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スキルの獲得

「聞いてない!」


 薄暗い洞窟の中で叫び声をあげたのは良治であった。


 散々迷ったあげく月曜の朝に3階へと進むことを選んだわけだが、そこで良治が言う『聞いてない!』状況に出くわしてしまった。

 その状況というのは、見慣れたゴブリンと、まったく見たことがない生物が同時に出てきた事を示している。


「キシャ―――――!」

「グルルル!!!」

「クっ!」


 盾と剣を使い必死に攻撃をさばいていた。

 迷宮は横に2匹が並ぶくらいなら余裕。

 ゴブリンは相変わらず棍棒を持っているし、もう一匹の方は剣を手にしている。しかも良治がもつ青銅の剣よりも切れ味が良さそうだ。


 そのもう一匹の姿を言えば、犬が2本脚で歩いているといった所だろう。

 毛色は薄汚れた茶色。顔は狂犬病にかかった犬のよう。手足の関節は動物そのものであり、その身体を皮の鎧が包んでいる。


(こんなの勝てるか! だけど、その装備が欲しい!)


 名前も知らない初めて出くわした敵を見てそう思ってしまった。

 なにしろ手にしている剣の輝きが違う。すでに良治が持っている木の盾が危うい状態だ。2匹が交互に行う連続攻撃に、盾をつけた腕が悲鳴をあげているし、剣を持つ手も痺れてきた。


「水弾! 水弾! 水弾!」


 やけくそだとばかり、見慣れぬ一匹に連続で魔法を放った。


「キャン!?」

「怯んだ? 嘘!?」


 予想以上に効果があったことに驚き、一歩さがった犬型モンスターから目をそらしゴブリンへと集中。

 自分へと降りかかってきていた攻撃を盾で受け流し、剣で胸を突き刺した。


「ギャァアア――………」

「次! 火球(ファイアーボール)!」


 床へと倒れたゴブリンは無視。

 それよりも、怯んで後退した犬型モンスターに火球の魔法を放つ。

 一発で相手の顔が破裂し煙が発生。さらに火が体毛を伝わって防具にも……


「ああ、待って! 俺の防具! 水弾(アクアボール)!」


 それは燃やしたくない! と魔法を放つ。全身が焼かれる前に消火は間に合った。


「よ、よし。これで防具と武器が手に入る!」


 そう喜ぶ良治であるが、この迷宮へと連れてきた相手が、どのような性格だったのかを、忘れているようだ。

 


「……うそ!!」


 死体は残った。

 それだけは残っているのだ。

 赤い血を流し、犬型モンスターの体はそこにある。


 しかし……


 死体『だけ』しかなかった。

 倒れた瞬間、そのモンスターが持っていた剣と防具が、ザザっという音とともにノイズのような線が走り消えてしまう。


「あの、ピーでピーな神野郎がぁあああああ!!!」


 彼が洞窟内で叫んだのは、これで2度目であった。

 1度目は鉄パイプ槍を持ち込もうとしたが消失した時である。

 段々と普通でいられなくなってきているのかもしれない。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 良治が月曜の早朝から3階へと進んだ理由を少し話そう。

 土日の間、この事について考え迷っていたが、進む事を決意した理由は社長が言い放った3ヵ月以内での問題解決という点にあった。

 期日が定められてしまった事と、どこまでこの迷宮が続いているのか分からない為、少しでも先に進んでおこうと判断した。


 しかし、3階へと上がって早々に敵が2匹いて、その装備を欲するあまり戦った結果が何もなしというのは、いささか思う所がある。

 すぐに次がやってくるかもしれない状況だというのに、両手両膝を地面につけたまま「ぐぬぬぅ…」等と言っていた。


「分かっていた。分かっていたんだよ……うん。そう、俺は分かっていたさ。世の中そう上手くいかないことぐらい、知っていたさ。いいじゃないか。水弾が近接でも役立つって分かってさ。連射すれば結構有効そうだし。うん。十分使えるよこれ。これが分かっただけでも無理して戦った価値が……」


