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実はメル友

 管理者について浩二と話したあと会社を出た。


「少し遅くなったな」

「あれこれ聞かれても困りますよ」

「まぁ、そうなんだが、部長もジっとしていられなかったんだろう」


 立ち並ぶ店の明かりに照らされた歩道を、肩を並べ歩く。

 普段より人気が少ないのは、管理者が姿を見せたからだろう。

 不安を感じ自宅に籠っている人々が多いのかもしれない。


「結局、部長が言った通りになりましたね」

「認識が狂いだすって話か?」

「えぇ。私も見た時は驚きましたけど、普通だったらそれで済むはずないんです」

「まぁ、そうなんだろうな……」

「良治さん?」


 良治が空返事のようなものを出し立ち止まる。

 前へと進みかけた洋子も止まり声をかけた。


「どうしました?」

「……慣れるもんだなぁ……と……ね」

「それは……」


 ダンジョンの環境に慣れなければ、死ぬ思いをするだけ。

 だから慣れるしかなかった。

 慣れると今度は余裕がでてくる。

 そんな話をすれば、きっとまた認識が狂っていると言われるだろう。


 普通ならこうする。

 普通ならこうなる。

 普通ならこう考える。

 数か月前までなら、自分もその普通の中にいたというのに今では違う。


 何気に考えたことが良治の気持ちを暗くしたが、その気持ちを追い払うように頭を大きくふるった。


「やめよう。悪い方にばかり考えてしまう」


 完全に気落ちする前に、思考を切りかえる。

 もし洋子の前でなければ暗い気持ちのままでいたかもしれない。

 その洋子が隣に並ぶと、黙って良治の腕をつかんだ。


「ん?」

「……悪いことばかりじゃないですよ」

「なにが……あぁ」


 一瞬何のことかと首を捻りたくもなったが、洋子が言いたい事が分かり照れたように頬をポリポリとかきだした。

 この事件があったからこそ、洋子のことを知ることが出来た。

 ダンジョンを彼女と歩いた記憶があるから、今の関係がある。

 それを思うと、湧き出た悩みがどうでもいいように思えてきた。


「そうだな」

「はい」


 表情を緩ませる良治を見て、洋子が可愛げな微笑みを見せる。

 思わず髪を撫でたくなる愛らしい笑みを見せられた良治は、洋子から視線を逸らし早足で歩きだした。


「どうしたんです?」

「何でもない。早く帰ろう」

「はぁ?」


 彼が、早足で歩きだした理由。

 それは、駅で別れるつもりだった気持ちが鈍りそうだったから。

 予定どおり洋子とは駅で別れ、一人寂しくオデンを食べることにした。


 ビールの苦みを楽しめなかったのは、気持ちの問題だろう……。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 翌朝、布団から起きた良治は日課となるジョギングへと出かけた。

 いつも通りの休みを過ごそうかと思いつつも、洋子と一緒にいたいという気持ちもある。

 彼女がそれを拒むとは思えないが、洋子に依存しつつあるように思えてならなく電話をかけることを我慢しながら午前を過ごした。


 そんな良治が、日本政府からの公式発表を知ったのは午後になってから。

 日本で諜報活動を行っていたかどうかについて各国に問い合わせを行ったらしいが、そんな事実は無いという発表がされていた。

 この発表や、管理者に対する政府側の見解について取材陣から質問が出たが、政府側の代表は無難な回答をするばかり。見ていた良治は、いつも通りかと逆に安心してしまう。


(一晩たって冷静になれたんだろうか?)


