出現
『突然すぎて驚くのも無理ないけど、少し僕の話に耳を貸してほしい』
管理者の声を耳にするなり、良治がエプロン姿のまま戻ってくるが、その目が窓の外に向けられたまま固まった。
「……嘘……だろ」
唖然とした声で良治が呟く。
その視線の先を見れば、街の上空に浮かぶ巨大な管理者の姿があった。
それは映像のように薄いもの。
驚く二人を余所に、テレビに映っている管理者が話し続けている。
『僕がやっているゲームに関係して、日本に諜報員を送り込んでいる組織が複数ある。テストプレイヤー達を利用し僕との接触を考えているようだけど目障りだ。彼等には全員まとめて自国に帰ってもらったよ。嘘だと思うなら連絡をとって確認するといい』
「これって……」
「……前に言っていたのは、これのことだろうな」
互いに同じことを思い頷きあう。
現実に顔を出すと言っていたのは、このことだろうとは予想出来た。
『事件や僕のことを気にするのは分かるけど、全てが終わるまで傍観に徹するように。これ日本政府も同じだから、そこを忘れないでね。……なぁ~に悪いようにはしないさ。僕だって君達が作ったゲームで遊ぶ……』
「……おい」
途中から普段の業務連絡を流すような口調に変わったため、緊張感が緩んだ。
まだ何かやるんじゃないかという不安が薄れはしたが、今度は苛立ちが湧いてくる。
当人も気が付いたのか話すのを中断。一呼吸の間を置いてから再度喋り始めた。
『……そういう事だから。くれぐれもテストプレイヤー達に手を出さないように。これ神様からの命令。いいね?』
お前が言うな。
この時、そう思ったプレイヤー達はどれだけいたことだろう。
良治と洋子も、口にこそ出さなかったが同じことを考えた。
その二人の目から管理者の姿が消えると、テレビ画像が復活。
チャンネルを変えながら、今の出来事が流れないかと見ていると、少し経ってからニュース報道が開始された。
まず流れたのは何が起きたかについて。
アナウンサーが少し話した後、問題となるはずの映像がテレビに映された。
しかし、その映像は良治達が見たばかりの街でもなければ、管理者の姿すらないもの。
どうしてこんな映像を流しているのか二人が困惑していると、画面が切り替わりアナウンサーが説明を始めた。
『ご覧いただいた映像は当局の近くに現れた管理者を録画したものです。しかし見ての通り本人の姿がありません。これは一体どういうことなのか現在……』
アナウンサーの女性がそう言っている間に、彼女の手元に一枚の紙がおかれる。
一旦声が止まったが、すぐにニュースの続きが開始された。
『……速報です。管理者が現れたのは当局の近くだけではありません。また日本国内だけでもなく、世界各地で同じ事が起きたという報せが入りました。また、そこで撮られた写真や録画映像にも姿はなく……こんな真似ができるなんて、やっぱり……あっ』
思わずといった様子で口にしたアナウンサーが一度咳をつくと、洋子が自分のスマホを見せてきた。
そこに表示されていたのは一つの情報サイト。
さっそく管理者が言った事や、姿が撮影できていないことが話されている。
「やってくれたな……」
「また、世間が騒ぎますね」
まったくだと思いながら内容を読むと、今までとは少し異なっている印象を受ける。それが何であるのか分からないまま流し読みをしていると、自分が持っていたスマホから着信音が鳴った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
管理者が姿を出現させたのは、日本ばかりではない。
世界各地で姿を現し、その国の言葉で同じ内容を告げた。
すぐにネットを通して様々な意見が飛び交いはじめたが、良治達は会社に呼び出されてしまう。2人とも私服姿のまま出社し、さっそく浩二がいる会議室へと出向いた。
「邪魔をして悪いな」
「い、いえ……」
自分達が一緒にいたことは、電話で伝えてある。
さして驚かれたりしなかったのは、付き合い始めた事が知られているのだろう。
その浩二が2人を呼び出したわけだが、待っていたのは彼のみ。
社長の友義がいないだけではなく、普段であればいるはずの社員達もいなかった。
大騒ぎが起きたからなのか、それとも偶然なのか分からないまま、いつもの会議室で椅子を並べ着席すると、浩二が早速口を開きかけた……が、
「……部長?」
「いや……何をどう言えばいいのか……」
普段以上に浩二の表情が渋い。
気持ちが動揺しているのを強く感じる。
彼の言葉を待つこと数分。
躊躇いがちに、再度口を開いた。
「……あれが……神なのか?」
簡単に神などという言葉は使いたくないが、そう言わざるを得ない。
そうした浩二の気持ちが伝わってくる。
「俺達が会ったのはアイツで間違いないですが、神かどうかと聞かれれば分かりません」
「係長は、神だと認めないのか?」
「……?」
何かがオカシイと、浩二から感じる。
死や神という言葉を使った時、認識のズレについて注意してきたのは他ならぬ浩二。その本人の口から言われるとは思いもしなかった。
「どうしたんですか?」
「何がだ?」
「アレを俺達に神と認めさせたがっているようにも聞こえます」
「……いや、そうでは……」
否定しようとしている浩二の視線が泳ぐ。
珍しいと思いながら落ち着くのを待つと、浩二から動揺の色が薄れ始めた。
「そう思われても仕方がないか……」
「部長?」
「……こう言っては何だか、俺は分かったつもりでいたんだろう。君達が、どういう存在を相手にしているのか、今になってようやく理解できたのかもしれない」
管理者が姿を見せた時、浩二は日常から非日常に突き落とされたような感覚を強く覚えた。
それは良治達が事件初日に感じたもので、多くの人々も『近しい』ものを感じている。
だが、彼等と良治達とでは決定的に違う部分がある。
ダンジョンで出現するモンスター達と実際に戦っていない。
理不尽な殺意も経験していない。
本当の意味で良治達の気持ちを、理解できていなかった。
これは浩二ばかりでは無く、ネットを通じて話し合っていた人々も同じ。
冗談めかしに話し合う人々と比べれば、浩二は良治達に近しかったのかもしれないが、完全に理解しているわけでもない。
良治は、自分が覚えた違和感の正体に気付いたのは、この時であった。
(部長達にとってみれば、これが初めてのようなものなのか……)
自分の目で見て、耳で聞いた。
だからこそ、ニュースアナウンサーは動揺を隠しきれなかった。
ネットで他人事のように言い合っていた人々も、管理者が姿を見せた事で認識が変わったのだろう。
その一人である浩二が管理者について尋ねだしたのは、自分の気持ちに整理をつけてからであった。