表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

176/227

良治の部屋

 土曜の10時。


(……親しき間にも礼儀あり……か。やっぱりそうだよな……)


 周囲がガラス張りになっているアクア・パーク藤間前で、スポーツバッグを横に置きながら良治はスマホと睨めっこをしていた。

 その姿は、待ち合わせの相手から『急用ができました』というメッセージをもらったかのよう。

 誤解を招くような表情をしていると、彼の隣を一人の子供を連れた女性が通り過ぎた。

 その女性が、良治の顔をチラ見し思う。


(どこかで見たような……あぁ、あの時の人ね!)


 彼女の頭に浮かんだのは、洋子が良治の腕に胸を押し当てていた光景。

 プールの中で洋子が攻めの姿勢をみせた現場に居合わせた、とある奥様だ。

 思い出したはいいが、良治の様子を見る限り……。


(……そう。駄目だったの)


 少し残念そうな顔をしながら建物の中へと入っていった。


 良治が見ていたのは、男女恋愛に関するサイト。

 付き合い始めたばかりの男女に対するアドバイス的なものを見ていたに過ぎないが、通りすがりの奥様は誤解したらしい。

 その奥様が施設内に入っていくと、今度は厚着をした洋子が白いバッグを手にしやってくる。寒さが増してきたからなのか、今日はスカートではなくジーンズ姿であった。


「待ちましたか?」

「いや、そうでもない。とりあえず入ろうか」

「はい!」


 調べ物をしていたスマホをしまい、二人仲良く施設内に入っていくと、受付にいた子連れの奥様が良治達を見るなり微笑んだ。


(どこかで会ったか?)


 見覚えはないが近所の人かもしれないという気持ちから軽く会釈をすると、その女性も同じような反応をしながら更衣室へと向かった。


「知り合いの方です?」

「たぶん?」

「?」


 洋子が少し混乱したようだが、あまり気にせず受付を済ませ、良治達も更衣室へと向かう。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 プールサイドで準備体操をしていると、水着に着替えた洋子がやってくる。


「今日は何時ぐらいまで泳ぎます?」

「……あぁ、まぁ……うん」


 視線を合わせようとせず、言葉を濁す。

 洋子の水着姿をみて緊張しているという風でもない。

 何かを隠したがっているような態度だ。

 洋子の中で、プールに誘われた時から感じていた疑問が膨らみ、彼女の目つきが変わった。


「何を企んでいるんです?」

「他人聞き悪い事を言うな!?」

「でも隠しごとをしているのは本当ですよね?」

「……」


 良治の目が、彼女の眼差しから逃げるようにツツっと泳ぐ。

 それを洋子が不機嫌な顔つきで追う。

 自然と2人の体が近づき密着しはじめると、徐々に周囲が静まり始める。

 妙な視線を感じ良治が気付いた時には遅く、2人は注目されていた。


「お、およいでくる!」


 耐えきれず良治がプールへと逃亡。

 それを洋子が追う。

 2人が行った追跡劇は、周囲の人々を唖然とさせることになった。



 良治が何を隠しているのか?

