人手があるっていいよね
掲示板での話し合いを知った良治達が、城の広間で笑顔を見せあっている。
「嬉しいですね。こういうことをされるのって……」
「洋子さんは、特にじゃないか?」
「はい!」
「……そうか」
彼女が見せている笑顔は、残念なものではない。
そこにあるのは、素直に喜んでいる笑顔。
見ているだけで良治の頬も緩んでいった。
「連中が他の隠し部屋を、捜し始めるなんて思わなかったっすよ」
「あれって結構時間を使うんじゃないか? あいつら、いいのかよ?」
「そうだよね。いくら洋子さんが、隠し部屋を見つけた理由を報告していたからって、そう簡単に見つかるもの?」
須藤だけではなく、満や美甘も話に加わってきた。
徹と紹子は口を閉ざしたまま自分の迷宮スマホを覗いており、香織は洋子に見せてもらっている。
「これって、他の階にあるかもしれない隠し部屋のこと……よね?」
「えぇ。香織さんも覚えています?」
「もちろんよ」
表情を変えないまま香織が軽く頷きスマホへと目を向け直すと、それぞれどこの階を調べるかで話し合がされている。
彼等後続組がやろうとしているのは、まだあるかもしれない隠し部屋の捜索活動。
以前、洋子が探し出した隠し部屋は、上と下で同じ場所が壁になっていたことから発見されたものだが、これと似たような地形が他の階にもある。
このことから香織が20階までの直通階段のようなものがあるのでは? と口にしたことがあったが、現在でも不明のまま保留とされていた。
人手を必要としたことや、探しあてたとしても扉が開かないのでは無駄に終わってしまう。
そうした理由から手を付けていなかったが、それを後続組達が探し始めだしたようだ。
「……これ、どのくらいの人数がいるの?」
「多くて32人だろうな」
「分かるの、徹!?」
「単なるコテハンからの推測だ。5階捜索隊とか書かれているだろ。そうした名前が8PT分ある。……だが、階によって人数制限が違うだろうし、そのPT内の全員が動いているというわけでもないだろう……おっ?」
紹子に説明しながら掲示板を見ていると、コテハンについて話しがでた。
分かりづらいという話らしく、5階捜索PT№1という名前が使われだす。
そこから、じゃあ俺も俺もと名前がついていくのだが、余計に分からなくなってきた。
「彼等に任せておいた方がよさそうですね。……報告の方はどうします?」
洋子が迷宮スマホから目を離し、唐突に良治に話を振る。
洋子が言っている報告というのは、新たに分かった出来事について。
徹達だけでは発見できなかった兵隊型NPCから、トリスの師匠がネルダートのどこかにいるという話を聞くことが出来た。
その報告をするかどうかについてなのだが、良治は否定するように首を振った。
「教えないんですか?」
「後で教えるよ。今は……なんだか邪魔をしたくない。楽しそうだしさ」
「……剣術士達が今日中に18階までくるかもしれないぞ」
「えっ? ……いや、それは幾らなんでも無理ですよ」
洋子と話しをしている最中、言い辛そうな顔をしながら徹が言ってきた。
冗談か何かだろうか?
良治はそう考えたが、徹には一抹の不安がある。
棍術士や467に、屋敷にいたNPCについて話してしまっているからだ。
(あいつらならやりかねん)
何をするのか予想が出来ない。
だから早めに口止めをしておいたのだが……。
「峯田さん。さっきからどうしたんですか?」
「……あっ。いや……剣術士達に何も無ければいいと思ってな」
「あぁ。4竜のことですか。最初はきついですからね。峯田さんの心配も分かります」
「そ、そうだな」
少し歯切れが悪い言い方をする徹の隣で、紹子は苦笑していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さらに城の中を歩く。
「なぁ、洋子さん」
「はい?」
「その……NPCが出現したかどうかについてなんだが、普通のゲームだとどうなっているんだ? そういうのって分からないもの?」
並び歩く洋子が『うーん』という声を出し少しだけ悩んだ。
「幾つかのパターンがあるので、普通はこうなるとは言えませんね。条件が整えば分かりやすい説明や矢印が表示されるのもあります……が」
「……が?」
「中には酷いものもありました!」
唐突に洋子の表情が変わる。
何を思いだしたのか知らないが、苦虫を噛み潰したような表情となった。
ザワザワと騒ぐ音が聞こえてきそうなほどだと、彼女の横顔を見て思う。
「ストーリーを進めるためのメインクエストなのに、出現場所のヒントが~地域としかなくて、しかも出現していられる時間帯が現実の時間とリンクしていたんですよ!」
「現実の時間とリンク? どういう意味……あっ」
尋ねた瞬間、洋子の顔が勢いよく曲げられ良治に熱い視線を向けてくる。
……手遅れだ。
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの目をしている。
洋子が封印していたものを、開いてしまったのだろう。
もはや聞くしかないと、良治は覚悟を決めた。
「例えば、朝の2時にならなければ現れないNPCがいて、しかも出現している時間がわずか10分だけ! 再度出現するのは12時間後なんですが、その時は仕事中じゃないですか! ありえませんよ、そんな仕様! メインストーリーでそんなNPCを用意して何が楽しいんですか!」
さらに洋子の地がでたような罵倒が続いた。
徹が何かを言いたげだが、紹子が首を横に振って止める。
仲間達は見て見ぬふりを決めたようだが、良治は黙って聞く道を選んだ。
「終盤で使える最高級の武具のセット品にも、そんなリアル時間がNPCに関係していて、ここで会ったら、次は~地域に出現するNPCと会えとか言われたんですよ。ほんと最悪でした。しかも、こっちのNPCは一定時間ごとの再出現で、前回出現した時間から6時間を待たないといけないとか、そういう条件なんです!」
「……それ、どうやってクリアしたんだ?」
自分であれば、その話を聞いただけで投げ出すだろうが、洋子の場合は違う。
彼女であれば絶対に投げ出さない。どんなに酷い仕様でもクリアしたはずだ。
そんな良治の確信どおり、洋子はクリアしていた。
「……大体3日ほどでしたかね」
何がだ?
そう問う前に、彼女の目が死んだ魚のようになっていた。
「まだアプデされたばかりの部分でメンテも多かったし……クリア報告が嘘だったりもして大変だったなぁ……。日曜日なのに外出できなかったし……」
なるほどそうか。
うんうんと頷きながら、良治は聞くばかり。
どうやってクリアしたのか聞いたはずだが、少し違う方向に向かい始めている。
2人の間に誰も入れないような空気が作られたが、それはいつもと違うもの。
仲間達の誰もが自分から進んで踏み込もうとはせず、彼女の話は続けられることになった……。