説得力がある言葉
昼寝から目を覚ました良治が掲示板の内容を知る。
だが彼は、ソレを見るなり無言で閉じた。
何もなかった。
そう言いたげな顔をしながら宿の個人部屋から出ると、仲間達が複雑な表情を浮かべながら立っていた。香織の傍で須藤が小声で何かを話しているようだが、きっといつもの事情説明だろう。
(香織さんは、知らないんだろうな)
良治が思うのは、掲示板で話されていた事ではない。
須藤と香織の父親が会う事についてだが、彼女がもし知っているなら普段通りというのは考えづらいだろう。気にはなるが、敢えてそこに踏み込んでいく気にもなれなく、仲間達とこれからについて相談をはじめた。
「また城に戻ってみますか?」
午前中見て回ったのは街の方だが、何も発見できていない。
このままだと徒労に終わりそうだと思い提案してみると、徹が少し悩むような顔をする。
しばらく待つと、紹子の視線を気にしながら口を開きだした。
「……あの屋敷を調べてみるのはどうだ?」
「徹! あなたねぇ!」
紹子が憤慨したような声をあげたが、誤解するなと言わんばかりに両手を上げた。
「剣術士達の報告で思ったんだが、あの屋敷は入り口と19階に繋がる部屋以外何も調べていない。もしかすればだが、あのNPCの配置は俺達の調査意欲を減退させるためのものじゃないか?」
「つまり、管理者の妨害工作ってこと? でも……」
徹の考えに紹子が理解を示すが、彼女はそれでも嫌な様子。
洋子はどうだろうか?
彼女を気にして見れば、洋子の方でもチラチラと見てきている。
彼女を不機嫌にさせたくないとは思うものの、徹が言う事にも同意できた。
「そう……してみますか」
無言の圧力に負けず良治が言い切ると、洋子の足が一歩進む。
嫌な予感に身構えそうになったが、彼女は何を言う事もなく良治の前を素通りした。
「?」
「確かに峯田さんの言う事には一理あります」
分かってくれた!
心の底から良治は叫びたかったが、彼女の左手をみると拳が作られ震えている。
刺激を与えてはいけないと黙り込んだまま洋子の後をついていくと、その彼女が急に立ち止まった。
「……何も正面から行く必要はないですね」
「うん?」
「玄関から入る必要ないということですよ。違いますか? 違いませんよね」
「……あっ。窓か?」
「はい。ということで、そうしましょう」
誰も肯定はしていないが、決まってしまう。
反対意見なぞ出せる訳もなく、そのまま屋敷へと向かうべき城を出ようとしたが、その途中で剣術士達の話しを思い出した。
アレはどういうことだったのだろうと徹に聞いてみると……。
「俺達が見た物とは別の屋敷があったという可能性はどうだろう?」
「似たような屋敷がもう一軒あると?」
「本当にそうなのかは分からないが……」
二人が話し合っていると、そこに満が閃いたような顔つきで割り込んでくる。
「それって、すぐに分かるんじゃないか? 外にでたら上から城の周囲を見ればいいわけだしさ。別の屋敷があるなら、一発で分かるだろ?」
彼のアイディアを聞くなり、良治と徹が一呼吸遅れて声を上げた。
さっそく城の外にでると、空を駆け上がり適当な高さで止まる。
何度も足を動かし空を蹴り続ければ、空中で立ち止まることもできた。
これは4竜との戦闘経験で覚えた事の一つ。
造作もなくやれるようになるまでは時間を必要としたが、出来るようになると便利であった。
その姿勢を維持し、空から周囲を見てみたが他に屋敷らしきものが無い。
3人が降りてきて、このことを仲間達に知らせた。
「徹の予想と違ったのね」
「思い付きで言ったことだからな。だが、そうなると俺達と剣術士達とでは何か違ったんだ?」
「えっ? 峯田さんが言っていた通りじゃないんですか? 私達の調査意欲を減退させるためだと思いますけど……」
「いや、それだと剣術士達の場合が……」
自分の理屈通りであれば、剣術士達の方でも同じにならなければならない。
一度はそう思った徹であったが、すぐに自分で気付く。
自分と紹子。良治と洋子。満と美甘。そして須藤と香織……は微妙として、今の自分達ならばあのNPC配置は妨害工作にもなりえる。
しかし、剣術士達の場合はどうだろうか?
