彼は何を望むのか
灰色の壁に覆われた部屋に映像が幾つも浮かぶ。
それは鈴木良治という男のプレイ記録。
ベーシックダンジョンが始まってからの記録を見直すことで、少年はある事に気が付いた。
(このプレイヤーがいるから、普段通りの自分でいられるんだな。だから他のプレイヤー達にも影響を与えているわけか……)
このプレイヤー。
つまりは柊洋子。
今の良治は、同じグループにいるプレイヤー達にとって精神的支柱となっているが、その彼にとっての支えが洋子。
香織が思ったように、良治は洋子次第。それに似た考えでもある。
もし彼女がいなければ、今の状況はありえなかったはず。
そんな結論を出した少年が、黒椅子の背もたれに身を委ねた。
(順応値が高い理由も一緒にいるから? そうだとするなら、2人とも……)
自分の中で呟いていた心の声を止める。
顔を少し上げると背後へと声をかけた。
「何か問題があった?」
「はい」
声をかけた相手は、いつもの青年である。
椅子の後で、声がかかるのを待っていたらしい。
少年が一呼吸してから椅子を半回転させると、その場で片膝をつき頭を下げた。
「第15グループ初の16階到達者がでました。業務連絡の方はよろしいのでしょうか?」
「……あれ?」
知るなり、再度椅子をまわす。
手を大きくふり映し出していた映像を消すと、ドラゴンと戦闘を開始している4人の男女の姿が表示された。
一人は大剣をもつ男。
一人は戦斧を振り回す男。
一人は大きな鎌を両手で扱っている男。
一人は錫杖のような棒を持つ女。
洋子が流した攻略情報を知っているのか、近接武器をもつ3人の武器が、全て土色になっている。
競争でもするかのように各自がパワー+スラッシュをうちドラゴンにダメージを与え、錫杖をもつ女は後方に下がっていた。
それは徹達がやった戦法と似ているようにも見えなくはない。
序盤は土属性のパワー+スラッシュを主力攻撃に使い、出来る限り早く遅延効果をだすという戦法だ。
ただし、誰がドラゴンの注意を惹き付けているのか分からない。
近接組の3人が何度もダメージを受けており、その度に後方にいたプイヤーが、回復や防御魔法をかけなおしている。
前衛と後方でPTプレイが出来ているように見えなくもないが、少年は違うように思えた。
その理由は、ヘイトを稼ぎ注意を惹き付けている特定プレイヤーがいない事や、氷結の魔法も使用されていないから。
一言で言えば、安定していない状態である。
「やっちゃった感じだなぁ……」
「彼等のことでしょうか?」
「いや、僕のことだよ。このタイミングで業務連絡を流すのは、戦闘の邪魔にしかならない」
頭の後ろで両手を組み合わせ、自分の失態を悔やむように言った。
背後にいた青年が前に出てきて隣に並ぶと、少し顔を下げ少年を見つめる。
「この戦い方で、彼等は勝てますか?」
「難しいだろうね。指示を出しているプレイヤーもいないようだし」
「指示者が不在?」
「……個々の実力はそれなりにあるよ。だけど、それを束ねられる者がいない。ドラゴンが第二段階になっているのなら分かるけど、一段階目でやる戦い方じゃない。これじゃ後方支援をしているプレイヤーがあっというまに魔力を枯渇させてしまう」
興味がなさそうに言いながら、パチンと指を鳴らす。
戦っているプレイヤー達の頭上に、赤と緑と青のメーターが映し出された。
赤はHP。体力。
緑はSP。スタミナ。
青はMP。魔力。
少年が言ったように、女性プレイヤーのMPメーターが残り半分を切っている。
ダメージを受けたプレイヤーに回復や防御魔法をかけ歩いているからだろう。
それぞれのメーターを表示させたまま見ていると、後衛プレイヤーが腰にあったポーチから魔石を取り出した。
「使うのに躊躇がないね。それなら第二形態になっても少しは支えられるだろうけど魔石のストックはどのくらいあるんだろ?」
興味がわき出し身を起こす。
小さな指先を画面へと向けると、各自が持っている所有物リストが表示された。
「……あぁ、こうきたか」
一目瞭然だ。
前衛組の3人は魔石を一つも持っておらず、後方支援を行っているプレイヤーのみが持っている。
その数は32個。
1つの魔石で全魔力の3分の1を回復できるのだから、これだけあれば10回ほど魔力を全回復できる。
4人PTで所有している総数として言えば不思議な数ではない。
良治達がドラゴンに挑戦した時は、これより少し多かった。
しかし、誰か一人に魔石を持たせている点は珍しい。
ドラゴンに勝つための彼等なりの作戦なのだろう。
「いかがなものでしょう?」
「駄目じゃない? 回復や援護を彼女一人に任せる作戦だと思うけど2段階目はどうするつも……あっ!?」
二人が話し合っている最中に、前衛プレイヤーの一人がドラゴンの爪による攻撃を躱しそこね壁に向かって吹き飛ばされる。直撃を受けたそのプレイヤーは血を流し、力なく地面に身を委ねた。
後衛プレイヤーが土鎧をかけ忘れたのか?
