奇妙な気配
(機嫌が悪すぎる。何かあったか?)
空気が重い。
会議室に入るなり感じてはいたが、休職の件を口にしてからというもの更に重くなった。
何故、最初から不機嫌だったのか?
理由に心当たりがない良治は、誰かが行った手抜き工事が発覚し社長の耳に入ったのではないだろうか? などと全く別の事を考えてしまう。
考え違いをしている良治の前に、彼が提出した報告書類が置かれた。
「あまり進んどらんな」
友義が不満そうに言うが、内容のほとんどは読む前から把握済み。
467からある程度は聞かされているので、その情報合わせだ。
裏事情を知らない良治は、説明をしようと口を開きかけたが、友義が手をあげ止める。
「言わんでいい。部長から聞いているが、頑張っているらしいな」
不機嫌な顔つきを変えないまま友義が言うと、良治の視線が浩二へと向けられた。
浩二にとってみればいい迷惑でしかない。
それでも彼は自分の内心を顔に出さず沈黙を守る。
浩二とは正反対に、友義の方では内心を隠さず話を続けた。
「しかし前と比べれば、かなり遅く……いや、その前に………」
言いかけた言葉を自分で止め、浩二を見る。
彼は友義の意思を汲み取り、自分から説明を始めだす。
浩二の口から会社にきた謎の男について知らされると、良治は驚きを隠すことが出来ず大きく目を見開いた。
「なぜ隠していたんですか!?」
「悪かったと思うが、君達を迷宮に専念させた方がいいという判断からだ」
そう判断をしたのは誰だろうか?
考えた2人が目つきを細め、友義を睨みつける。
「気概は良いが、向ける相手が違うな」
「その向けるべき相手の事を知るために、教えてくれても良かったと思いますが?」
「……ほー。では、係長も怪しく聞きまわる男と、管理者と呼ばれる奴に繋がりがあると思うのか?」
「えぇ。それについては報告書にも書いたはずです」
「今までのことからの推測がそれか? しかし、聞いて回っている理由はなんだ? 毎日のように君達を連れて行っている連中が、なぜ会社に来てまで調べようとする?」
「それは……」
友義の尋ねに、良治は言葉を詰まらせた。
「分からんだろ? 俺も分からん。その分からん事を君達に伝えても惑わすだけと思わんか?」
「「……」」
良治と洋子が押し黙るが、友義の迫力に負けたからというわけでは無い。
2人が黙っているのは、問われた理由について考えこんでいたからだ。
会社にまで来たことと、プレイヤーが会社員ばかりということに関係は無いだろうか?
洋子の考えによると、管理者が一番テストしたがっているのはプレイヤー達の反応らしいが、それが関係している可能性は?
黙り込んだまま考えている2人を見て、友義が少しだけ表情を緩ませた。
「俺の気持ちが分かったようだな。とにかく君達は迷宮について……」
多少得意げ気になっていた友義であったが、言葉を止めた。
2人の表情に見覚えがある。
月に一度、会社の全体集会を行っているが、その時の話を聞いている社員達の顔つきを思い出す。
『こんな時間があるなら仕事をさせろ。また残業時間が伸びるだろ』
『先月も同じ話をしていたよな』
『仕事意識を高めたいんだろうけど言われるほど下がるのはどうしてだ?』
『業務成績を発表するのはいいが、給料もあげてくれ』
『いいから休ませろ』
『今月の残業時間がそろそろマズイ……』
『仕事が多すぎるんだよ。増やすなら人数も増やしてくれ』
本当にそう考えているかどうかなぞ分からないが、友義には、そう思えてならない。自分の考えすぎだと思いつつ、もしかしたら? という気持ちが拭えない。
それでも負ける事なく声を張り上げ、業務成績やら3ヵ月先までの作業スケジュールを全体集会で話してきた。それもこれも社員の意識向上を促す為であるが、それを聞いている社員達はどう思っているのだろう?
自分を悩ますそうした表情を、良治と洋子に見た時、彼の全身が小刻みに震えた。
「お、お前達は……」
「社長?」
なんだかマズイ。
浩二がいち早く感じとったが、時すでに遅しであった。
「俺の話を、しっかりと聞かんかぁ――――!!!」
この日、2度目の怒声が社内で響いた。
耳にした他の社員達が、我先にと白板に集まったのは、急用を思い出し外出を行う為である……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
友義に説教をされた良治達が、11時頃会社の外に出た。
駅までの帰り道を歩く洋子が、隣にいる良治を目の端で見ている。
友義の怒りを気にしているのか、何を言っても空返事。
雰囲気的に『これから、遊びにでも行きませんか?』と言えずにいて、黙ったまま歩いていると、駅が見えてきた。
(今日は駄目かなぁ……)
出来れば一緒にいたかったが、良治からそうした気持ちが感じとれない。
無理に誘うのも気が引けて、今日は一緒にいることを諦めようかと考えていた。
その良治の足が歩道の途中で突然止まる。
顔を見てみると、思い悩むように目を閉じていた。
彼女も足を止め良治を気にしていると、突然熱い視線を向けてくる。
「洋子さん」
「はい?」
信号があって足を止めたわけではない。
良治が洋子に向けた真剣な目は、想いを告白してきた時と似ている。
記憶を思い起こさせる良治の目を見て、彼女の胸が高鳴りだした。
(な、なに?)
トクン……トクンと鼓動が高鳴る。
昼前の街中で熱い視線を向けられるとは思いもしなかった。
すれ違う人々が、妙な雰囲気を作りはじめた2人に気付き、歩く速度を緩めだす。
(ドラマのロケ?)
(あの男。こんな人前で告白するつもり?)
(あんな熱い視線を向けられてみたい……)
色々思われているようだが、良治はそうした視線を受け流しながら言った。
「駅にいかず、少し一緒に歩かないか?」
「えっ?」
そんな事で、こんな熱い視線を?
拍子抜けのようなものを感じた洋子であったが、やはり様子がおかしい。
自分に向けていた視線をずらし、後ろを気にするような仕草を見せた。
「(どうかしたんですか?)」
何かがあると小声で尋ねると、良治の視線が戻ってくる。
緊張した様子が伺えて、その理由を聞きたくもなった。
しかし、良治の方では言いづらそうにしている。
「(……このまま歩けばいいんですね?)」
「(頼む)」
「(あとで教えてくださいよ)」
「(そのつもりだ)」
話が済むと、良治の方から歩き出す。
肩を並べ歩く洋子が、ニコリとした笑みを良治に向かって見せた。
教えて下さい。
そうは言ったものの、良治が何を気にしているのか察してはいるようだ。