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気配の正体

 食後のお茶を飲みつつ洋子に、何を感じて怯えていたのか尋ねてみた。


 彼女が感じたのは、まとわりついてくるような気配。

 遠くから見られているようにも感じられたし、すぐ近くにもいるように思えた。

 気になるような足音といったものはなく、絶えず嫌な気配がついてくる。

 身震いすら始まり、無我夢中でアパートに走って逃げ込んだらしい。


「良治さんはどうでした?」

「ほとんど同じだよ。俺もそんな感じだった」


 お茶が注がれた茶碗を見つめながら考える。


 喫茶店に入ってからは、何も感じてはいない。

 そして彼女の方では感じた。

 だとすれば、その気配の相手が狙ったのは洋子?

 その理由は?

 

「……先日の事が原因か?」

「何の事です?」

「ほら、ブログの件だよ。逆恨みされたとか言っていただろ。ソレじゃないのか?」


 言われた洋子が目蓋を二度三度と閉じる。

 ブログの件は覚えてはいるが、良治が何を言いたいのか分からない様子。

 また怯えさせてしまうだけのようにも思えたが、自分が考えたことを伝えてみた。


「偽情報扱いしてきた人が、私を狙った。そういうことですか?」

「そう。ありえないか?」


 良治がそうした事を思いついたのは、かなり以前に似たような話が迷宮掲示板であったから。話の内容についてはあまり覚えていないが、身バレに関係していたことだけは記憶にある。


「……そういった話は聞くことがありますが、本当に稀です。特定されるような個人情報を流した覚えはありませんし……仮にハッキングされていたのだとしても、あの気配は……」

「それもそうか……」


 洋子に言われ、そのことを失念していたことに気付く。

 感じた気配は、普段感じるようなものではない。

 もし考え通りなら、洋子が、あそこまで怯える事は無いだろう。


「だとしたら、やっぱり管理者側だろうか?」


 徹が言っていたように、管理者側がゲームや現実に関係なく動けるのならありえなくはない。感じた気配も異質なものだったし、そう考えた方がシックリくる。

 良治の考えは洋子にも分かるのだが……


「どうなんでしょう……」


 迷いがあるかのように洋子の眉が寄っている。

 良治の考えは分かるが、同時に友義が言った事も理解していたからだ。

 毎日のように誘拐行為をしているのに、今の自分達を尾行する意味が分からない。


「管理者の目的が分かれば、色々繋がるようには思えるんですけど……」

「目的か……そういえば、さっき……」


 洋子のつぶやきを聞き、テレビを見ながら考えたことを軽く話す。

 ただし、結論として出した会社員への販売目的という部分は抜かしてのこと。

 笑われたくなかったというのもあるが、洋子なりの結論を聞いてみたかった。


「説明会?」

「あるいは体験会? それともプレゼン? 何でもいいが、俺達が経験しているのが、そうしたものだとしたら洋子さんはどう思う?」

「そうですね……」


 良治から話を聞かされた洋子は、少し顔を下げた。

 手にしている小さな茶碗を軽く廻し、考え込む様子を見せている。

 何かしら別の結論が出るかもしれない。

 そう期待した良治であったが、彼女が思う事も似たようなものらしい。


「お金が目的……なわけがないですよね」

「だろうな」


 自分達に支払われている金銭の事を考えれば、それは無いと思える。

 もしそれが目的なら、こんな遠回りの手段を取る必要性は無いはずだ。

 良治が馬鹿らしいと思えた理由もそこにあるし、口にした洋子も同意見の様子。


「まぁ、テストと言っていますし、体験会や説明会ではないと思いますよ」

「テストしたいのは俺達の反応なんだろ?」

「……それは……まぁ、そうなんですけど……うーん……」


 洋子の頭の中で、推測の迷路が出来上がり彷徨(さまよ)い始める。

 自身の仮説によって出来た迷宮は、道がありそうで無いようなもの。

 根幹にある自分の仮説が、そもそも間違っているようにも思えてきて、さらに迷いだす。

 その迷いを振り払い為なのか、あーでもない、こーでもないと良治と話し合った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 アパートから光が消えたのは24時を過ぎた辺り。

 そんな時間に、彼女のアパートを路上に駐車してある灰色の乗用車から見つめる者がいた。

 身を包んでいたのは薄黒いスーツ。

 髪はブロンドで、日本人ではないことが一目でわかる容姿。


 そんな男がスマホを手にし、どこかに電話をかけた。

 相手が出ると、流暢な英語で話し始めたがピタリと止まる。

 話を止めたのは、誰もいなかったはずの助手席に、いつのまにか白い服を着た男がいたからだ。


「Who!?」

「静まれ」


 気が付き声をあげたが、突如現れた男の一言で動きを止める。


「あの二人の事は忘れ、母国に帰れ」

「……Yes」


 運転座席にいた男がコクリと頷く。

 スマホの受話口の方で、騒ぐ声が聞こえたが、それが耳に入っているのかどうか怪しい目つき。

 白い服を着た男が乗用車から降りると、静かなエンジン音を出し走っていった。


 夜更けの路上で、降りた男が両目を閉じると、頭上に光の輪が出現。

 

(こちらは終わりました)

(確認しています。向こうも終わったようですので、ひとまずは安全でしょう)


 思念を返してくる相手は、少年の隣によく立つ青年。

 返答がされた男は夜空を仰ぎみるように顔をあげ、会話を続けた。


(……気になる事があるのですが、よろしいでしょうか?)

(何か?)

(鈴木良治、柊洋子の両名が、我々の気配()()反応し始めています。これについて対処は必要ないのでしょうか?)

(その事でしたら問題ありません)

(では、計画の内だと?)

(いえ、違うようですが、これはこれで面白いと言っておられました)

(……しかしそうなると再調査の方は?)

(中止です。これ以上はテストプレイに支障をきたすと判断されました。人間達が2人に手を出す前に止めた意味も無くなります。貴方も戻ってきてください)

(分かりました。全ては御心のままに……)


 最後にそうした思念を飛ばすと、男の体から淡い光があふれ始める。

 光が全身を覆うと、男の姿が忽然と消え去った。

 その場を、冷たい風が吹き抜けていく。

 秋が終わり、冬が訪れ始めた、そんな夜のひと時の出来事であった。

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web版とは【異なる部分】が幾つかあるので、是非手に取って読んでみて欲しいです。
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