待ち伏せ
2階に赴いた良治が謎の扉の前にたつと、重そうな音をたてながら横へとスライドし開いていった。
扉の先に見えたのは、火の気がない鍛冶場。
左奥の壁際に炉があり、すぐ傍に金床もあった。
古びた鉄製テーブルの上に仕事で使うような小道具類が幾つかあり、金槌もそこに置いているようだ。
大きなハンマーの類は右奥に立てかけてられており、その近くに棚ケースが一つあるのだが、置かれている品々が失敗作なのか商品なのか判断がしづらい。
「……いない……か」
部屋の中を見渡した良治が落胆したような声を漏らす。
誰もいない事を確認した彼はスレッドスキルを発動し、現状報告をしてから部屋の中へと進んだ。
あとはアランダが出現するか、あるいは仲間達の報せが入るのを待つのみ。
それまでの時間をつぶすため、彼は部屋の中に置かれているものを手にしはじめた。
……
……
待つこと5時間。
部屋の中を物色したあと剣の素振りを行っていたが、それも飽きたとき。
14階で待っていた徹達の所にアランダが現れたという報告が書き込まれた。
(出たか! よし。須藤君たちと合流して俺達も……問題は、俺達の迷宮にもいるかどうかだが……まぁ、駄目だったとしても峯田さん達のところにいる誰かと交代してもらえば……おっ?)
さっそく須藤達に声をかけてみようとしたが、その前に徹達の方で判明したことが報告され始めた。
雑談スレ part 93
51 名前 大剣術士
・イベント組のみの特典。
持っている武器を“魂属性”に変更することが可能。
魔人を倒すには、この属性が必須だったらしい。
物理と魔法。どちらで攻撃するにしても同じだという話だ。
代価として5個の魔石が必要だが、魔人を討伐するまで効果が続くらしいぞ。
デメリット的なものとして他属性の付与が出来なくなる。
念のためにスペアを用意しておいたほうがいいだろう。
俺の武器で試したところ、淡く青い光を発し始めている。
・イベント未経験者でも可能な特典。
ミスリルの鎧。
ミスリルの胸当て。
賢者のローブ。
黄金の鍵。
防具関係は、それぞれ20万ギニーで購入可能。
黄金の鍵は1万ギニーらしいが、これは消耗品のようだ。
試しに購入して鑑定してみると、50%の確率で宝箱の罠を解除してくれるらしい。
「鎧!?」
鎧。欲しい。
胸当てや膝当てではなく鎧。
初めてだ。
土鎧に守られてはきたが、強い攻撃を受けると1、2発で消されている状況。
今の防具は心もとないし、是非とも欲しい。
良治のそうした気持ちは徹達も同じ。
すでに自分達の分は購入ずみのようだが、良治達の分までは金が回らないようだ。
参加メンバー以外も掲示板で『買い終わったら交代してぇええ!!』『宝箱売ってくるから、混ぜて!』『鍵だ! 鍵がきたぞ!』などという声が上がる中、良治はギニー硬貨を取り出し数え始めた。
(た、足りる!)
