嫌な予感ほどよく当たる
午後になると、後続組達から6階と14階で隠し部屋が見つかったという報告がされた。
それは、1階で見つかった暗闇地帯とは異なり謎の扉があるもの。
部屋の中を見る事が出来ないのは変わらないが、他の階にも隠し部屋があることだけは判明した。
そうした出来事が進む一方で、剣術士達の方でも変化が起きている。
合流し17階へと進み始めた彼等は、59日目となる終了間際に18階へと到着したらしい。
この話を知った良治は、ベッドの上で咳き込んでしまった。
「……驚いた……一体、どうやったんだ?」
良治にとってみれば、それは予想外すぎた速度。
幾らなんでも、たった一日で17階のスタート地点から18階へあがる教会まで踏破できるとは思っていなかった。
場所については教えてあるので教会までは迷わず到達出来るだろうが、4竜との戦いや剣術士の性格を考えれば……。
(もしかして、奥さんの事を気にして急いだ?)
掲示板では何も言われていないが、今まで剣術士が書き込んでいた事を考えればありえなくはない。以前から嫁さんがぁ~と何度も言っていたので、急いだ理由はそれだろうかと考える。
(でも、19階にいくには竜の尻尾が必要だし、もっとゆっくりでも……あれ? それも入手済み?)
その点だけでもハッキリさせておこうと、掲示板を通して聞いてみる。
すると剣術士が『まだ入手していない。467と棍術士が、こっちを優先した方が17階探索をするのに色々都合がいいだろうと煩かった』と教えてくれた。
(そういうもの?)
剣術士が18階にくることを優先した理由についてはとりあえず分かったが、距離的な問題についての疑問が残る。
これについても尋ねると、今度は刀剣術士が『何度か休みながらだが、ジャンプスキルを使って移動した。問題はほとんど無かったがイベント進行で躓いている』と教えてくれた。
(俺たちが4竜と初めて戦った時も、そうやって逃げたんだった……)
言われたことで気付く。
移動するだけなら、刀剣術士が言うような手段があった。
洋子が『仕様なのか仕様外なのか分かりませんが、使えそうですね……』と書き込んでいるところを見れば、彼女も気付かなかったのだろう。
(17階には未探索地域が残っているしその時にでも使ってみるか? ……だがなぁ……)
出来れば探索してみたいという気持ちがある。
しかし、残りの日数を考えれば難しい。
現在は59日目の夕方。
友義が定めた期限までは30日程余裕があるが、この日数全てを迷宮攻略に使えるわけではない。間に土日があるのだから、迷宮攻略に使えるのは20日ほどだ。
(魔人を倒せば解放される。そう考えれば余裕はあるが、あれが魔人の全てってわけじゃないだろうし……)
ドラゴンの時のように2段階目があるかもしれない。
それだけならともかく、本当に20階に到達すれば無条件で解放されるのかという疑問も残っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――剣術士視点
田中祐樹 それが俺の名前だ。
ある会社の人事部で働いているのだが、この事件が始まってからというものの家にいるのが辛い。結婚してから10年以上たつというのに、あいつは全く……。
まさかと思うが、定年退職と同時に離婚を言い出さないかと、今から心配だ。
まぁ、そんな状況も、もうじき終わるだろうか?
意外なことに杉田(467)と坂井(棍術士)のやつが張り切っている。
その杉田と坂井が言うことには一理あると思い18階に来てみると、係長達から聞いた通りの事が起きた。その光景を見た俺は、子供の頃にやった国民的ゲームを思い出したよ。
懐かしい……。子供のころは熱中したものだったな。
あの当時は、クラスメイトとゲームの話をよくしたものだ。
……まぁ、今もほとんど似たような状況か。
このゲームに巻き込まれた当初は本当に大変だった。
掲示板が無ければ、気が変になっていただろう。
あんな業務連絡で何を分かれというのだ?
俺が知っているゲームとまるで違うんだぞ。
他の連中も、似たような気持ちだったんじゃないのか?
係長達も18階にいるようだが、勇者歓迎イベントを終わらせる手段がよく分からないらしい。とにかくNPC達に話しかけるしかないらしく坂井と杉田が率先して動いてくれている。
それは助かるが、杉田と一緒にいた3人組の言い方が気になる……。
「杉田さんらしくないですね」
「絶対何か隠しているな」
「また、縛るか?」
こんな会話をしているのを耳にした時、俺も坂井の行動が変だと思った。
アイツって、ここまで攻略活動に積極的な奴だったか?
いや、先行組の一人ではあるし、俺が知らなかっただけも知れないな。
しかし、篠田(杖術士)との内緒話も気になる。
篠田は、三木という名前なのだが、その名前のせいで子供のころは女扱いされたことがあるらしい。だが、その名前のせいというよりも顔立ちが原因じゃないかと思えるんだが……いや、どうでもいい話か。
その篠田も、少し怪しい。
何をそんなに、そわそわしている?
お前、何か聞いたのか?
もう少しで20階なんだぞ?
ここまで来て妙なことをするなよ?
杉田と一緒にいた3人も、俺と同じような不安を持っているんじゃないか?
新井(長刀術士)さんは、清楚で凛とした印象を受ける若い女性だ。
杉田がリーダーをしていたらしいが、実質的なリーダーは彼女だったのではと思う時があるほどに堂々とした態度。ここにくる途中4竜と遭遇し戦ったこともあったが、まったく気後れした様子もなかった。
伊東(刀剣術士)君は、常に据わったような目つきをしていて、わりと冷たそうな面構えをしている。俺が思っていたよりも若く、おそらく20代前半ぐらいだろうか?
あまり人当たりが良いようには見えないが、実際はどうなのだろうな?
山田(鎖鎌術士)さんは、杉田とほぼ同様の歳だろう。
この二人はおそらく30代前半ぐらいじゃないか?
実際にPTを組んで1日足らずでは、まだ良くわからないのが素直な感想だ。
「田中。どうした」
「ん?」
皆を見ながら考えていると、木下(ハンマー術士)さんが声をかけてきた。
この人は俺達の中では一番の年長者で、何かと頼りにさせてもらっている。
おまけに一番背丈があり、なおかつ体つきが凄い。
最初に会った時はプロレスラーではないだろうか? とすら思ったほどだ。
黒のタキシードが恐ろしく似合わない……。
「さっきから周りを見るばかりで、まるで動こうとしないだろ」
「こういう場は苦手なんだ」
「お前も、係長と同じか?」
「NPCのことなら、そういう意味じゃない。この雰囲気が嫌いなんだ。立食パーティーみたいなものはどうも……」
「それは……分かる。俺も同じようなものだ」
ふぅ……。
心配されたようだ。
まったく、木下さんがリーダーを務めればいいと思うんだが、この人は笑って俺の肩を叩くだけで流してしまう。仕方が無いから俺がやっているが面倒だ。
……愚痴を言っても仕方がないか。
嫁さんをこれ以上怒らせないように、頑張るしかないだろう。
しかし杉田の奴……
かなり痩せたな。
15階で会ったときは、結構太っていたはずだが?
アレが特訓の成果なんだろうか?
健康そうな体形になって良かったというべきだろう。
……あぁ。だが現実に戻れば元に……いや、考えるのはよそう。
俺も聞いて歩くとするか。