宝箱
良治の動き方が徐々に変わってきた。
2階に来た当初と比べれば、幾分余裕すら感じられる。
それはゴブリンの動きが見えてきたが為だろう。
時折妙な事もするが、通常戦闘にさえ持ち込めば勝てるという自信が、動きの変化に繋がっているようだ。
(今日はこのまま2階の地図を完成させて、3階は……どうするかな)
そろそろ地図が完成する。
3階への階段も見つけてある。
このまま2階にいて得られるのが実戦経験のみなら、3階に行っても良いように思えたが、
(いや、ゴブリンを倒したら何か落とすかもしれないし、無理に進まず月曜日もまた……)
そう考えながら未探索地点に差し掛かると、足を止めた。
ゴブリンを見かけたからではなく、もう無いだろうと思っていた宝箱があったからだ。
「こんな外れにちょこんって……。いや、それはいいとして、やっぱり1階とは配置が違うのか」
そうした事が確定したのはいいが小馬鹿にされた気分になり目を細めてしまう。
宝箱へと近づき、キョロキョロっと不審者のように顔を動かしたのは、近くにゴブリンがいないか? と考えた為。
(……大丈夫だな。よし開けるぞ)
安全を確認し、近づき開けてみると「おっ?」っと小さな声をだした。
色彩が派手な宝箱の中に、見覚えのある羊皮紙が入っていたからだ。
期待を抱きつつ手に取ると、良治の平凡な顔に笑みが浮かびあがる。
「やっぱり魔法か。今度は水弾ね」
習得すると同時に、イメージが思い浮かぶ。
水の塊を打ち放つというイメージだ。火球の水バージョンと言った感じなのだろう。
(試すか。えーと……)
何か良い物は……と、思ったらちょうどいい物が目の前にある事に気付いた。
それは、羊皮紙が入っていた宝箱。
この時の良治の目には、宝箱が『え? 俺?』と言っているようにすら見えた。
(少し離れてだな)
火球とは違い爆発はしないと思うが、念の為に距離を取る。
宝箱が見えるギリギリの範囲まで離れ、周囲を警戒。
ゴブリンの気配がないことを確認し、魔法を使うという事に意識を向けると、ジュルっという音と共に渦巻く水のボール玉が出現し、標的と定めた宝箱へと勢いよく飛んでいった。
命中した瞬間、鈍い音がし宝箱が床の上を転がったが傷一つ見あたらない。
『俺って頑丈だろ!』と言っているように良治には見えた。
「普通にボールを投げているのと同じじゃ……?」
自慢しているかのような宝箱を見つめながら、不満を口にしてしまう。
完全粉砕とまでは言わないが、ちょっとぐらい壊れてもよさそうなものだろ。
そんな不満を抱きつつ宝箱を手にすると、コンコンと軽く叩いた。
(材質なんだろ? 鉄や銅にしては軽いし色合いが全く違う。木のように見えるんだが……)
気になり鑑定虫眼鏡を取り出し見てみたが、先と同じように『低級宝箱』とでただけ。
(水弾の魔法って役立つのか? せっかくの新情報なのに、皆、ガッカリしそうな気がする)
今一つ有用性がわからず溜息を一つ吐き出し、宝箱を投げ捨てようとしたが、手を離す前に動きが止まった。
(この宝箱もポーチに入るのか?)
どうなんだろ? と、両手で持ってポーチの口に当ててみると、宝箱の形状がねじ曲がりスルっと中へと吸い込まれていった。良治が持ち込んでいる革鞄と一緒である。
(問題なしか。何かに使えるかもしれないし、これも貰っておこ)
ちょっとだけ得をした気分となり、剣を肩にかつぎ探索の続きに戻った。
3日目の残った時間は、あとわずか。
地図もほぼ完成し、あとは3階へと進むだけ。
明日は土日であるし進むかどうかは、その時に考える。
そう考え残った時間をゴブリン討伐に費やす事にした。
「キェエエエエエ―――!」
「水弾!」
早速覚えたばかりの魔法を使い戦闘を試みるが、やはり意味が薄いと思った良治であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
退社時間になり自室へと戻される。
今日も終わったー…死なずに済んで良かった。と考えつつ、小さな卓上テーブルに置いてあったピンクのスマホを手にするが、
(どうせ、明日は会社に出社だし、部長への報告はその時でいいか。今日はゆっくりしよう)
迷宮の方は休日となるはずだが、本来の会社である成労建設は休みではない。その事を思い出し、スマホを作業服の胸ポケットの中へとしまいこむ。
卓上テーブルの上には購入したばかりの革財布があり、中を覗くと昨晩おろした金銭『のみ』が入っていた。最初から持っていた黒い財布はテレビの前。これも確認しようかとした時、眼前にある薄型テレビが気になった。
部長と話し合った時、テレビで大ニュースが流れた事を思い出し、テレビの電源をいれてみる。
『今朝から放送している当局の記録動画について多くの問い合わせがありますが、もちろん合成というわけではありません。また、あの場にいた観衆の方々も、当局が用意した人々ではありません。現在、多くの回線がパンクしている状態という事もありますので、皆様どうか落ち着いた行動をとるよう、重ねてお願いします』
見慣れないニュースアナウンサーの女が淡々と話していた。
記録動画? 何の事だろう?
良治が立ったまま考えていると、そのニュースアナウンサーの隣にいた男が、紙を一枚めくり、話を続けた。
『流された動画に出演している消失した方々は、当局の社員達ですが、他の会社でも同様の事が起きています。すでにネット上では、多くの記録動画が流れており……』
そこまで聞いて「あぁっ」と良治が察した声を出した時、先に話をしていた女アナウンサーの手元に新しい紙が置かれた。
『……えぇ、話の途中ですが速報が入りました。当局の社員達が帰ってまいりましたが、そのうちの2名が迷宮内で死亡したという報せが入り……え?』
言っている当人が、どういう事だ? と聞きたい表情を見せている。
プロとはいえ、疑問を持たずにいられないのだろう。
(やっぱり、そういう人がいるか。心構えもできていないのに、いきなり2階だものな)
思ったとおりだと頷いた。
自分や槍の派遣社員とは違い、いきなりの強制移動。
アイテムを取得している人ならまだしも、そうでない連中はどうなるだろう?
掲示板の話を見る限りでいえば、魔法をメインに使う人々であれば、火球の魔法さえとっていればなんとかなりそうではあるが、そうでないプレイヤーであれば死亡率が高いはずだ。
結構な数のプレイヤーが今日一日だけで、良治と同じ目にあったのではないだろうか?
(俺も他人ごとじゃないか……)
ゴブリンとの戦闘には慣れた。
まだ感触は嫌だが、動きを予想できる自信はついた。
しかし3階はどうなるんだろう? また死ぬんじゃないのか? という不安はどうしてもある。
そうした不安を抱えながら、月曜日になったらどうしようと悩んでいる間にもアナウンサーが引き続き原稿を読んでいた。
(この仕事も大変だな。こんな話を、指示が出たからって話さなきゃならないんだし)
アナウンサーに同情を覚える切っ掛けにはなったようだが、他人を心配していられる状況でもない。
せめて今晩はゆっくりと休む事にしよう決め、まずはビールとオデンをコンビニで買って、その後は、野球でも見ようかと行動を開始した。
……
……
……
「あぁ! なんでそこで落とすんだよ! エラーじゃないか! しかも暴投しやがって! ホームまで直接投げずに中継しろよ!」
この夜行われた試合結果は、良治が応援するチームの負け。
そこから不貞寝するのが、彼にとって『本当の日常』であった。