それとも効果時間がきれていたのか?
興味がなかった少年には分からないが、即死したプレイヤーに土鎧の効果はなかった。
次に少年の視線が向けられたのは、蘇生に向かった後衛プレイヤーでも、死んでしまった前衛プレイヤーでもない。
1人が死亡したにもかかわらず、攻撃を続けている二人の前衛プレイヤーにである。
「……それはやっちゃいけないよ」
「状況を掴めていませんね」
唇を尖らせ不満そうにいう少年と、淡々と話す青年。
攻撃を繰り出す近接職の2人によって、ドラゴンの姿が変わり始める。
黒い鱗をもつドラゴンが咆哮をあげると、それまで攻撃を繰り出していた2人を無視し攻撃対象を変えた。
標的にされたのは蘇生魔法をかけていた後衛職のプレイヤー。
蘇生をかけられていた近接職のプレイヤーは意識を取り戻していない。
標的にされた後衛職のプレイヤーが逃亡を試みるも、回避行動に失敗。
彼女の方では金剛鎧の魔法をかけていたらしく即死は免れたが、さらに攻撃を受け死亡してしまう。
残った二人がなんとかしようと動くが、PTが半壊した状態での立て直しは困難。数度の戦闘経験があれば何とかなったかもしれないが、彼等にはそれがない。
時をおかず全滅する光景を見る事になった。
「自分達なりの作戦を考えたのは良かったんだけどね……」
「攻撃を中止させる指示を出せるものがいればまた変わったのでは? それに、ドラゴンの注意を惹きつける担当者もいなかったように思えますが?」
「不思議に思える?」
「はい。15階まできたプレイヤー達の多くは、誰かに指示を任せています。また戦い方についても把握しきっていました。何故彼等は違ったのでしょうか?」
声は相変わらず淡々としたものだ。表情も変わっていない。
しかし投げかけてきた疑問は、そうした青年の口調や性格から考えられないほど稚拙なもの。
答えは簡単だと言わんばかりに、少年は肩をすくめてみせた。
「それもまた、人間だからさ」
「……人間だから?」
「そう」
自分の言葉を反芻する青年に向かって少年はゆっくりと顔をさげた。
それは、大人に向かって子供が何かを教えようとしているかのような光景だ。
青年が理解しづらいような表情をしてみせると、少年は困ったように苦笑した。
「確かに彼等がとった行動は、攻略手段として考えれば駄目な部分があるよ」
青年の疑問を肯定しつつも、同時に否定したがっている。
少年の口調と言葉からは、そんな気持ちが感じられた。
ドラゴンと戦ったプレイヤー達の死体に向けている目つきは、何かを吐露したがっているかのよう。
「それでも彼等がとった行動は、人としてあるべき姿の一つだし、僕はそうあるべきだと思う。……だからこそ、僕は……」
言葉の続きを聞いたのは、隣に立つ青年のみであった。