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3階建の鉄筋アパートに住まう良治の部屋は206号室だ。
壁は薄く、妙な声が隣から聞こえてくる時があるが無視をする。
窓を開け見れば、車が走っている国道がみえる。
夜になると暴走族が走り鳴らすサイレンの音に起こされる事もあり、怒鳴りに行きたくなるが、そんな事はしない。命は大事にしよう。
「これか。これが理由なのか……呆れた話だ」
ネット上で騒がれていると聞き、日曜の朝に調べてみる事にした。
その結果、良治は言葉通りの顔を浮かべてしまう。
何故かと言えば、自分と洋子が探されている理由が、作っている迷宮地図にあったからだ。
「帰ってきたら描いた地図は消えている事を知らないのか?」
ノーパソを前にし顔を伏せる。
両手で頭を抱えこみ「どうしてこうなった?」と呟き洩らした。
地図が消えている事は、2日目には書き込んだはずなのだから、知られているはず。
「……もしかして、掲示板の流れが異常に早かったから?」
フッと思い出したのは3日目の掲示板の番号。前日と比べ一気に進んでいたのを思い出す。
迷宮スマホでも、過去の掲示板を見る事が出来るのだが、あまりに進んでしまった場合、どこに何の情報が書き込まれたのか探すのは大変だ。
開始早々から情報の流れが早かったのだし、全員がいつも見ているわけではないだろう。もしかすれば、帰ってきたら地図が消えているという話を見逃した人が情報を流してしまったのだろうか?
あり得なくはないが、地図が消えている事を誰も言わなかったというのは不自然だ。
あるいは言われているが、聞く耳を持たなかった?
……すでに騒がれている今となってはどうでもいい話かもしれない。
そう、思考を切り替え頭を上げた。
「迷宮掲示板に書き込むだけじゃ、その時見なかった人には間違って話が伝わりそうだな。……こっちのネット上に宝の配置図ぐらいは残しておけないか?」
情報をまとめて置けるような手段があれば、助かるんじゃないか?
明日になれば迷宮へと連れていかれるし、それまでになんとか、1階と2階の宝の配置場所だけでもネットで公開できれば……
そこまで考えこむが、良治はその方法を知らないわけで、ならばとスマホの出番となる。
トゥルルー…ガチャ。
「もしもし、洋子さん? 今いいかな?」
『はい、なんでしょう? 今ちょっと手が離せないんですけど』
「忙しいのか? ならいいよ。宝の配置図をネットで公開しておけないか聞きたかっただけだから」
『手が空きました』
「……」
即答された事に、良治は黙るという反応をしてしまう。
色々言いたい事はあったが、それを聞いた所で無意味だろうと悟り、無機質な天井を見上げ感情を抑えた。
『宝の配置図の事ですね。ええ、分かっています。あれを公開したいんですよね? もちろん騒がれているのも知っています。そして私には公開する手段があります!』
「そ、そうか」
『お任せあれ! ぜひやりましょう!』
「……君もしかして現場でもその調子?」
『何を言いますか。現場や会社では抑えているじゃないですか。私を現場に初めて連れて行ったのは係長ですよ。忘れたんですか?』
「それは覚えているけど、あの後から変わったのかなー…と」
『そんな事はありません。公私の区別はつけるようにしています』
本当だろうか? とスマホを手にしたまま、少し考えこんだ。
現場から洋子の悪評は聞こえてこないし、大丈夫だろうとは思っているが、こうした話をきくと不安にもなる。
『係長? どうかしました?』
「いや……それで、俺はどうしたらいい?」
『先ほどの話ですか? 係長ってスキャナーを持っていましたよね?』
「10年以上前のならあるぞ」
『……10年。動きますか?」
「失礼な。大丈夫だ」
そう伝えた後、部屋の隅を見ると、半年ほど前から紫の布地をかぶせたままになっているスキャナーがある。
(……大丈夫だよな?)
ここ最近、使った記憶がないが、おそらくは大丈夫だろうと判断。根拠は一切ない。
『最近はプリンターと一体型になっているのが1万円以内で買えますよ?』
「知っているが、どっちもまだ動くから買い換える必要性を感じないんだよ」
『……まさかと思いますが、そのプリンターやスキャナーってどこからか拾ってきたものじゃないですよね?』
「そんなわけがあるか!」
思わず怒鳴ってしまうと、隣の住人が壁を一度軽く叩いた。
これ以上大きな声をだそうものなら、殴りつけられるかもしれない。
『係長って時々使えそうにない資材とか拾ってくるじゃないですか。スキャナーも、もしかしてって思ったんですよ』
「拾ってくるとしても、せいぜい家具ぐらいだぞ。電化製品まで手をだすわけがないだろ」
『……あ、はい。わかりました』
そういう洋子の声は、どこか諦めきった類のものであった。
良治本人が言うように、彼の部屋には燃えないゴミ置き場に出されていた食器入れやら、ハンガー掛けなどがある。もちろん捨てた本人に許可をとってもらってきたものだ。
『とりあえず、宝の配置図を書いて、スキャナーで読み取ってください。あとは私にデータを送ってもらえれば処理します』
「処理ってどうするんだ?」
『ブログを作って載せます。ただし、今日じゃありません』
「今日じゃない? なぜ? 早い方が良いだろ? 明日には、また迷宮だぞ」
『今載せない理由は、テストプレイヤー以外に見てほしくないからです。鍵つきのブログ……いえ、特定の人達のみが見れるようにしたいんです。そうでないとサーバーが落ちる可能性がありますから』
「そこまでなのか? いや、早々落ちないだろ?」
『係長の言う通り、すぐに落ちないように出来ています。なのに、ここ数日は関連情報サイトでサーバーダウンが発生しているんですよ。そして、彼等が今一番求めているのは迷宮の新情報。これを閲覧フリーで流した場合どうなるでしょう?』
「……そういう事か」
『すぐにはならないようにしますけどね……それでも時間の問題かもしれません。それに偽情報扱いしてくる連中もいるかもしれないし……色々面倒なんですよ』
洋子の発言に、良治の口が開かれそのままパクパクと魚のように動かした。
自分が得た情報だけで、そこまでの騒動が起きるとは予想していなかったのだろう。
「……分かった。もう好きにしてくれ。後で、洋子さんのスマホに送ればいいんだな?」
『はい。それでOKです』
「じゃあ、配置図を書いたらデータ化しておくるよ。モノクロでもいいよな?」
『ええ。では、それでお願いします。では』
「うん。じゃあな」
プチ…ツーツー。
電話が切れると、良治が動き出す。
ここの所使っていなかったスキャナーから紫の布地を取り除き電源をいれる。
ウィーンという音がガラスケースの下から聞こえ、同時にライトの光が発光すると、良治の顔を照らした。
まだ動く。大丈夫だな。思えば、結構使い込んだものだ、とボディーを軽く撫でる。
今ではすっかり色落ちしてしまったスキャナーだ。
たしか入社してから3年目ぐらいに買ったはず。あの頃は色々と大変だった。
少しだけ昔の事を思い出すと、もう少し頑張ってもらうかと軽く叩いてから、宝の配置図を書き始めた。