視したのだろう。
美甘は、洋子と同じく賢者のローブ姿。
全く同じ装備のはずだが、並んでみると少し違うように見えてしまう。
2人がもつ個性的な部分の表れだろう。
それぞれの状態を確認した彼等は宿の一階で腰を落ち着けた。
今後どうするかについて相談しあうと、その結果を掲示板で報告しはじめる。
まずメダルの取り扱いについて。
これは魔人を討伐出来るまで保留とした。
イベントが本当に終わったかどうか分かっていないのが理由だ。
渡す数は5個であるため、残りの3個があれば良いように思えるが念のためらしい。
次に、アランダの待ち伏せについて。
まだ防具や鍵を入手していないプレイヤー達が大勢いるため、また同じようなことをやってほしいという要望がでたが流石に却下した。
魔人の討伐を優先したいというのもあるが、いくら何でも時間がとられすぎる。
最後に魔人との戦いについてだが、これは本日行うと伝えた。
前回の戦いで得られた情報を元に、良治達なりに考えた戦い方に変更してのことだ。
この報告時、剣術士達の方はどうするのかと尋ねてみると、彼等は17階にもどって未探索地域を歩いて回るらしい。まだ、竜の尻尾を取得していないという理由もあるが、17階にまだ何か残っているかもしれないという可能性があるため。
伝え終わった良治達は魔人討伐の準備にとりかかる。
予備の武器はもちろん用意し、作戦についても取り決めをする。
新しい防具を体になじませるために、多少の運動も行った。
そうした諸々のことを午前の間に済ませた彼等は、昼の休憩を終えたあと魔人討伐へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
屋敷の中へと入り、その奥から19階へと進んでいく彼等を見ている者が2人。
この状況を作りだした張本人である少年と、その隣にたつ青年だ。
「……ふーん。また挑むんだ」
「準備不足ではないでしょうか?」
「まぁ、そうかもね」
ニヘラと口元を緩ませるが、その目は笑っていない。
機嫌がいいとも思えるし、不満があるようにも見えてしまう複雑な顔つき。
「ん? 僕の顔がどうかした?」
「何か不満があるように見えましたので……」
「そう見えた?」
「はい。私共でどうにかなるような事でしょうか?」
青年の表情がわずかに近づく。
命令があれば、すぐにでも動きだすといった青年の態度に少年は軽く手をふって返した。
「良いのですか?」
「うん。……これは僕個人の問題だし……っと、そんな事を言っている場合じゃないよ」
討伐条件を知った良治達が魔人とどんな戦い方をするのか気になる。
余計なお喋りを止め、19階へと入りかけている彼らの姿を見れば……
「……えっ?」
「アレは火球の魔法では? 何故あれだけが?」
2人が見たもの。
それは闘技場内へと入る前に、パワー型の融合火球が放たれた瞬間であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
闘技場へと出る前に、洋子と美甘の手によって様々な準備がされた。
防御系魔法の手順は前回と同じだが、今回は氷狼やキング・キャットの姿はない。
その代わりに用意されたのが魔法職同士によるパワー型融合火球であり、魔人がいるはずの場所へと向かい放たれている。
「どうだ?」
「駄目ですね。あの鉄格子にぶつかる瞬間、消滅しました。私達が入場しないと無効化されるようです」
「なら次だ。2人とももう一度頼むよ」
「はい」
「わかりました!」
洋子と美甘に向かい言ったあと仲間達を見る。
それぞれが緊張した面持ちで、淡く青い光を灯した武器を手にしていた。
彼等がやろうとしているのは、魔法職同士のパワー型融合火球による奇襲攻撃。
戦闘中に大きな一発を決めるのは、中々に難しい。
とくに敵が素早く動くのでは、その動きを止める必要がある。
須藤が前回の戦いでラージ・ランスを使わなかった理由も、そこにあった。
それなら戦闘が始まる前に使ってみたら良いんじゃないか?