 それを洋子が知ったのは、昼食時のこと。

 食堂でランチボックスの中にあるカレーパンを見せると、さっそく良治が手をつけようとした――が、それに洋子が待ったをかけた。

 それが決め手となり、良治は隠しきることを諦めてしまう。


「たまには、俺の手料理でもご馳走しようかと思っただけだよ……」

「……えっ?」


 聞き知るなり良治のバッグをみるが、そこから出そうとしている様子はない。

 どういうことかと良治に目を向けると、鼻先を指で軽くかいている。


「……その……俺の部屋で……あっ! 言っておくが、ちゃんと駅まで送っていくからな!」


 何を言いたいのか分かると、洋子はクスクスと笑い出す。

 良治にカレーパンを食べてもいい権利が与えられたのは、彼女の笑いが収まってからだ。


 黙っていたのは、驚かせたかったという気持ちがあったから。

 食事のお返しとして、まず考えたのはフランス料理のフルコース。

 あるいはゲーム内で踊ったように、そうした場所がないかと探してもみた。

 感謝の気持ちや、喜ばせたいと思っての行動であったが、調べているうちに自分らしくないと思えてきた。

 散々悩んだあげく選んだのが、自分の手料理という形での返礼である。


「そんなことを隠していたんですか?」

「少し驚かせたかったというのもあって……もう一個いいか?」

「どうぞ。遠慮しないでいいですよ」


 食パンの中にカレーを挟み、それを揚げただけのカレーパン。

 市販のものと少し違っていて、それが妙に新鮮だった。

 パン屋のも良いが、これも良いと良治が手を伸ばす。


(やっぱり、私を驚かせたかったのね)


 そこは洋子の推測どおりであった。

 だから聞かずにいたのだが、良治の手料理というのは考えていない。

 たしかに驚きもしたし嬉しくもあるが、よくよく考えてみれば良治の部屋にいくのは初めてのこと。多少の緊張もするが、食事が終わったら本人が駅まで送るという。


(良治さんらしいな)


 以前と変わらない態度が嬉しくて、黙って見つめている。


「ん? 洋子さんは……」

「ダイエットはしていません」

「……」


 二度目は言わせない。

 そう言わんばかりの微笑みを前にしながら、良治は二つ目のカレーパンを静かに食べた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 食事のあと少し泳いでから、良治の部屋へと向かう。

 中の光景を見た洋子は、ほぼイメージ通りの部屋だと思った。


 使われている家具類は、彼のセンスが伺い知れるような渋みを感じさせるものばかり。

 偶然見つけたものを拾ってきて使っているのか、あるいはリサイクルセンターで購入してきたものだろうと予想をたてる。


 そうかと言って部屋が汚いというわけではない。

 こまめに掃除はしているようで、ほこりっぽさを感じない。

 もし小汚い部屋であれば小言を二つ三つ言ってから、掃除でもしようと思っていた洋子であったが、その考えは実行されずに済んだらしい。


「少し時間がかかるから、適当に座っていてくれ」


 エプロンを着けた良治が、部屋にあったストーブに火をつけた。

 その後、冷蔵庫から食材や缶ジュースを取り出しはじめる。

 食材を見た洋子は、彼が何を作ろうとしているのか分かってしまう。

 オデンだ。間違いないと彼女は確信した。


 良治が出したばかりの食材を手にし、台所へと向かう。

 残された洋子は、上着を脱いだあと緑の座布団の上に座った。


「リモコンはテーブルの下にあるから、テレビを見たかったら好きに使ってくれ」

「分かりました」


 声がかかり、テレビ前にあるテーブルを見る。

 良治が言った通りリモコンがあったのでテレビをつけてみると、ゴルフ番組が流れた。

 興味がないのでチャンネルを変えると、今度は食レポ的な娯楽番組。

 少しの間番組を見ていたが、興味が薄くなり部屋の方へと意識を向けた。


(仕事や野球関連の本しかないのね……)


 本棚にあった本を見てそう思う。

 予想していた以上に、部屋の娯楽関係のものが見当たらない。

 どういう生活をしているのか、容易に想像できてしまった。


 テーブルの上に置かれたノーパソも、おそらく古いタイプのものだろう。

 ハード性能まで調べる気はないが、良治であれば10年ぐらいは平気で使いそうだと考える。


 テレビ番組よりも部屋に置かれているものを気にしていると、台所から物音が聞こえてきた。あまり手際は良くないようで手を貸したくもなったが、その気持ちを抑える。再び意識をテレビに向けると、その時ブツンという音がし画面が消えた。


「あれ?」


 洋子は何もしていない。

 リモコンを手に持ち、弄ってみるが反応が一切ない。

 何かの接触不良なのかと疑っていると、消えた時のように勝手にテレビ画面が表示された。


 ……が、そこに映っていたのは、


『ぴんぽんぱ~ん。君達をずっと見守ってきた神様だよ』


 見たくもない、少年の姿であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆現在この作品の書籍版が発売中となっています
web版とは【異なる部分】が幾つかあるので、是非手に取って読んでみて欲しいです。
作者のツイッター
表紙
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