 ブツブツと言い立ち上がる。背中を丸めて歩き出す様子は幽鬼のよう。妙な黒いオーラを出しているようにも見えるが気のせいだろう。


 しかし、そんな彼に神は非情であった。

 重い足取りで歩いていると、カタっと何かが外れる音がした。


「……え?」


 聞こえたのは自分から。

 具体的にいえば、左腕にまきつけた木の盾から。

 腕をゆっくりとあげてみれば、破損していた木の盾がズルっと……


「う、うゎあ――――――!!!」


 良治の悲鳴が、三度迷宮内で響き渡ることになった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 捨てる神あれば拾う神あり。

 木の盾を拾い上げたのは良治であるが、彼自身を絶望の淵から拾い上げたのは、ピーな神ではでないはずだと思いたい。


「スラッシュ!」

「ギェエエエエ――――!」

「水弾! 水弾! 水弾!」

「キャン!」

「からの、火球!」

「ガァアアアア―――!」

「よし!」


 つい先ほどまでの絶望感はどこへやら。

 スキル『スラッシュ』

 それを見つけた時から、良治の戦闘力は変わってしまった。

 発見したのは一つの宝箱。3階でもあったらしく、中に入っていたのは見慣れた羊皮紙。

 魔法か! と手にしてみるが、今度は魔法ではなくスキルといったものであり、効果は剣を振るった際に前方に衝撃波が発生するというもの。

 有効射程は長くはないが、巻き込む範囲はそれなりにあった。

 少なくとも近接時の威力であれば、ゴブリン“ごとき”確実に巻き込み一撃で倒せてしまう。


 しかも衝撃波で倒した場合、肉を切るという感触もないため精神的な疲労も軽減されるというメリットまでついているのだから言う事なしだ。

 唯一の不満点と言えば、スキルを連続で放てない事。

 そこは既に入手してある魔法で補っているようだ。


 疑問なのは、水弾で濡れたモンスターに火球を放っても、普段通りの効果が出るという点。今しがた倒したコボルトも、爆発したあと火がついて煙まで出ていた。

 水で濡れたのなら、燃えにくいんじゃ? いや、爆発だからいいのか? なんだか違うような……これもゲームだから? と悩みすらした。

 

「色々疑問はあるけど、いけるな。盾が壊れた時は死ぬ未来しか見えなかったぞ」


 盾をなくしたせいか、回避する事を最優先。

 そのおかげなのか相手の隙が今まで以上に見えるようになり、そこでスラッシュ。

 この時点で、残っているモンスターが犬型のやつであれば勝敗が決まってしまう。

 この新しく出現したモンスターは顔の割に臆病なようで、水弾が当たっただけで逃げ腰になるようだ。


(フフフ。段々と戦い方が分かってきた感じがする。まず火球を使って、その後近づいてきたのをスラッシュで迎撃するか? いや、やっぱり回避してからのスラッシュの方がいいんじゃ? ……うーん……)


 敵への警戒心が有るのか無いのか分からないが、片手剣を右手で振りまわし、その間に左手を前方へと向ける動作を挟んだりと忙しい。

 幾分ニヤついた顔をしながらブンブン剣を振り回していたが、その動きが突然止まった。


(……剣の重さ、ほとんど気にならなくなったな)


 まるで木刀を振り回しているかのような感覚。

 当初は両手で振り回す武器じゃないのか? と思っていたものが、気付けば片手で振り回せている。


(だいぶ筋肉がついた? ……これだけ振り回していれば、筋肉がついて当たり前だと思うし、この武器って片手剣なわけだから、元々こうして使えるのが普通なんだろうけど……こんなに早く慣れるもの?)


 妙な不自然さを覚えながらブンブン振り回すが、本当に意のままに使っているようだ。


(魔法やスラッシュもそうだな。使っても疲労というものを感じない。本当に回復魔法があればスタミナが維持できてしまう。限界が無いというのはいくら何でもおかしい。俺がまだ、その限界を知らないだけ?……調べる方法がないかな?)


 自分なりに考えてみようと、警戒心を残したまま歩いていく。


 わずか2戦。

 それだけで、良治は3階での生存方法を確立してしまったようだが、色々と疑問が残っているようだ。

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◆現在この作品の書籍版が発売中となっています
web版とは【異なる部分】が幾つかあるので、是非手に取って読んでみて欲しいです。
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表紙
― 新着の感想 ―
[一言] いくら主人公がおバカ設定とはいえ、休日中に、少しはゲームの勉強くらいするのでは? そういうシーンがまったく見受けられません。 Yさんがそういうサジェスチョンをしないのも不自然です。
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