いまごろ!?
「見ての通りだ。ふざけた奴だとは思うが、今さらだろう。それより、どうする?」
先に来ていた徹にそう尋ねられた良治は、ボリボリと髪をかきむしった。
「係長。もしかして嫌なんですか?」
「……なんというか、こう……」
「嫌な予感がするのは分かるが、ここまで来て引き返す理由にはならないだろ?」
「そうなんですけどね……」
徹が言いたい事は分かる。
分かるのだが、良治は今まで以上に嫌な予感がしてならなかった。
(絶対何かある。こいつが何もしないわけがない)
それだけは確信を持って言える。それは他の仲間達も一緒だ。
しかし先に進むために頑張ってきたのだし、徹が言ったように引きかえすという選択はない。
「はぁー…行きますか……」
「気持ちは分かりますけど、そんなに肩を落とさないで下さいよ」
「洋子さんの言う通りだわ。どうしたの? いつもの鈴木さんらしくないじゃない」
確かにそうだと良治も思う。
階を進む度に、その先に何かあるのかと気になり年甲斐もなく心が弾むようになっていた。絵画の下にある文面が無ければ、今回も同じような気持ちを味わったかもしれない。
その文面が原因だろうか?
あるいは、全く別の理由がある?
とにかく良治は……
(今すぐ回れ右して帰りたい)
そうした気持ちで一杯になっていた。
理由が分からないから説明もできない。
当然、仲間達を説き伏せるなど無理だ。
むしろ不安にさせてしまうだけだろう。
(……しっかりしろ俺)
気合を入れなおし背筋を伸ばす。
『いこうか!』と言い笑顔を見せようとするが、誤魔化し方が下手な良治は、自分の素直な心情を顔に出している。
「そんなに嫌なの? 鈴木さんが、そこまで嫌がるなんてホント珍しいわね」
「なんなんすかね? 俺も不安になってきたっすよ」
「洋子さん、理由が分かりませんか?」
「私にも……」
美甘に尋ねられた洋子も困惑気味。
良治が先へと進みだすが、足取りが重い。
それは良治ばかりではなく、仲間達も同じ。
まるで良治の不安が伝染したかのようだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
絵画の中へと進んだ良治が見たのは、暗いトンネルのようなもの。
遠くに見える光が無ければ、閉じ込められたようにすら思えただろう。
出口と思える光を目指し進んでいくと、業務連絡が流れ出した。
『ぴんぽんぱー……あれ? どうしたの?』
管理者の声が聞こえたと同時に、全員が耳を塞いでいる。
周囲から響く声が、鼓膜をやぶりそうなほどに煩かったからだ。
『あー…ごめんごめん。ちょっと調整するね』
その調整が済む前の一言が、さらにダメージを与えてくる。
まさか、こんな嫌がらせが仕掛けられているとは誰も思わなかった。
『テステス……これで……うん。大丈夫そうだね。じゃあ、始めようか』
「好きにしろ」
「係長、ほんと元気ないですね?」
隣に寄り添うように洋子が近づくが、良治は苦笑するばかりだ。
『18階へと進み始めた1350円プレイヤー達が出たのでその報告ね。たぶん戸惑うだろうけど、楽しめるとも思う。慣れればかなり快適な場所だよ。じゃあ、ゆっくり……』
終わったか。
そう思えた業務連絡であったが、さらに続いた。
『……って、忘れるところだったよ。18階に到達したプレイヤー達には、迷宮スマホに簡単な撮影機能がつく。あと、撮った写真は掲示板に張れるので、見せびらかしてみてもいいんじゃないかな? じゃあ、そういう事だから。僕に感謝してね!』
「撮影?」
「今頃ですか?」
「おいおい、本当に今頃だな……」
「そうね……。まぁ、悪くはないけど、必要って感じもしないわ」
「香織さん、あとでツーショットでも……」
「却下。それより、早く行きましょ」
「へぇー…って、美甘。お前まさか、その為に固有スキル使わないよな?」
