道が開かれる時
話が終わってから、徹達と17階で合流。
徹の髪や服装がキッチリとしたものに変わっている。
昨日の姿は芝居をする為のものだったというのは分かるが……。
(変わりすぎだ)
再会した彼を見るなり、良治はそう思う。
そうなった理由は理解しているし、定食屋の奥さんに教えてもらったばかりの事を考えれば、徹の気持ちも分からなくはない。何かを思いついたらやりたくもなるだろうが、いくらなんでも芝居上手すぎるように思えた。現実で何を生業としているのか分からない良治は本職の人だろうか? などとすら考えてしまう。
そんな気持ちを隠しながら、自分の身の回りで起きた事を徹達に伝えると、彼等はそろって首を横に振った。
「俺達だけなのか?」
「それは分からないな……あとで掲示板を使って皆に尋ねてみたらどうだろ?」
「……そうしてみます」
提案に頷く良治を徹が見つめ思う。
徹の頭の中にあったのは、467が現実のチャットルームで言った『そんなプレイヤーが、管理側に目を付けられない訳が無いと思うんだが?』という言葉。芝居はしていたが、そのチャットの記憶がある彼は、もしかしたらと思う。
(言うべきか?)
良治達こそが管理者に目を付けられているのでは?
そう忠告をするべきだろうと悩むが、これは徹にとって推測でしかない。
そして良治が聞いてきた理由も、恐らく似たようなもの。
だからこそ不安を覚え聞いてきたのだろう。
それに、昨日掲示板で自分の考えを言ったばかりだ。
香織以外は見ているのだし、何も考えていないわけではないと思える。
そうしたことを考えながら黙っていると、今度は固有スキルについて尋ねられた。
「気持ちの方は落ち着いたが、固有スキルはあまり使いたくない。それでも、いいだろうか?」
「構いませんよ。というより、全員があまり使用しない方がいいかもしれません」
「全員が?」
「ええ。大剣術士さんが言った事も気になりますし、一度使うたびに魔石が必要になるというのもね……。使用を禁止しようというわけでは無いですが、ある程度控えるべきだと思います。ガチャが停止しているので魔石の入手率が下がったのもありますから」
そう言いながら、自分の腰に巻き付けていたポーチに手を置いた。
「先の事を考えると節約もしたくなる……か。分かった。では、戦い方を決めておいた方がいいだろうな。人が増えた以上、今まで通りというわけにもいかないだろうし」
「そうですね。あと、リーダーは大剣術士さんという事で……」
自然な会話の流れで徹にリーダーを任せようとしたようだが、良治に『何を言っている?』と言いたげな視線が集まる。
「あんな芝居をした俺に、その資格はないだろ」
「すいませんが、私も受け入れられません」
「今の徹に判断を任せるのは、俺達だって不安だ。また一人で何かしでかすかもしれないぞ」
「それに、先週の峯田さんの事を考えると係長の方が良いと思います」
新たに加わった4人(当人を含む)に言われ、良治は心の中で泣きだした。
そんな彼の背を洋子が優しく叩いたのが、唯一の慰みである。
本人の意思が無視され、良治がリーダーである事が決まると、今度は戦闘についての話となった。
「魔法職の2人を守る形で戦っていくのはどうだろう?」
徹がそう提案すると、背後にいた紹子が意地悪そうな笑みを見せた。
「あら。私は守ってくれないの?」
「い、いや、そういうつもりではないんだ、紹子……さん」
「紹子。よね?」
「……」
「約束は?」
「……分かったよ。紹子」
「よろしい」
なんだろうこの二人は? そう口にして言っているような視線が彼等に向けられる。
現在の良治達がいるのは4竜と戦った瓦礫が散らばっている街中だ。
休憩所の中では人が多すぎる為、外に出て相談を行っているのだが、そんな場所で何だか甘酸っぱいような、ちょっと違うような空気を徹と紹子が作り出している。
昨日良治達と別れた徹達であるが、その後、二人の間で口喧嘩が発生したのは自然の流れ。その喧嘩が終わったのは、紹子が出した条件によってだ。
つまりは、自分の名前を呼び捨てにすること。
その機会を利用し、彼女も徹の事を呼び捨てにする事にした。
そんな二人に、洋子が羨む視線を向ける。
良治と想いは通じあったというのに、そこからの進展がほとんどない。
一緒に遊ぶのは嬉しくはあるが、それだけというのは悲しかった。
(もしかして、私が係長と呼んでいるのが悪い?)