「……まさかとPTメンバーの男女比だとか……そんな理由でNPCの性別が変わると?」
「だって管理者ですよ?」
美甘の考えに良治が驚く。
『だって管理者ですよ』の一言は、非常に説得力があるように聞こえたからだ。
この一言は良治ばかりではなく、他のプレイヤー達にとっても説得力があるかもしれない。
「確かめ……ますか?」
やろうと思えばできそうだ。
この考えが本当であれば、男性と女性に分かれてそれぞれが屋敷にいけば分かるはず。
「もし本当だったら、どうなると思う?」
徹に言われて少し考えてみる――が、すぐに頭を左右に振るい出した。
(これは知らない方が良いように思うんだが……)
良治のそうした気持ちは、見ていた仲間達にも伝わった。
この件は、調べたい人が調べればいいのだ。
自分達は、窓ガラスを割って屋敷の中に入ればいい。
大体、もし調べたいと言った場合、無言のままでいる洋子が怖い。
突然屋敷が炎上することだってありそうだ。
彼等はこれ以上、この話題に触れるのはやめ、窓ガラスを割って屋敷の探索を始めだした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
屋敷の3階に上がった時、満の顔が歪み鼻を指先でつまんだ。
「満君?」
「消毒の臭い。俺、これだけは駄目なんだよ」
「……あっ。本当だ」
言われて初めて美甘も気付いた。
彼女と同じく良治達も気付き、どこからだと探し始めてみると全員が同じ方向を向く。そこには質素ではあるが細工が施された木製扉があり、部屋の中からだろうと推測。
ドアノブを回し開くと、誰もが自分の手で鼻を庇った。
原因はドアをあけた瞬間鼻についた異臭。
複数の薬品棚が部屋の中にあるのが見えるが、そこからだろうか?
思わず鼻を庇いたくなる異臭のなか、平然と立っている人の姿もあった。
「NPCか?」
鼻を庇いならが洋子に尋ねると、彼女は無言で頭を頷き倒した。
少し汚れがついた灰色の長衣姿の女性のようで、まだ気が付いていない様子。
NPCと聞くなり、良治の視線が徹へと向けられる。
「……俺か。分かった」
NPC担当。
良治にそんな認識で思われているのだろう。
そのことを悟ったような表情をしながら、徹が近づく。
苦笑する仲間達に見守られながら彼が近づくと、部屋の中にいた女性がふりむいた。
おそらくは王と同じくらいの年齢。
顔には縁取りがない眼鏡をつけており、髪は白く長い。
その女性が良治達を見るなり自分の方から話し始めた。
『もしや、噂になっている勇者様たちでは? ここにきたということはトリスの件でしょうか? それでしたら、少々お待ちください』
返事をしていないのにもかかわらず、流れるようにその女性が動いた。
洋子は、少し特殊なタイプのNPCかもしれないと考える。
彼女は部屋の片隅に行ったかと思えば、すぐに戻ってきて1枚のカードを見せてきた。
『これをトリスに渡してください。メリアからだと言えば分かるでしょう』
カードは、金色の縁取りがされた白いもの。
受け取った徹が彼女を見上げて尋ねた。
「もしや、トリスの師というのは、あなたなのか?」
この国にいることは兵隊型のNPCから聞いていたが名前までは知らなかった。
ただトリスの名を出したので、その関係者かと考えただけ。
演技をすることも忘れ尋ねた徹に対し、メリアという女性は微笑むばかり。
肯定なのか、それともNPCであるがゆえに反応しなかったのか、それすら判断がつかない。
「とおるぅ~。終わったなら出ようぜ。俺、この部屋だめだぁ~」
満が限界に達したようなので、そのカードを受け取ったあと部屋からでる。
その場から離れると臭いが薄れてきたので、もらったカードを鑑定虫眼鏡で見てみた。
――――――――――
純白のカード。
トリスの師であるメリア・カーチネスと出会った証。
これを持つという事は、彼女の知り合いであるという証拠にもなるよ。
――――――――――
「これは俺でも分かる。さっそくトリスに見せてみよう」
「そうですね」
「休憩所を出すっす!」
ようやくにしてイベントが進んだ。
その実感に押されるように屋敷内で須藤が休憩所をだすと、彼等はさっそくトリスにカードを見せに行った。