金銭的な問題はない。
確認した良治はすぐさま洋子にPTを組んでもらい、彼女の迷宮内転移を使って14階の隠し部屋付近へと飛んだ。
そのころ掲示板では……。
『大剣術士が青く光る武器を振るう……あっ。はい』
『そういうエフェクトって厨2病的な心を刺激するよね』
『宇宙を戦場にするあの映画みたいな?』
『ゲームでもあったよね。何匹かボス倒さないと入手できない、アレとか』
『いやいや、強化するほど光だすアレだろ?』
『やめろ! 強化しすぎて武器が壊れた俺が泣く!』
『えっ? 壊れるの? おれがやったゲームだと、初期状態にもどるんだけど?』
『武器が壊れるゲームなら俺も知っているぞ。それで破産して引退したやつがいたなぁ……』
そんな話がされていたが、良治は知らずにいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
仲間達と合流し訪れてみると、その場にアランダがいた。
面倒な事にはならずに済んだと、ホッと胸をなでおろす。
アランダというNPCを一言で言えば、筋肉質の爺さんだ。
フサフサな白髪頭をし、髭も立派に蓄えている。
シワが深く頑固そうな顔をしており、他のNPC達と比べ人間味にあふれた外見をしていた。
その爺さんに武器の属性変更をしてもらい、そのあと防具の購入を行った。
『大事に使え』
「は、はい」
野太い声で、ミスリルの鎧一式を渡された良治の傍には、須藤や香織、それに洋子がいる。
須藤はミスリルの鎧を。
香織はミスリルの胸当てを。
そして洋子は賢者のローブを身に着け立っていた。
須藤が着ている鎧は、脛当てがないタイプの鎧。
軽鎧に近しい鎧といったようなもので、肩はパッド形状。
膝当ては従来どおりだが、腰当てや小手もついている。
装飾に凝ったようなものではないが、銀にも似た光沢が少し目立ちそうだ。
問題なのは足や腕を上げる時に多少の抵抗を感じること。
それが理由で香織は胸当てを選んだらしい。
その香織は、従来どおりの形状をしたミスリルの胸当てと膝当てのみ。
見事な胸を覆い隠す胸当ては、柔らかい銀光を放ち、その下に着ているチャイナドレスの赤と妙に合う。
須藤が褒め言葉を並べだしたが、香織は一言で受け流していた。
洋子が身に着けた賢者のローブについて言えば、今までのものとガラリと変わっていた。
薄緑を基調色とした服の上に、肩と胸を隠すような白く小さなケープ。
下は、膝を隠すか隠さないかと言った長さの、ドレスのようなスカート。
今までは私服の上から魔導士のローブを羽織っていたが、今回ばかりは無理だと判断し、休憩所で着替えたようだ。
分からないのは、なぜ鍛冶師が衣服を?
しかも、筋肉質の爺さんが?
そんな疑問があるが、良治は『だって管理者だぞ』という言葉を思い出した。
妙な所で手を抜く癖のようなものが管理者から感じるため、そうした部分が今回も出てきたのではないだろうかと良治は思うことにした。
「須藤君、これどうやって着るんだ?」
鎧を購入したはいいが着用方法が少し分からない。
須藤の方ではすでに身に着けていたため、彼に聞きながら良治も身に着けていく。最後に腰当ての金具をパチンと嵌めた時、彼は会心の笑みすら浮かべた。
「……よし」
装着が終わると、今度は小手の具合を確かめ始める。
そんな良治を洋子が呆けたような表情で見ていると、彼女の背後に仕方がなさそうに苦笑しながら香織が立った。
二人の様子に須藤が気付くと、香織が唇に一本の指を当てる。
黙っているようにという意味なのだろう。
彼女が思うとおり見て見ぬふりを決め込んだ時、良治がアランダに向かって礼を口にした。
「助かりました。武器の方もありがとうございます」
『……』
アランダは反応しない。
城にいるNPC達と同じような存在なのだろうと良治が思いつつ振り返る。
そこで洋子が向けている視線に気が付いた。
「よう……こ、さん?」
「……あっ! はい――ふぇ!?」
洋子が正気に戻ったと同時に、両肩を叩かれる。
背後にいた香織の仕業だ。
その香織の笑みが全てを物語っている事に気付き、洋子の顔が面白いぐらいの勢いで真っ赤に染まっていった。
「何を想像していたの?」
「し、しりません!」
知らない訳が無いのだが、それでも知らないと言い張る洋子が可愛らしく、香織の笑みが止まらない。二人のやり取りを見て良治が苦笑していると須藤が話しかけた。
「鍵はどうするっすか?」
「あー…一応、幾つか買っておきたいが、もう金が無い」
「俺も同じっす。宝箱でも取りに行くっすか?」
「無理に買っておく必要もないが……」
そういいつつスレッドを発動。
そのまま、徹達に向かって書き込みを始めた。
この時分かったが、徹達の方では金銭的な余裕が少しはあったらしい。
良治達の防具までは購入できないが、数本の鍵ぐらいは大丈夫だったようだ。
その後メダルの件についてどうするか考えようとしたが、すでに強制退社の時間が迫っている。
そろそろ今日も終わりかと思った時、部屋の中にいたアランダの姿が唐突に消えた。
出現していられる時間は2時間ほど――なのだろうか?
不確かではあるが、この情報も掲示板へと書き込んでから彼等は自宅へと帰される。
これで魔人に勝てるのではないか?
そう思う良治は軽い足取りで近くにある馴染みの定食屋に向かうのであった。