恋人同士になれたのだし、名前呼びしてもいいはずなのだが、皆の前で突然呼び方を変えるのは恥ずかしいものがある。突然『良治さん』などと呼び始めたら、彼は何と思うのだろうか?
また、激しく動揺され『君、誰!』等と言われるのでは?
いつ敵が出てくるのか分からない場所で、そんな事を洋子が考えていると、徹は頭痛でも感じたように自分の眉間に手を置いた。
「紹子。今は……」
「そうだったわ。ごめんなさい話の腰を折って」
「まったくだぜ、紹子さん」
「満君やめなよ。すいませんでした係長」
美甘がそう言って良治をみると『うーん。名前か……』と言って悩んでいた。
「掲示板の通り呼ぶのもどうかと思うし、この際だから、名字や名前で呼び合う事にしないか?」
聞いた瞬間、洋子は歓喜した。
心が通じあっているのでは!
確信じみた、そんな思いすら湧いた。
良治も自分と同じような事を考えていて、自分に名前呼びするチャンスをくれたのではないだろうか? そんな事すら彼女は頭の中で考えた。
(ど、どうしよ!)
まさかのチャンスに、鼓動が高まる。
この流れにのって、呼び方を変えるのなら不自然ではない。
高鳴りだした鼓動を静めるために、皆に聞こえないように呼吸を一つ。
その時、満が勢いよく手をあげた。
「賛成! 香織さん、よろしくな!」
「てめぇは、その子がいるだろうが! 近づくんじゃねぇ!」
「その子って……。須藤さんと私って、あまり歳の差が無いと思うんですけど?」
「お前達止めろ。係長も、そういう事を言わなくてもいいのでは? 自然と勝手に決まっていくものだろ?」
「……できれば、その係長と呼ぶのも止めて欲しいんですよ」
良治がそんな事を言い出すと、洋子の眉が吊り上がった。
掴み合いになりかけた須藤と満の手も止まる。
全員の視線が良治に向けられると、彼は尻ごみしたかのように顔を歪めてしまうが、それでも負けずに自分が思う事を打ち明けた。
「皆と同じ会社にいるわけじゃないし、俺が係長と呼ばれるのはおかしくないですか?」
本人にとってみれば違和感があったのだろう。
洋子に言われるのならまだしも、他の人々は部下というわけではない。
――という事は?
(それって、私はどうなの!?)
良治が言っている相手は、洋子ではなく他のメンバーに対してのみ。
ここで彼女が名前呼びを始めてしまうのは不自然でしかない。
(うぅ……)
考えた。
洋子は考えた。
なんとか、名前呼びをしても不自然にならない方法はないだろうか?
(『私が係長呼びしているから、他の皆さんも係長と呼んでいるのかもしれませんね。この際ですから、私も名前で呼ぶのはどうでしょう?』……よし!)
いける!
確実にいけるはずだ!
これなら、良治も頷いてくれるだろう。
あとは覚悟の問題。
手を握り締め拳を作る。
思い浮かんだ言葉をそのまま言えば……
「言いづらいっす……」
「俺も、係長って感じなんだよな」
「すいません! 私も満君と同じです」
「すまん。俺も他の呼び名はどうも……慣れてしまった……」
「ごめんなさい。係長のいう通りかもしれないけど……」
(須藤君のバカ!!)