前回の戦闘時、魔人は鉄格子の奥から攻撃をしてきたのだ。
敵がやるのだから、自分達がやってもいいだろう。
ルール違反だとか言いに管理者が直接出てきたら、むしろ好都合。
そんな気持ちで決まったのが本作戦である。
そこで自分達が入場する前に一発使ってみたが、鉄格子すら破壊できずに魔法そのものが消滅。これがもし有効であればと思うが、そう上手くはいかないらしい。
――だからといって諦めたわけではないが。
「準備ができましたよ」
「分かった。じゃあ、みんな……って、遠藤君。分かっていると思うが……」
「固有スキルのことなら分かったよ。使わないようにしておく」
満に注意を促したのは、彼が前回の戦いで『無常之闇』とかいうものによって戦闘不能状態にされたから。
何故彼だけに使われたのか?
その理由について改めて相談してみたところ、固有スキルによる無敵状態が問題だったのではないか? という話が出た。
これは須藤が思い出した事が切っ掛けとなる。
とあるゲームに登場する敵ボスに対し物理攻撃を完全回避できるスキルを使用すると、一撃で戦闘フィールドから除外されるという事があったらしい。
それまで有効であったスキルが、逆に状況悪化に繋がるというパターンであり、これに近しい事例がいくつかあるようだ。
今まで、これで勝つことが出来たし今回も勝てるだろ。
そう思わせてからピンチに追い込むやり方らしいのだが、無論、この推測が正しいのかどうかは確認できていない。良治達にとってみれば、お試しのようなもの。
「よし! いくぞ!」
掛け声をかけ、良治が階段を上がり闘技場に出る。
すぐに仲間達が続き、即座に宝箱を出し始めた。
その宝箱を良治達は体で支えるが、洋子や美甘。それに紹子などは、リング・シールドで支えている。
「大丈夫そうだな」
力で押さえつけるよりも、この方が衝撃を緩和しやすいだろうと考えてのこと。
盾だけではバランスが悪いため、地面部分には足をのせているようだ。
この2人と同じように、各自が2人1組で重なり固まるように宝箱を用意している。
作戦に宝箱を使うのは、火球の攻撃による被害を絶対に出さないため。
距離的な余裕はあるが、それでも油断は出来ない。
謎の扉を使用しないのは、巨大すぎて木人形の魔法が必要となるから。
それなら美甘に使わせればと思うが、そうもいかない事情がある。
ミミックと宝箱の関係性については気にしていない。
デバフさえ使えば簡単に倒せるのが分かった現在、遠慮する必要がなくなっている。ドラゴン討伐に宝箱が使われ始めているのも同じ理由からだろう。
彼らの準備が終わった頃、鉄格子が上がり始め――。
「いま!」
洋子がクイっとスティックを動かすと、操っていた火球が鉄格子の中へと入っていき、見えていた人影に着弾。同時に爆音が轟く。
通路の入り口から爆風が噴き出るだけではなく、上にあった観客席すら一瞬で破壊し火柱が空へと上った。
奇襲攻撃を成功させることができた。
距離的な余裕もあったのだから、宝箱もわずかに震えるだけ。
しっかりとダメージも入ったようで、魔人らしき影が地面に横たわっている。
胸を撫で下ろしたいところだが……まだ作戦は終わってはいない。
『誰が一発で終わらせると言った?』
そう言わんばかりに、美甘と洋子の手によって2発目が上空に作られていた。
魔石の余裕が出来た今となっては、大きな魔法や固有スキルの使用に悩む必要はない。
まるでこうするのが正当な攻略方法だと言わんばかりに、2発目のパワー型融合火球が通路の中へと入っていき、再度の爆音が鳴り響く。
「うひょ!」
「満君、ちゃんと宝箱ささえてよ!」
「大丈夫だって。それより3発目の準備をしろよ」
「私の方は終わったよ。あとは洋子さん待ち。ほら」
その手に魔石を握り締め、美甘が顔を上げて言う。
満は、呆けたように口を中開した。
洋子が火球を操っている間に、美甘はパワースキルを使用できる。
そのため美甘の火球の方が先に出来上がるのだ。
着弾を成功させた洋子が少し遅れてからパワー型火球を作りあげ、それを美甘の火球と融合させることで更なる上位火球が出来上がるという流れとなっている。
そうして出来た3発目が、魔人に向けて動き出しはじめた。