振り回されてはいけない
石像のサイズは3m弱ほど。
体つきは良い。
魔人というからには魔法も扱えるだろうが、主としての攻撃は大剣によるものだと予想。
こうした考えや、今までの経験から作戦を決めていく。
武器への付与属性は、良治が水、須藤が火、香織が風、徹が土、満と紹子が無属性。それぞれの効果を確かめるため複数にわけた。
防御魔法については、近接組は全員土鎧。
後衛組は、リング・シールドを常に使用しつつ闇鎧を選択。
どちらの魔法も洋子や美甘によるパワー込みのもの。
敵を引きつけるのは基本的に満の役割。
ただし、良治や香織がサブ担当となる。
徹が使うアルティメット・チェンジや、須藤のラージ・ランスは切り札的なものであり、彼等はアタッカー要員にまわされた。
香織のミラージュも火力重視のスキルのように思えるが、彼女自身の素早さと分身を操れるという特性を考慮しての配置となる。
火力として言えば魔法職の二人が扱うパワー型融合魔法も含まれるが、まずは、キング・キャットと氷狼を事前に準備。この2匹に加え無敵状態の満で敵の出方を見るのが狙いだ。
紹子が習得したタイム・アローは使えるチャンスがあれば、積極的に使っていく。通用するかどうかは不明だが、それを確かめるためにも試すべきだろう。
良治のスレッドスキルについては、戦場の広さ次第。
デバフについても相談したが、使用するかどうかについては不明。
こうした諸々の事が相談され決められたが、相手の事を把握しきっているわけではない。状況次第では各自が己の判断で動くことになるだろう。
相談が終わると、良治がポーチから竜の尻尾を取り出した。
立て札看板に書かれていたようにすると、石像の目が怪しく光り、壁に穴が開く。そこに上へと続く階段が現れ、目にした良治の頬が緩みだす。
「(いつもの係長っすね)」
「(そうね。楽しそうだわ)」
そんな2人の会話が洋子の耳に入ったようで、小さく笑ってしまう。
彼女の反応に良治が気付き、自分が微笑んでいる事を知る。
真顔に戻そうと頬を撫でようとすると、その背を須藤が軽く叩いた。
須藤が浮かべ見せる笑みは、仲間達の心情を表しているかのようだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『ぴんぽんぱーん。はーい業務連絡の時間がやってきました。ついに19階へ足を進ませ時給が1400円になりそうなプレイヤーが出たよ! はい拍手!』
「……なりそうな」
「無視です! これで勝ちますよ! あんな場所、二度と通りませんからね!」
洋子の意気込みが良い。……というか、良すぎた。
理由について聞くものは誰もいない。
『……って、ここまで来ていつもの調子というのもアレだから、今回は少し真面目に話させてもらうね』
「変わった?」
「突然どうしたんだ?」
何か大事なことを言いそうだ。
そう思えた彼等は足を止め、少年の声に耳を向けた。
『まず1つ。今19階に到着しようとしているプレイヤー達が20階にきたとしても、全プレイヤーを解放したりはしない。それは、辿りつけたプレイヤー達のみだ』
「そういえば、そんな話もあったな……」
「気にしていなかったのか? 何かと期待されていたはずだが?」
「覚えていますけど、俺は頑張るだけですから」
「……」
思っていたよりも、気にしていないようだと徹が知る。
心の中で『なるほど』と呟き、現実に戻ったらチャットルームを使い報告しておこうと考えた。
『次に、僕が噂の係長と接触したのは、ゲームの仕様外。他のプレイヤー達にまで同じことをする気はない。何らかの条件を満たしたら僕との接触イベントが発生するとか、どうして考えるの?』
「そういえば、洋子さんのブログで騒いでいる奴がいたな」
「見たんですか?」
「最近はコメントも見ていて、それでな……。なにか言いたくもなったが、無視しておいた方が良いんだろ?」
「はい。それでお願いします」
良治が見ていると知り、洋子は不安を覚えたようだが、すぐに安堵する。
まだ話は続きそうだと黙ったままでいると、予想どおり少年の言葉が続いた。
『最後に一つ。近いうちに、君達がいる世界に姿を見せることにした。理由については、たぶんその時に分かると思うよ』
最後の内容によって、良治達は口を開き固まってしまう。
そんな彼等の耳にも『じゃあ、19階のボス戦頑張ってね。僕に感謝して楽しむといいよ!』などという声は届いたのだが、誰一人として反応しなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
少年の業務連絡について、書き込みがされていた。
最初は誰かが20階に到達さえすれば全員が解放されると思い込んでいたプレイヤー達によってだが、その後は違う。
管理者が現実の方で何かをするつもりでいるという。
それがプレイヤー達の不安を掻き立てた。
その頃、良治達は……。
「あいつが業務連絡を流すと、気が削がれるな」
「集中が乱されましたね」
「振り回され過ぎよ。せっかくいい感じだったのに」
香織が、不機嫌そうな態度で言う。
彼女の言う通りだと気を取り直そうとするも、少し引っかかった事があった。
「さっきの業務連絡だと、俺達が20階に到達したらって話だったよな?」
「解放条件ですか?」
「あぁ。……という事は、19階のボスを倒して20階に到達したら解放される?」
今になって気にしだしたようだが、これは以前にも言われている。
20階にきたらゲームクリアだと、管理者はハッキリと言った事があった。
……が、
「そうらしいですね……」
「その顔は疑っているだろ?」
「当然ですよ。信用できるわけがありません」
「分かるっすわ」
彼等だけではなく、徹達も疑っている。
掲示板で意見を聞けば、同じような事を言われるかもしれない。
「怪しむのは分かるけど、それより魔人じゃない?」
「……そうだな。そろそろ戦闘準備にとりかかるか」
顔をあげ階段の先をみれば、そこには何度も見てきた出口の光がある。
その光を目にした彼等は気持ちを切り替え、戦闘の準備を始めた。