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何はともあれ腹はへる

 夜の9時過ぎ。

 台所に立つ洋子の姿がある。

 こんな時間に彼女がフライパンを持ち、嬉しそうに料理をしているのは2人とも腹が減ったからだ。

 

 そう2人。

 洋子が作っているのは、自分の分だけではない。

 テレビを見ている良治の分もだ。

 遅くなる前に帰ろうと思っていた良治だが、何故か(・・・)こんな時間に夕飯をご馳走してもらう事になった。


 そんな彼が現在見ているのは、とある討論番組である。 

 

『国会はいつまで討論を繰り返すんでしょうね? ほとんど何も出来ていないじゃないですか。警察は動いているようですけど、被害者達の名簿を作っているだけでしょ?』


 声を上げている男は、確か芸能タレントの一人だったはず。

 漫才コンビの片割れだったと思うが、名前は何といったか?


 思い出せないまま話を聞いていると、向かって正面にいる髪の薄い男が反論を始めだす。よくよく見れば、男が座る席の前に青いプレートがあり、政治家の一人だという事が分かった。


『その名簿が大事なんでしょう。何をするにしても、誰が被害者であるかを確認しなければならないわけですし』

『いやいや、数十万人もいるんですよね?』

『現時点では二十万人程が確認されたようですね』


 そこまで聞いて、良治は『二十万?』と呟いた。

 数十万人とは聞いた事があるが、そこまでしか知らなかったからだ。


『それは警察の方で調査して確認出来た人数ですよね? 本当はもっといるんでしょ? ちゃんとした名簿を作るのに、どれだけの時間がかかるんですか? そんな事より、会社員だけが被害にあっている理由について調べるのが先決では? 違いますか?』


 言うなぁ……と、見ていて良治は思う。

 管理者が何故会社員だけをテストプレイヤーにしているのか?

 それは気になる部分だし、知りたいとも思う。

 しかし、それをどうやって調べろというのだろう?

 

(色々聞いて回っているらしいが、質問されても困る)


 自分が聞かれたらどう返事をするだろうか?

『会社員を使って遊びたいだけじゃないですか?』

 せいぜいその程度の返答?

 業務連絡を聞くたびに感じたことからの返答でしかないが、目的がそれだと断言できる自信はない。


(洋子さんの話だと、色々と計算した上で作っているイメージだ。そこまで手間暇かけて作ったものを、遊ぶだけに使うってシックリこないんだが……)


 スラッシュが近接職にとっての餌かもしれないという可能性。

 強くなっていく度にゲームが楽しくなっていく感覚。

 そうした幾つかの事が計算されたものだとしたら、ただ会社員を使って楽しみたいという理由では、どうしても納得できない。


(本人はテストと言っていたが……)


 テストと聞き、良治が思い浮かべるのは新素材や新たな工法の説明会。

 あるいは新発売された重機の展示会といったもの。

 そうした説明会や展示会というのは、共通した目的があって開催される。


(目的が、同じじゃないだろうな?)


 ゲームのテストと言うが、洋子の推測ではバランスを重視しているわけではないらしい。管理者が知りたがっているのはプレイヤー達……いや、会社員達の反応。


 ならば?

 会社員達に何を求める?

 もし自分達が経験しているのが、ゲームの説明会に近いものだとするならば?

 その先にあるのは……


(――無いな)


 管理者の目的が、会社員達へのゲーム販売。

 そんな事が思い浮かんだが、すぐに頭を振って消した。

 幾らなんでもそんな訳がないだろう。

 会社員達を捕まえて、ゲームの説明会をし、そして売りつけたい?

 こんな事を誰かに言ったら、笑われるに決まっている。


 自分で考えておきながら、あまりに馬鹿らしいと思っている良治の前で、番組が続いていた。


『あなた、まるで私が警察にそうした指示をだしているように言っていますが、私は一言も言っていませんからね?』

『元は関係者でしたよね。今でも裏で繋がっているのでは?』

『そんなわけないでしょ。勘繰り過ぎですよ。黙って芸能活動でもしていなさい』


 その時、芸能タレントが立ち上がってテレビ画面の方に顔を向けた。


『ちょっと聞きましたか! 政治家が言う事ですか!? 芸能人を馬鹿にしている! なんですかこの人!』


 まるで鬼の首をとったような表情だ。

 そうした言葉を引き出したかったのだろうか?


(……)


 馬鹿らしくなり黙ってテレビリモコンを掴みチャンネルを変え始める。

 洋子が『良治さん、炒飯が出来ましたよ』という声を出したのは、ちょうどその時であった。


 とりあえず空腹を黙らせよう。

 そして洋子が怯えた状況について尋ねてみようと思う。

 自分だけではなく、彼女も何かを感じたと言うのであれば、勘違いの類ではないはずだ。


「どうしたんです? 口に合いませんでした?」

「……えっ? いや、美味いよ。うん」


 考え事をしながら食事をしていた為なのか、難しい顔をしていた。

 また一人で悩んでいると怒られる前に、炒飯の味を堪能しよう。

 今はそれだけでいいと、手と口を動かした。


 この日から、洋子は2人だけの時のみ、良治を名前で呼ぶようにしたらしい。

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web版とは【異なる部分】が幾つかあるので、是非手に取って読んでみて欲しいです。
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