怒声
剣術士達がドラゴン討伐を成功させた日から2日が過ぎた。
その間に、剣術士達のスキルについて追加報告がされている。
棍術士はコツのようなものを掴み始めたらしく、仲間達から珍しく褒められていたが、そこで調子にのったところを他のプレイヤー達に駄目だしされた。
杖術士のマナ・ブースト効果は、パワーと比べ増幅効果が若干低いようだが、魔法の複数操作が出来るとのこと。彼1人で魔法を扱う場合このスキルを使用した方が良いらしい。
ブースト状態からの、パワーや融合魔法についても試したらしいが、これらついては従来どおり。ブースト効果による威力の増幅は認められないとの話だ。
ハンマー術士のサイレント・ハンマーには成功確率が存在することが確認された。敵によって変化するらしく、成功さえすれば敵の特殊攻撃を封じることが出来るらしい。4竜相手については試されていないが、成功さえすれば封じる事は可能と思われる。
剣術士のディフェンス・アップについては特に報告されていない。
最初に報告したこと以外で判明したことが無いからだ。
そんな彼等の合流相手を期待されていた467達が、木曜の昼すぎに再度ドラゴンに挑んだが敗退。翌日に『やっぱり実力不足だった』と告げられている。
もう一つ変わった事として上げられるのは、後続組の中からドラゴンに挑戦した者達が出てきたこと。
新たな挑戦者達は、変化が起きたら謎の扉を使い観察するつもりだったようだが、序盤を乗り切るための実力が足りなかったらしく全滅したようだ。
良治達の方では探索を進めているが、これといった発見もなく日数だけが過ぎてしまう。
17階探索を続ける良治達。
後続をまつ剣術士達。
特訓や挑戦を続ける467達。
そして、実力差やデバフを使用できない等の問題を抱えている後続組。
良治がいるグループの状態は、現在このようなもの。
他のグループでもドラゴンに挑戦するものが増え始めており、グループ間の差が縮まってきていることが金曜の夜に報道され、53日目の土曜日を迎える。
良治はスーツ姿で部屋を出て、会社へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おはようございます。……って、寝不足ですか?」
「分かるか? 寝汗が酷くてな……」
会社近くにある駅内で互いにスーツ姿で合うと、寝不足であることが見抜かれてしまう。
自分の頬を手で触れてから苦笑いをすると、洋子が心配そうな顔をした。
安心させられるような事を言えば良かったと思いながら、駅の構内を彼女と並び歩き始める。
「風邪でもひいたんですか?」
「いや熱はない。気持ちの問題なんだと思う。妙に落ち着かなかった」
「落ち着かない? 会社にくるのが嫌だったとかですか?」
「大きな失敗をした覚えはないぞ」
「私、いつも嫌になりますけど?」
「……聞かなかった事にしておくよ」
以前であれば、そんな事を自分には言わなかっただろうと考える。
それだけ洋子との距離が近くなったと考えれば嬉しくはあるが、上司としての立場として考えると複雑な心境だ。
尤も、今となっては、上司だという気持ちがほぼ無くなっているが。
「たぶん期限が徐々に迫ってきているからだろう。まだ余裕はあるけど……」
言い歩きながら、洋子の方に軽く顔を向ける。
(言った通りになりつつあるな……)
以前彼女が会社で言ったことに、オンラインゲームの終盤を攻略するのに、数日から数週間。人によっては、数カ月かかるというものがあったが、その通りになりつつある。
原因は17階の戦闘難易度の高さや探索範囲が広すぎること。
大きな建築物もいくつかあり、それらの探索も行っているからだ。
「……もし18階へ上がれる階段を見つけたら、すぐに進んだ方が良いと思うか?」
駅から出て、歩道を歩きながら尋ねてみる。
洋子は顔をあげ自分の顎に指をあて、少し考えこむような仕草をみせてから、良治に顔を向けた。
「それも一つの手だとは思いますよ」
「宝の取り逃しがあったとしても?」
「私のスキルを使えば後で好きな場所に戻る事が出来ます。どこかで詰まったら、それを使って探索をしなおすというのも一つの攻略手段じゃないですかね?」
「なるほど……」
