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トリス

 青い法被姿の男がいる。

 鼻の下にチョビ髭を生やし、スマイルを絶やす事が無い男性型NPCトリスのことだが、その彼が差し出されたばかりのカードを見るなり顔色を変えた。


『お、お師匠様の知り合いなら最初からそう言って下さらないと困ります! わかりました。このトリス。真っ当な(あきな)いをしているという証を見せましょう!』


 トリスが若干怯えたような態度で言い切ると、彼の前にあるカウンターに幾つかの品々が並んだ。


「魔石だ!?」

「羊皮紙もありますよ!」

「……なんすかこれ? メダル?」

『本来であればガチャを規定数以上回してくださった方々のみの特別商品なのですが、お師匠様の知り合いとなれば話は別。魔石は1個千ギニー。羊皮紙は各国の地図でして、これも一枚千ギニーです。こちらのメダルは、わが友アランダが所有している鍛冶場に入るための魔道具であり、これについては無料。ですが1つだけの特別奉仕品とお考え下さい。どうかその辺りも、お師匠様によろしく伝え下されば……』


 話を聞いた良治達は、その値段の安さに唖然としてしまった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『なんだその安さは!?』

『トリスの野郎、手のひら返しやがった!』

『魔石を買い占めたい……』

『迷宮の地図とか今になってかよ! ふざけやがって!』

『ガチャを回しまくろうにも、停止しやがったくせに何言ってんだ!!』

『真っ当な商売ってなんだっけ?』


 それぞれの商品説明を報告を行ったところ、こんな書き込みが始まり、良治は何度も頷いていた。


 魔石については従来どおり。1/3ほどの魔力回復が出来る代物。

 各国の地図というのは各階の地図のことだが、そこには隠し部屋についても記載があった。捜索活動をしていた人々にとってみれば、自分達の苦労を水の泡にされたような気持ちにすらなっただろう。


 最後にトリスのメダルについてだが、これを鑑定してみたところ、このような結果となった。



 ―――――――――――


 ・トリスのメダル


 ネルダート随一の鍛冶師であるアランダは、各地を放浪している。

 だから、もし彼に会いたいというのなら、このメダルを使って彼の鍛冶場で待ち伏せするしかない。根気よく待っていれば、いつかは会えるだろうし頑張ってね!


 ―――――――――――



「……なんだかなぁ」


 ようやく先に進めたと思いきや、今度はどこかの隠し部屋で待てという。

 しかも、いつどこの隠し部屋に現れるのか分からないらしい。

 この階にきてからというもの、タライ回しをされているような状況が続いていて、それが良治の気持ちを苛立たたせている。


(これだったんだろうか?)


 18階にくるまえ良治は今までにない以上の不安を覚えた。

 それは、今感じている苦痛を予感したから?

 NPCや管理者との遭遇も嫌なものだったし、アレなのだろうか?

 もしかしたら、そうした諸々のことを予感していた?


(……ないな。きっとアレが原因なんだろ)


 そこまで自分の勘が良いとは思わない良治は、18階へと上がる前にみた絵画の下にあった文面を思い出した。『ゆっくり休んでね』などと書かれていたが、アレが切っ掛けだったのだろう。

 彼が、そうしたことを考えていると、洋子が疲れたような声をだした。


「……あとのことは明日からにしませんか?」

「時間も時間だしな。家に帰ってから少し考えてみるよ」

「はい。私もそうしてみます」


 そんな事を言う彼女も、良治と同じような気持ちなのかもしれない。

 二人だけではなく仲間達も似たような思いなのだろう。

 彼等は全員、ストレスを感じたまま強制退社となった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 自宅に帰った良治が、さっそくビール缶に手を付ける。

 外食する気にもなれなく残っていたオデンで夕飯を済まそうとしていると、洋子から電話がかかってきて彼女と相談を始めた。


「君が前に話していたやつに似ていないか?」

『クエストの話ですか?』

「あぁ」

『……たぶん、同種のタイプだと思いますが、やってみないと分かりませんね』


 気乗りしない口調と声が、スマホの受話口から聞こえてくる。

 洋子にとってみれば悪い印象しか残っていないクエストを、もう一度やる羽目になったような気分なのだろう。


(俺が元気をなくしていたら駄目だな)


 彼女の声を聞いているうちに愚痴を聞かせるべきではないと考えた良治は、気持ちを切り替え話し始めた。


「洋子さんがやったクエストの場合どうしたんだ?」

『あの時はクエスト専用の掲示板が作られていて、それを利用したんですよ。誰々がどこを中心にいつまで見て回るのかという感じで情報を共有しあって、それでなんとかクリアしました。……あとは……』


 さらに話を聞いてみるとそのゲームというのは、とあるネットゲームの一つであった。彼女が言う掲示板というのは、ゲームの公式サイトに用意されていた掲示板のことであり、それを利用した形になる。

 アップデートで追加されたばかりのクエストでありメンテ地獄にも負けずにクリアしたのだが、そこまで良治には言わなかった。


(掲示板か……みんなに協力してもらうのは……いや、無理か。あのメダルは1個だけの限定……ん?)


 確認していなかった事があるのを思い出す。

 トリスのメダルは1個だけの無料配布らしいが、トリスは良治の休憩所にもいる。


『良治さん?』

「……」

『りょーじさぁーん』

「……あっ」


 久しぶりにやってしまったと良治が苦笑。

 洋子と話しているのに、一人で悩み考え込んでいた。


『またですか?』

「悪い。でも良い事を思いついたよ。純白のカードを俺のところにいるトリスに見せてみようと思う」

『あっ、良治さんも考えました?』

「洋子さんもか?」

『はい。たぶん大丈夫だと思うんですよね』

「よし。じゃあ、明日はまずそれを試して、その後は……」


 そこまで話した時にふと思う。

 自分達だけではなく、他のプレイヤー達の場合はどうなるのだろう?

 例えば剣術士にカードを貸した場合は?

 それでトリスからメダルがもらえるのであれば、自分達が経験したようなタライ廻しイベントは起きないのではないか?

 それが駄目だとしても、メダルさえあればアランダと会えるかもしれないだろうし、その場合はどうなる?


「……洋子さん。ちょっと聞いてくれ」

『はい?』


 湧き出た疑問を解消するため、その後も洋子と話し合う。

 二人が相談し決めた事は、翌日の迷宮で伝えられることになった。


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◆現在この作品の書籍版が発売中となっています
web版とは【異なる部分】が幾つかあるので、是非手に取って読んでみて欲しいです。
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