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ドレスアップ

 いち早く駆け寄ったのは、須藤であった。


「香織さん最高すっよ! ……写真いいっすか?」

「馬鹿なこと言ってないで、何か分かった?」


 香織は須藤の賛辞よりも、飲食物を前に立つNPC達の方が気になるらしい。


 入ってきた彼女達は、全員が肩を出した白いドレス姿。

 下に伸びたロングスカートには、少し色が違う糸で刺繍が施されていた。

 須藤が香織を褒めたたえた言葉は彼女ばかりではなく、他の3人に対しても同じことが言えるだろう。

 若く可愛らしい美甘。

 成人女性としての落ち着いた魅力をもつ紹子や洋子。

 彼女達の前に立つ男性陣は、心穏やかではいられない様子。


「……」

「係長?」


 良治は、ただ見惚れていた。

 須藤のような褒め言葉は勿論として、綺麗の一言も口にだせずにいる。

 彼が何を思っているのか?

 仲間達が良治の気持ちを察するのは容易であった。


「徹も、係長を見習ったら?」

「俺は俺なんだろ? それは無理だ。……まぁ、綺麗だとは思う」

「あら、ありがと」

「……本当だ」

「……そう。良かったわ。あなたも似合うわよ」


 ごく普通に本心を言い合う二人もいれば、


「いいんじゃないか?」

「それだけ? 係長のように見てくれてもいいじゃない」

「そうしてほしいなら、柊さんのように素直になれよ」

「素直じゃないのは、満君じゃない!」

「俺が? いつも素直ですけど?」

「それどういう意味!」


 何故か喧嘩腰になりつつある二人もいた。

 それぞれが違った雰囲気を出していると、立ち並ぶNPC達が騒ぎ始めた。

 振り返り見れば、豪華な衣装を身に着けた年老いた王が階段から降りてきている。


『みな静まれ。今宵の主役は、勇者様達だ』


 威厳のある声で言い腕を一振り。

 すると、人々が一斉に左右に分かれ始める。

 中央にできた道を王が歩き、良治達の元へ近づいてくると感心したような顔を浮かべながら良治達を眺めた。


『よくお似合いですな。さすがは勇者様達といったところでしょうか?』


 声音に重みといったものが感じられない。

 人々を静めた声には威厳が感じられたが、今は別人のよう。


『分からぬことばかりでしょうが、今宵は勇者様達を歓迎するための催し。詳しい話は明日として、今は楽しんでくだされば良い』

「……明日ですか?」


 我慢しきれず良治が口を開くが、王は反応しない。

 そのまま片手をあげ微笑みんだまま人々の中へと戻っていった。


「……どうもなぁ」

「係長は、こういうのが苦手だと思います。峯田さんが相手をしてはどうでしょう? 上手くすれば情報を引き出せるかもしれませんよ」

「俺が? ……まぁ、出来なくはないと思うが」

「あれだけの芝居が出来たんだし、徹なら簡単でしょ?」


 紹子の援護射撃が入る。

 それを言われては、徹に反論する事は出来なかった。


「分かった……。係長は、本当に苦手のようだしな」

「すいません。どうも気持ち悪さが先にあって……」

「芝居が出来ないとかそういう事じゃないのか?」

「それもありますけどね」


 良治が言った通り、彼は学芸会に出ると木の役などをしていた。

 セリフを覚える事は出来ても、芝居が下手すぎたからだ。

 そうした性格を知っている友人達からは『良治だからしょうがないだろ』と言われた事もある。


『さぁ、飲め、騒げ、今宵は無礼講なるぞ!』

『王の許しがでた。さぁ、勇者様たちを歓迎しよう!』


 声を張り上げ叫ぶ王のあと、一人だけが続いた。

 皆が一斉に手にしていたグラスを持ち上げ乾杯をし始める。

 そうした光景を見ていた良治は、自分が劇中の中に紛れこんでしまったかのような気持ちになった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



(疲れた……こういう疲労感は久しぶりだな)


 NPC達が騒ぎ始め談話を再開したが、最初の時と内容が変わらなかった。

 最初は聞いていた良治であったが疲労感が増してきた為、大広間から出てすぐ近くの壁に背をつけ休んでいる。


(管理者のやつ何が楽しくて、こんなイベントを作った?)


 口にはしないものの心の中では別。

 今までと違い過ぎた雰囲気のせいなのか?

 それともNPCに囲まれたのが嫌だった?

 理由は分からないが、不満ばかりが高まってきている。


(4人1組でいるように言っておいて、俺が1人でいるのもマズイんだが、このままだと皆にも迷惑をかけそうだしなぁ……何か……あっ!)


 そこで掲示板の事を思いだした。

 ゲームが始まって以来、何度も精神的な部分で助けられてきた掲示板を覗けば、この苛立ちも静まるだろうか?

 そう考えスキルを発動させようとした時、洋子が広間から出てきて近づいてきた。


「係長。ここでしたか。みんな心配していましたよ」

「悪い。迷惑かけそうだったからつい……」


 発動させかけたスキルを中断させ、彼女を見つめた。 


「また、そんな目で……」

「……あっ。いや、何て言うか……」

「いえ、悪い気はしないんですけど……少し照れますよ。こういうのってもう少しこう……」


 小声でそう言いつつ洋子が自分の胸に手をおくと、良治は顔を和らげた。

 

「十分、似合うよ」

「そ、そうですか? ……係長が良いならそれで……」


 洋子が、うつむき恥ずかしそうにする。

 そんな彼女の前で、良治は頬に指をあて軽くかいた。


「……名前で、呼んでくれないのか?」

「あっ」


 今は二人きりだ。

 そんな時は、名前で呼びたいと言い出した洋子が忘れている。


「言い慣れていないもので、つい……」


 中々どうして急には難しいものだろう。

 彼女の気持ちも分かると、良治は苦笑する。

 そんなやりとりをしていると、大広間の方から音楽が流れ始めた。

 心の疲労を癒すかのような、ゆっくりとしたメロディー。

 弦楽器の音色が実に心地よい。

 聞き入っていると洋子の手が伸びてきた。


「踊りませんか?」

「……俺はそういうのをしたことがないぞ?」

「やっぱりそうですか。新人の頃からついて歩いたので、分かっていました」

「ついて歩いたのは新人の時ぐらいだろ?」

「……でも歩いていたんです。……いつも見ていました……」

「?」


 何を言いたいのか分からないと困惑する良治であったが、その手を洋子が掴む。

 少し距離を縮めると、可愛らしい笑みを見せられた。


(勝てないなぁ…)


 その笑みに抗う術を良治はもたない。

 誘われるがままに近づき踊り始めた。


 最初はギコチナク。

 次第に、テンポに合わせていく。

 流れるメロディーに身を任せ、揺らぐように体を動かした。


「……現実でもこんな事が出来ますかね?」

「出来るさ……。いつかな」

「……はい」


 その日がいつになるかは分からないが、今の良治に言えることは、それだけであった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「少しの間、また任せるよ」

「御心のままに」


 良治達が踊り始めた時、青年を呼び出した少年が部屋から姿を消す。

 彼がそうした行動をとった理由を青年が察したのは、スクリーンに映されたままの良治達を見た時のこと。


「まさか彼等と接触を?」


 青年の推測があっているのかどうか?

 それは、すぐに分かる事になった。


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web版とは【異なる部分】が幾つかあるので、是非手に取って読んでみて欲しいです。
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