「駄目……かな?」
足を止めたまま、各自が様々な事を言いあう。
今さらとも言えるような追加要素だが、不安を覚えるような事でもない。
一安心した彼等は出口へと向かって、再び足を進ませた。
次第に明るさが増し、出口が広がっていく。
最後に眩いばかりの光が全員を包んだ。
目をカバーするように腕をあげていた彼等が次に見たもの。
それは絵画に描かれたような謁見の間。
『よくぞ来られた、勇者たちよ!』
宣言するかのように声を上げたのは、玉座に立つ老齢の人物。
黄金色の王冠を頭にかぶり、背には赤いマントを。
衣服に施された装飾は派手なもので、彼の年齢を隠そうとするかのよう。
王の声を合図に、周囲に立ち並ぶ人々から拍手と歓声が湧きあがり、どこからともなく色とりどりのテープが飛んできた。
「今になってこれかよ!! ふざけやがって!」
唖然とする良治の背後にいた須藤が、吠えるような怒鳴り声をあげた。
「徹。なにこれ? 分かる?」
「……たぶんイベントだ。しかも、今頃になって勇者だと? こういうのは最初にあるべきじゃないのか?」
徹が、苦悩しているかのような声で紹子にそう返した。
満は多少興奮気味だが、美甘は怖がった様子で、彼の背に隠れている。
『皆、宴の準備だ。勇者様達を歓迎しようぞ!』
老齢の王が大声で叫ぶと、立ち並ぶ人々の間からメイド服を着た女性たちが現れ良治達を囲み始めた。
『まずは、お召し替えを』
「その前に説明をしてくれませんか?」
『女性の方々は、私どもがお世話をさせていただきます』
「いえ、着替えはいいですから」
『男性の方々には、別に部屋を用意しております。私共にご案内をさせてください』
「そういうのは不要だと……」
「係長、この人達NPCですよ」
「そうっすね。何を言っても、決められた事しか言わないっすよ」
「NPC?」
聞いた覚えがあると、自分達に群がり始めたメイドたちを見た。
誰も彼もがニコヤカな顔をしており、危害を加えてきそうな素振りを見せない。
その笑顔から、良治は不気味さを感じてしまう。
「……トリスか?」
「そうです。アレと一緒です」
「まるで喋るマネキン人形に囲まれている感じで、嫌な気分ね……」
香織が言った通り人形のようだと、良治にも思えた。
18階に来る前の嫌な予感。
まさか、これのことだったのだろうか?
そう思えてしまう程に嫌悪感が湧いてくる。
「どうする? これがイベントだとすれば、19階に通じる為の流れかもしれない」
「そうなるんですか?」
「分からないが……柊さんは、どう思う?」
「私は……」
そんな会話をしている間にも、彼等を囲んでいるメイド達がニコニコとした笑顔をしながら見つめていた。
良治達が行動を起こすのを待っているようだが、それは周囲にいるNPC達も同じ。拍手は止まっているが、何かを話しだしている様子もない。
「危険はなさそうですし、とりあえずイベント進行にのりませんか?」
「そう……だな。ただ……」
洋子の提案にのりかけた良治であったが、普段以上に警戒心を強めた表情をしながら言う。
「絶対一人にはなるな。少なくとも四人一組で動いてくれ」
「はい」
「もちろんだ。紹子もいいな?」
「ええ。香織さんを頼りにさせてもらうつもりよ」
「私?」
「私達の中で一番早く動けるし、何かあったらお願いしたいの」
「……そうね。でも……」
紹子に返事をしつつ、香織が自分達を囲むメイドたちを見る。
彼女にしては珍しく、気が進まない表情を見せていた。
「どうしたんすか?」
「……私の職場にもマネキンがあるのよ……だからでしょうけど、こういうのはちょっと……ね……」
自分達を囲むメイド達を見て香織が不気味がる。
そのメイド達の表情が、ニコニコとしたものから変わったのは、良治達が動きだしてからであった。