通常の迷宮階転移では、下から上がってきた場所に戻される。
その為、ここから探索したいと思える場所まで行くには多少の時間が必要だが、洋子のスキルがあれば、その時間をカットが可能。
「それに、剣術士さん達が上がってきたら、私達が発見出来なかった宝箱を見つけてくれるかもしれません。そういった事も考えれば、階段を見つけたら進んでも良いと思いますね」
「それは俺も考えた。やっぱりその方がいいと思うか?」
「状況が状況ですからね……。もし期限が無いのなら全部調べ終わってから進みたいとは思いますけど……」
良治は黙ったまま、そうだろうなと思った。
本心を言えば、自分とてそうしたいのだから。
「とりあえず、決めるのは皆と相談してからにしては?」
「そのつもりだ。だけど、その前に……」
「前に?」
「……社長か部長に休職扱いにしてもらえるよう頼んでみる」
「えっ?」
良治の決断を知った洋子が、足を止めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――その頃の成労建設社内。
まだ良治達は出社していないが、部長の浩二と社長の友義が、いつもの狭い会議室で話し合っていた。
「やはり休職扱いは?」
「駄目だ」
良治が頼み込もうとしていた休職について二人が話し合っているのは、テーブルに置かれた新聞記事が理由。内容は、プレイヤー達を休職扱いにする会社が増え始めていることについて。
浩二はその新聞記事のように、良治と洋子も休職扱いにするべきではという話をもちかけたところであった。
「二人とも十分に頑張っていると思いますが?」
「分かっとる。係長達が一番進んでいる事は何度も聞いた」
「それも例の社長に?」
「そうだ。いらないなら、自分の所に欲しいとも言われたよ」
「……まさか」
「やるわけがないだろ!」
ドンとテーブルを叩き友義が怒鳴る。
白いテーブル板が悲鳴を上げたかのように震えた。
「あの二人はうちで育てたんだぞ! それを結婚相談所にとられてたまるか!!」
「それなら、解雇の話はなかった事にすればいいと思うのですが?」
「係長の性格を考えろ。拘りすぎて工事を遅らせる事が何度もあっただろ」
「……まさか似たような事をすると? 会社の仕事とは訳が違うと思いますが?」
「むしろ仕事で守らなくてどうする……あの性格はなんとかならんのか?」
「無理です。自分や課長も散々言ったのですが、直りません」
浩二が即答すると、友義は自分の頭をペシッと叩いた。
悩みの種の一つを浩二が解決してくれればいいのにと思うが、浩二はすでに匙を投げている様子。それでは困ると思う友義であるが、その気持ちも理解できないわけではない。
「まったく、困った性格をしおって……」
「会社の信頼に繋がっているので良いと思いますが?」
「それは分かっとる。職人達からも信用されているようだしな」
「でしたら……」
「だから駄目だ」
「では、せめて保護の会について教えておくべきではないでしょうか?」
浩二が、ここが勝負時だといわんばかりにズイっと顔を突き出した。
「そこまで言わんと駄目か? 気にしているようだし、会社にきた男については教えるつもりだが、保護の会について教える必要は無いだろ?」
「係長のことですから、社長がやっている事を知れば、急ぐかもしれません」
「……ありえそうだな。……いや、どのみち俺の一存で決めるのは無理だ」
「横田社長ですか?」
「そういうことだ。保護の会については彼が決断している。俺は補佐的な立場だ。無視はできん」
「……難しいですか。分かりました」
仕方がないと浩二が引き下がる。
その様子をみて友義が気付いた。
「……それが狙いだったな?」
「妻以上に社長との付き合いの方が長いですから、何とかなるかと……」
「俺よりも、係長の性格をなんとかしろ」
「ですから無理です」
即答された友義が大きな溜息をつく。
良治と洋子が出社したのは、この後すぐの事。
同僚達に色々と尋ねられたが、詳しく話すつもりがない2人はすぐに会議室へと向かう。
状況報告を始めるまえに良治が休職願いについて言い出すと、友義が社内中に聞こえるような怒声を放った。
タイミングが悪すぎる。
黙ってしまった良治達をみながら、浩二はそう思うしかなかった。