ゲーム終盤のイベントを舐めてはいけない
6章の開始となります。
時間にして昼前。
まだ雪は降り始めていないが肌寒さが増してきたこの時期であれば、ようやく体が動きやすくなってきたと思える時間帯。
現実ではそうした時間帯であるが、今の良治達には一切関係がなかった。
「いつまで夜設定なんだ」
「フラグを立てるまででしょうね」
「もう、話しかけたくないっすよ!」
「……私だって嫌よ」
18階にやってきた良治達を待っていたのは、勇者歓迎パーティーイベント。
それは今日も続けられており、彼等の服装が前日のままになっている。
男性陣は黒のタキシード姿。
女性陣は白いドレス姿。
現実で着ていた服は、アイテムポーチにしまわれたままになっており、すでに確認済みだ。
4人1組に分かれNPC達に話しかけていた彼等であったが、いい加減ウンザリしており、同様の気持ちであった徹達が近づいてくる。
「こっちでは、進展があったか?」
「変化はないですね……そちらは……」
尋ねている最中に、徹達を見て言葉を止める。
自分達と同じく浮かない顔をしていたからだ。
「キーワードが必要なのは柊さんの言う通りだと思うが、言い当てるコツを掴まないと駄目そうだな」
徹が言うキーワードというのは、NPC達と会話をするために必要とされる言葉。
ただ話しかければ良いというわけではなく、キャラによって反応する言葉が設定されているようだ。
例えば、あるNPCであれば『この国の現状はどうなっているんでしょう?』と話しかける必要があり、そこからさらに話を進めるのであれば、『その話は本当ですか?』という言葉が必要。
救いなのは、勝手に話し合っているNPC達の会話からキーワードを探しあてられることや、ニュアンス的に近ければ良いということだけ。
そこまでは試行錯誤の繰り返しで判明したが、その先が難航している。
「総当たりアドベンチャーを思い出しますよ……」
「洋子さんには、心当たりがあるのか?」
「心当たり……というのとは少し違うかもしれませんが、とにかく出ているコマンドを選択したり、画面にうつるものを調べないと話が進まないタイプのゲームがありまして……」
「……あっ」
「係長? もしかして知っているんですか?」
「……たぶん見た事ならある」
あまり言いたくないのか、良治の声が小さい。
彼が思い出したのは、ゲームそのものではなく、騒いでいた友人の姿。
ゲームカセットを所有していた友人が『すげぇよコレ! 作った人天才だよ! 時代を切り裂いたね!』と大ハシャギしていたことを思い出した。
薦められたこともありコントローラーを握りやってはみた。
しかし、良治には合わなかったらしく、すぐにやめている。
ゲームそのものよりも興奮気味の友人や、漫画などを見ている方が楽しかったらしい。
洋子に言われたことで思い出したのは、そうした出来事の記憶であった。
「いやいや、洋子さん。こういうのって、RPG系のやつの方が近いんじゃないっすか?」
「雰囲気的にはそうなんですけど、システムがちょっと……」
須藤と洋子の会話を耳にしながら徹達を見る。
彼等の顔に、疲労の色が出ていた。
真面目な徹だけではなく、満や美甘も同様で、苛立ってきているのが良く分かる。
「少しの間、休憩所で休んで気分転換でもしませんか?」
「……そうしたい所だが、このイベントを進ませておかないと駄目だろ」
「係長達には期限があるし、早めに済ませた方がいいんじゃないかしら?」
徹と仲良さげに腕を組んでいる紹子が、気付かうように言ってくる。
見せつけるように腕組みをしている理由は、そうしたアクションをすることで何かが変わるかもしれないからだ。場面が場面なのだしというのが紹子の言い分だが、効果があるかどうかは不明。
「期限は気になりますけど、俺はてっきり17階と同じような場所を探索すると思っていましたから……まぁ……」
「それは俺も思っていたが……ん?」
