分からない男
58日目の木曜日。
開始直後から魔人エランについて報告をする。
その最中、無敵状態であるにもかかわらず消された満についても話が出たが、当人も良く分かっていなかった。
黒い煙のようなものに覆われたあと、17時すぎに自宅で目を覚ましたらしいが、覚えているのはそれだけ。戦闘中姿を消したあと、自分がどんな状態でどこにいたのか覚えていないらしい。
そうした報告が終わると、ドラゴンに挑むというプレイヤー達が二組ほど書き込みだした。彼等は挑んだ経験がなかったらしく、掲示板を通じて緊張しているのが伝わってくる。挑むのは午後からのようで、勝敗に関係なく報告は明日にするとのこと。
朝の報告が終わった良治達は、武具や道具を望むプレイヤー達への供給活動を始め、それを昼前まで続けたあと宿の一階で合流した。
「トリスとアランダについて調べてみる必要があるだろうな」
「でも、あの野郎、前と変わらないっすよ?」
「ガチャについては何も言わなくなったが……それだけだな」
「見た目装備品もないガチャなんて認めません。詐欺です」
「それはちょっと話が違うんじゃ……いや、何でもないっす……」
「詐欺だというのは俺も同感だが……(見た目装備?)」
分からない事は頭の隅に置き、トリスについて考え出した。
14階に到着した時追加された通称ガチャ部屋には、青い法被を着たチョビ髭の男がおり、相変わらず『スマイルは無料です!』と言っている。
そのトリスが何かしらの形で関係しているようには思えるが、反応が以前と変わっていない。気にはなるが、まだ何かが足りないのだろうと思えた。
「もう少し、色々聞いて回らないと駄目だと思うんだが、どうだろ?」
「ヒントがほしいですね」
「今日は、俺たちが街の方を調べていいだろうか?」
「また二手に分かれるんですか?」
「ああ。俺達は街の中をそれほど見回っていないから……まぁ……」
徹がそう言った時、彼の目がわずかであるが紹子を見た。
その仕草をみて、彼女が前に街を見て回りたいと言っていた事を思い出す。
徹が何を思うのか理解し同意しようとしたが……。
「どうせなら一緒に街の中を見て回りませんか? 案内しますよ」
「それだと効率が悪いぞ?」
「そう思いますが、たまにはそういったことを考えずにゆっくりしても良いと思うんですよね」
良治に愛想笑いのようなものを見せられ言われると、徹は言葉を詰まらせた。
「徹。いいじゃない。みんなで街を見て回るのも良いと思うわよ」
「それは、俺も思うが……」
紹子に言われた途端、徹が迷いはじめると、今度は離れて座っていた満が元気よく立ち上がった。
「俺もその方がいいな! 一緒の方が楽しいだろ!」
「私も賛成!」
「……わかった」
反対するものがいない。
満達ばかりではなく、洋子や須藤。それに香織も同じ様子。
良治が8人で街を回ることを考えたのは、徹に負担を与えすぎているように思えてならないからだが、仲間達が賛同した理由は別にある。
単純に誰もが疲れていた。
それは肉体的なものではなく、精神的なものからくるもの。
その疲れを癒すために、彼等は街の中を楽しみ歩くことにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
良治達のあとを、香織が不満そうに歩いている。
(反対しておけばよかったかしら?)
香織が不満に思う理由。
それは、このPTの現状にこそあった。
良治と洋子。徹と紹子。満と美甘。
この3組は誰がどう見ても恋人同士という態度をとっている。
街中を歩く姿はまさにその通りであり、いつも以上に距離が近い。
(ほんと遠慮なしだわ)
戦闘がある階ならともかく、こんな場所ともなれば違っていたらしい。
良治と洋子ばかりか、さらに2組の姿も見せつけられており、香織の心境としては愚痴の一つでも言いたくなるというもの。
それに、この状況で余っているのは須藤と自分だけというのも問題だ。
その須藤が、いつもの通り並び歩き話しかけてくる。
「香織さんって、スマホだけじゃなくて、小型の電子機器関係全般が苦手だったんすね」
「……誰に聞いたの?」
「お義父様からっす」
「……」
あっさりと教えてもらった香織は、目眩でも感じたかのように頭をふった。
(ありえない。娘のことで電話をしてくる男に、こういう話をしないでしょ……大体いつの間に、そんな話をする仲になったのよ……)
てっきり父親にアレコレ言われて諦めるだろうと思っていたが計算違いだったらしい。
(きっと早く結婚してほしいんでしょうけど、そこで悩むのが父親なんじゃない? どうして父さんは、普通の父親をやれないの?)
そもそも、中国での武者修行に娘を連れていく時点で世間一般とかけ離れている父親だ。
香織としては、そういう父親がいてもいいとは思っているし、武者修行を望んだのも自分自身。今になってアレコレ言う気はないが、もう少し普通の父親らしくなってほしいとは思っていた。
「どのくらい苦手なんすか? 俺で良かったら、教えるっすよ?」
「遠慮するわ」
どうせまた、土日に来たいとか言い出すのだろうと香織が考える。
住所を教える気は一切ない……と、そこで彼女の足が止まった。
「どうしたんすか?」
「……まさかと思うけど、家の住所まで聞いてないわよね?」
「へ?」
危うさを感じ尋ねてみたが知らない様子。
胸をなでおろし安心すると、須藤が『あぁ!?』といってポンと手を打った。
「お義父様に聞けばいいんすよね!」
「……えっ?」
まさか、考えてもいなかったとは思わなかった。
須藤の性格ならば、そこに踏み込むぐらいやるだろう。
香織の考えではそうであったようだが、違っていたらしい。
「ちょ、ちょっと! それは犯罪じゃないの!」
「そうっすか?」
「そうよ!」
「いや、でもっすね……」
「いいから、やめなさい!」
何かを言いたげな須藤を黙らせるため香織が睨む。
その表情はいつもの彼女と少し異なっていた。
いつもの香織であれば、須藤を一言で静めるだろうが、今の彼女では出来るようには見えない。香織の素顔ともいうべきものを、須藤は初めて見たようにすら思えた。
「……何?」
「いやぁー…なんつうか、香織さんも、そういうところあるんだなぁ~って思って」
「……」
言われた途端、香織が冷静さを取り戻す。
何を考えているのか分かりづらい表情に戻すと、早足で歩きだした。
(どうしてなの?)
香織には分からなかった。
何故須藤は自分に固執するのだろう?
彼女の経験上、須藤のようなタイプは最初こそ熱心に口説いてくるが、すぐに飽きて離れていく。酷い相手ともなれば、陰口を裏で言い周囲に広めるようなこともしていた。
13階で稽古をした時のような熱意も感じられなくなっているのだし、すでに飽きられているのだろうとすら思っていたが、未だにその様子がない。
須藤 敏夫。
彼は、香織にとって分かりやすく、同時に分かりにくい男でもあった。