期限
翌朝になり会社に出社した良治であったが、すぐに部長に呼び出されてしまう。
それは良いのだが、狭い会議室にいたのは部長の疋田 浩二だけではなかった。
インドに出張中だったはずの、成労建設会社社長 成労 友義。
彼もまた一緒にいた。
成労 友義。
現在57歳。
成労建設2代目社長。
頭部は綺麗に剃られた『坊主頭』。
出す声は常に大きく、大きな瞳は燃え盛る炎のような熱意さえ感じさせる。
人によっては暑苦しくも思い、また別の者にとっては実に頼りがいのある男と意見が分かれる。
恰幅の良さそうな体形ではあるが、腰が重いというわけではない。
むしろ逆で、気付くと現場の視察に出ているという事が多いようだ。
隣に座っている浩二は社長の友義と比べ細身のように見えるが、彼がやせ細っているわけではない。比較対象となってしまうと、そう見えてしまうだけというだけの事。
長年つれそった愛妻がおり、1人の息子がいるが、まったく別の道へと進んでしまったのが密かな悩みの種であったりする。
そんな社長を見るなり良治は、素直に自分の心情を顔に出してしまった。
つまりは苦手意識である。
「まぁ、座れ」
命じられるがままにパイプ椅子に座る。
すぐに話が始まり、まずは今まで起きた事を改めて尋ねられた。
部長から聞いて、すでに知っているのだが友義は再確認したかった。
人伝に聞くだけでは気が済まなくなったのだろう。後の事を課長に任せてインドから戻ってきたようである。
「おおよそ聞いた通りか……まいったの」
剃っている頭に手をのせ、すりすりと触った。
考え事をする時の癖らしいが、そこへ目を向けないのは部下としての常識。良治と浩二は、その行為から目をそらしてしまう。
「最初に言っておくが、君を疑っているわけじゃない。それを踏まえた上で、会社としては解雇処分もやむを得ないと思っている」
「……」
予想していた通り解雇処分も考えられている。
部長から言われていなければ、ショックを隠しきれなかっただろう。
「猶予は3ヵ月だ」
「……え?」
突然何の話だと、伏せていた顔を上げると、友義が有無を言わぬといった顔を見せていた。
「3ヵ月以内に、どうにかしろ。それ以上は待てん」
「……どうにか? 3ヵ月以内に会社に来れるようになれば、解雇処分も無しってことですか?」
「そうだ。無論、有給が無くなった後の分については給料を出さんぞ。それともう一つ。君と洋子君は、この問題が解決するまで、出社せんでいい」
「……はっ? え? なぜ!?」
全く予想外の話だと、敬語も使わずに言ってしまうと、友義は隣にいる浩二へ顔を向け顎で指図した。
「係長。どうやら知らないようだが、君と洋子君は、今ネット上で注目の的なんだよ」
部長にあっさりと言い切られ、良治はさらに混乱しだす。
「片手剣をもつ係長R。そして、その知り合いであるスティックだか何だか知らない女のY。これは君達なのだろ?」
「……なんで部長が、そんな事を知っているんですか?」
「ネット上で、この2人を探しだせ。という話が出ている。その特徴的な事が、昨日から色々と出ていた。それによると係長というのは初日から地図を書いていたらしい。つまり君だろ? 君自身が、そう言っていたのだし」
「そ、そうですけど! 何故、俺や洋子さんを探せなんて事になっているんですか!?」
「さぁな。そこまでは知らん」
「むしろ、こっちが聞きたいぐらいだ。とにかく、この騒動が収まるまでは自発的に来る必要はない。君達が噂の2人だと知れたら何かと問題になりそうだ。それに、まともに勤務できるのが土曜だけというのも困る。示しがつかんだろ」
部長が言った後に、社長が続け言い放つ。
彼の大きな口がへの字に曲げられていて、自分の意思を貫き通すかのように良治を睨んだ。
いつもであれば、サラリーマンとして根付いた本能が良治の頭を垂らさせるのだが、この時ばかりは違った。
自分を睨みつけている友義を逆に睨んでしまう。
普段なら許されない反抗的な目に、友義の曲がった唇が段々と緩んでいく。良治が抱いている感情が嬉しそうだ。
「3ヵ月ですね? その間にこの問題が片付けば解雇処分は無しですね?」
「そう言ったはずだ。だいたい、君と洋子君に辞められて困るのは会社の方だ。その自覚はもってくれ」
「……分かりました。話は以上ですか?」
不機嫌そうな顔を崩さず、最後に確認して退席しようとしていた良治であったが、社長の方にはまだあったようで、さらに口を開く。
「会社としても出来るだけ手助けはする。そのつもりでいてくれ。政治家の知り合いもいる。こんな状況であれば動かす事もできるだろう。いや、すでに動きだしているかもしれんが……まぁ、君も気を付けるのだぞ」
「気を付ける? 自分がですか?」
「さっき言っただろ。君と洋子君は注目の的だと。何かの拍子で素性がバレたらマスコミが飛んでくるぞ」
「うっ!?」
「君と洋子君が担当していた現場は、それぞれ引き継がせている。仕事の方は気にするな。あと、ネットの方も調べておけ。当事者が知らんでどうする」
まったくもってその通りだと、社長が言ったその部分は納得し表情を和らげる。
恥ずかしさを覚えたような顔つきをすると、パイプ椅子をずらし立ち上がり、軽く頭を下げ「失礼しました」と言い出ていった。
部屋に残された2人は良治が出ていった後に、互いに目端を合わせた。
「……分かっていると思うが、社内でも隠せよ」
「はい。噂の社員については心当たりがないで通します」
「それでいい。責任は俺がとるから他言無用で頼む。どこから漏れるか分からんしな……」
「こういう時こそ上司の出番ですかな?」
「……フン」
良治達の前では決して見せないほどに、浩二の顔つきが緩んだ。
追及された友義はプイっと顔を背けてしまう。
すでに警察は動いていて、聞き込み調査も行われている。
良治と洋子は注目の的。この2人についての捜査も行われているわけで、何かの拍子で知られた場合、迷宮から帰ってきた後も色々と面倒な事になりかねない。
最初は捜査協力をさせ、迷宮内で休ませるという事も考えたが……
(こんな訳の分からん事件を、警察がどうこう出来るものか)
警察を頼るよりも、当事者達の精神を守り迷宮内を色々と探らせた方が会社にとって好都合。
理屈で考えればそういう事になるのだろうが、その根幹にあるのは浩二が言う通り、上司として部下を守るという考えからであった。
この考えは洋子相手でも同様だ。
2人を守る事を選んだ、友義と浩二は、これからその洋子に同じ事を説明する事になった。