微妙に話が噛み合っていない。
そう思ったのは徹だけではなかった。
理由について察した洋子が良治に尋ねる。
「係長。もしかして、イベントがこれ一つで終わると思っていませんか?」
「……その言い方……他にもあるのか?」
「分かりませんけど、甘く見ない方がいいですよ」
「そういう事か……。係長。ゲームの終盤に発生するイベントを侮らない方がいい。ラストステージに進むためには、幾つかのイベントやクエストをクリアしなければいけないというのはよくある」
二人に念押しされた良治が額に手をあて『また時間がかかるのか……』と呻いた。
洋子が苦笑していると、隣にたつ須藤が何気に聞いてみる。
「今の良く分かったっすね。俺、全然分からなかったっすよ」
彼がそう尋ねると、良治の視線が洋子に向けられた。
そして、互いに微笑みあう。
今までとは違い、心の余裕をもったような笑みが2人の顔に浮かぶ。
何を言われようがどうでもいいという余裕がある態度。
見せつける事を躊躇しない2人の様子に、須藤はピーンとくるものを感じ取った。
「係長あとで休憩所に――ッブ!?」
全てを言い切る前に、香織の裏拳が須藤の顔面へと命中。
香織も須藤の事が良く分かっているのだろう。
ただし、特定の事に関してだけだが。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
再度2手に分かれNPC達に話しかけていく。
昼となったあたりで掲示板を覗いてみると、467達が午後からドラゴン討伐に挑戦することを書いていた。
今度こそ成功してほしい。
そんな期待を持ちつつ、自分達が知った出来事を報告してから、大きすぎるベッドの中へともぐり込んだ。
先々が不安になるイベントに変化が起きたのは、午後の2時すぎあたり。
徹達が近づき声をかけてきた。
「NPC達が騒ぎはじめている。イベントが進んだかもしれないぞ。……ただ、どれが決定的なフラグだったのかハッキリしない」
徹が言うように周囲から、騒めく声が聞こえてくる。
そのNPC達の視線が部屋の奥へと向けられたので、良治も同じ方へと顔を向けると、鼻の下に立派な黒ひげを生やした男が立っていた。
見た良治が渋い顔つきをしてしまうのは、その男の頭に髪が一切なかったから。
社長の友義と背格好も似ており、あまり関わり合いたくないなぁ……と思ってしまう。
徹がフラグについてハッキリしないと言ったのは、複数のNPC達と話をしていたから。そのうちのどれか一つだったかもしれないし、あるいは複数だったという可能性もある。
『皆さま、今宵はここまでです。勇者様達も我々との仲を深めて下さったことでしょう』
いや、まったく。
そんな言葉が自然と良治の中で浮かんでくる。
口にして言う気は無いが、顔には出してしまった。
『これにて勇者様達の歓迎パーティーを終わらせていただきます。では、皆さま、我らが国の未来と、勇者様達の栄光を祝し、今一つ乾杯をよろしくお願いします』
そう言い、手に持つワイングラスを上げる。
黒ひげの男が乾杯の音頭をとると、NPC達がこぞって手にしていたグラスを上げ同じ声をあげた。
「終わったか?」
「そうだと思いますけど……」
「何でもいいから、人数を減らしてくれないかしら?」
香織の言う事に同感だと頷きながら待つと、唐突に周囲が暗くなった。
これまであった謎の光源すらなく、一瞬何が起きたのかと驚いてしまう。
明かりがすぐに戻り、仲間全員が傍にいることは確認できたのは良いが、今までいたNPC達が全員消えていた。
呆気にとられていると、一人のメイドが広間に入ってくる。
その彼女が頭を一度ペコリと下げると、
『勇者様達に申します。もうじき、王との謁見が始まりますので、準備のほどよろしくお願いします』
良治達に向かってそう告げ、ニコリとした笑みをみせるが、その表情のまま彼女は動きを止めた。