 管理者が何を言おうが、大事なのは社会体制を維持すること。

 日本政府側はそう考えた末での発表なのかもしれない。

 裏では別のやり取りがされているのかもしれないが、良治はそこに関心はなかった。そうしたニュースを見ていると、今度は須藤から電話がきた。


『係長! 大変っすよ!』

「どうした!」


 須藤の方から電話がかかってきたのはこれが初めて。

 余程の事が起きたのだろうと話を聞いてみると……。


『香織さんの親父さんと、今度会うことになったんす!』

「……なぜ?」


 経緯がサッパリ分からなく説明を求めると、須藤が困ったような口調で話し始めた。


『昨日管理者のやつが姿を見せたじゃないっすか』

「あぁ、まぁ……」

『それで香織さんの事を心配したらしくて、一緒にいる俺と直接会って話をしたいらしいんすよ』

「……」


 聞いてはみたが、やはり分からないと首を捻る。

 香織の事を父親が心配した。

 これは分かるが、そこまでしか理解できない。


 何故、須藤から聞く?

 しかも実際に会って話を聞きたいらしいが、どうしてだ?


『分からないっすか?』

「言っている事は分かるが、どうしてそうなったのか分からない」

『信用されたんじゃないっすか? 最近、香織さんの事をメールでやりとりしてたんすよ』 


 その事実を聞き、良治は黙ってしまった。

 須藤なりの香織攻略の手段なのだろうか?

 聞いてはみたものの分からず考え込んでいると、須藤が話しを続けた。


『それでなんすけど……』


 まだ、何かあるらしい。

 わざわざ電話をかけてきたのは、それが本命だろうかと思いつつ須藤の言葉を待つと……。


『俺、何を話せばいいんすかね?』


 それを俺に聞くか?

 口から出かけたその言葉を、良治は堪えた。


「管理者のことを聞かれたのなら、そのことを話せばいいんじゃないのか?」

『そうなんすけど……ほら、あいつと実際に会ったのって係長と洋子さんじゃないっすか。俺に聞かれても困るんすよ』

「だろうな。それは香織さんも……あぁ!」


 そこでピンときた。

 点と点が繋がったようにすら思え嬉しくもなる。

 須藤が思うように、香織も聞かれて困ったのだろう。

 娘に聞いても分からないため、須藤に聞こうと思ったのかもしれない。


 しかし、それならそれで、メールか電話で済むのでは?

 点と点は結ばれていなかったようだ。


「……何故だ?」

『何がっすか?』


 思わず口に出してしまったことに須藤が反応したが、すぐに『何でもない』と返し、その疑問は胸の中にしまった。


「とりあえず会うしかないだろ?」

『そうなんすけど! こう、何か欲しいじゃないっすか! 親父さんの気を引けるようなネタが!』

「……それでか」


 つまり、そのネタを提供して欲しいらしい。

 そうかといって、管理者について隠していることはない。

 新しいネタと言われても、良治は困るだけだ。


「俺からは何もないぞ。話したとおりだ」

『それじゃ、困るんすよ!』

「俺に言われてもなぁ……まぁ、何か思い出したら……うん?」

『何かあるんすか!!』


 そう思い込んだ須藤が、一際大きな声をだした。

 耳に響いて、スマホから耳を離す。

 騒がしい声が静まってから再度スマホに耳をあてた。


「ちょっと聞くが、それって今すぐ会って話したいってわけじゃないよな?」

『違うっすよ。会うのは来週っす。自宅から少し離れた場所みたいっすね』


 妙な話だと、再度思う。

 管理者のことがどうしても今すぐ知りたいなら、やはりメールか電話でいい。

 そうしないのは、須藤と会うのが本当の目的ではないだろうか?


(管理者のやつ、会うための口実に使われたんじゃ?)


 そう思うと笑えてきた。

 世間を散々騒がせているのに、香織の父親にとってみれば、その程度の存在なのだろうか?

 須藤がいう香織の親父さんというのが、どういった相手なのか分からないが、随分と変わっている人のように思えた。


『どうしたんすか?』

「いや……うん。香織さんも大変だなぁ……と」

『はぁ?』


 よく分からないといった感じの須藤には、来週まで何か思い出したら教えるよと言い電話を切る。


 浩二が言うように、自分達の認識は他人と少し違うのだろうが、それは気にする程なのだろうか?


 香織の父親にどこか救われたような気持ちになった良治であった。


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web版とは【異なる部分】が幾つかあるので、是非手に取って読んでみて欲しいです。
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