言い始めたのは須藤である。
その後に満や美甘と続いた。
悪いのは須藤ではないが、彼を睨みつけた。
睨まれた当人は、何故自分が睨まれたのか分かっていない。
しかし憎しみにも似た怒りを向けられている事だけは察してしまい、若干怯え気味である。
そんな須藤に気が付いていない良治は、リーダーに続いて呼び方も否定された為、ガクリと肩を落としたが、その時、宙に浮いた小さな火の玉を目にした。
「敵だ! 3人を守れ!」
良治が剣を鞘から抜き号令をかける。
仲間達はその声に従い動き出した。
八人の前に現れた火の玉が、その場で広がり竜としての姿へと変わると、香織と須藤が武器属性を水へと変え襲いかかった。
「風竜はもう来ている! 次は水竜だ! 俺と遠藤君で対処するぞ!」
「分かった!」
「風竜は、佐伯さんが。土竜は峯田さんに任せる。あまり積極的に攻撃するな。魔法については洋子さんが決めてくれ」
「了解よ!」
「任せてくれ」
「分かりました」
良治は指示をだしながら剣を火属性へと変え、新たに出現した水竜へと向かう。
すでに戦闘を開始していた満に近づき、良治も攻撃を始めると暴れるかのように水のブレスを放ち始めた。
「こいつは出来る限り近づいて戦ってくれ」
「なんでだ係長?」
「……離れて戦いすぎると攻撃が外れた場合、味方がやられかねない」
「あっ、なるほど。分かったぜ係長!」
「……」
良治が何か言いたそうであるが、余計な事を言わずに剣を動かした。
その一方で、須藤と香織が火竜を圧倒していく。
他の敵を気にしないのであれば、この二人による連携攻撃の凄まじさは、他の追随を許さない。香織がスキを作り、そこに須藤が大技を決めていくというスタイルの前に、時を置かず火竜が絶叫をあげ始めた。
風竜の相手をしていた紹子は、牽制程度に抑えた。
土竜の相手をしている徹も同じである。
自分達に課せられたのは、洋子と美甘の護衛。あるいは、時間稼ぎ。
そう思っているからだ。
戦い続けていると、紹子が相手をしていた風竜に対し二本の雷光が向かう。
地上から空へと向かい放たれた二つの光は、複雑に絡み合い融合。
一本となった雷は龍を連想させる姿へと変え、風竜を文字通り飲み込み消し炭にした。
「なんです、あれ!?」
「やっぱり使ってみないと分からないものですね……」
放ったのは美甘と洋子。
現実の掲示板で雷光のパワー型融合魔法についての情報は出ているし、洋子も知っていたのだが、その情報によれば一本の極太レーザーだった。
実際にやってみると違っていたという事は、偽情報だったのだろう。
「中川さん、今度はアレに風牙を使ってみましょう」
「美甘でいいですよ」
「じゃあ、私も洋子で構いません。いきますよ」
「はい!」
そんなやり取りのあと、パワー+風牙を使う。
美甘が作り出した風牙に、洋子のものが重なると鋼色をした刃へと変わった。
「あ、あれ?」
それは、直径7、8mはあるだろう鋼色をしたブーメラン状の刃。
何かが間違っていると思う美甘であるが、洋子は満足したかのように頷いている。
「これは情報どおり……。よし!」
そう言ってスティックを振るうと、巨大な刃が土竜へと向かう。
実体をもつ風牙が胴体へと命中するも、すり抜けるように背中から出て来た。
戦っていた徹が動きを止めたのは、土竜から感じていた圧迫感が消えた為。
戸惑う彼の前で上半身がズレ始め、そのまま地面に落ちた。
徹は呆然とするが、まだ終わっていない。
土竜の体を切断した刃は、洋子のスティックに操られるかのように上空へと向かい、次なる標的を水竜に定めた。
(いける?)
良治と満に当てないようにする為、上空からの直下攻撃を考えたが、属性的な不安がある。色ツヤを見れば物質で切断しているかのように思えるが、元は風属性だ。通用するかどうかが分からない。それを試す意味でもと一気に降下させた。
風きる音を出し、水竜の背へと刃が降ろされる。
近くで戦っていた良治と満は、その瞬間を目にしたが徹のように動きを止めはしない。なぜなら、風牙の魔法が無効化された瞬間を目にしたからだ。
(やっぱり駄目なんだ。反属性じゃないから? あるいは物質系は全て無効化? 雷光。あるいは氷結なら……木人形はどうなんだろ?)
通用はしなかったようだが、それはそれで一つの考察材料になる。
洋子が融合魔法について試しているうちに、火竜と水竜討伐が終わった。
戦力が倍になった事で、二人一組に近い形で一匹を相手にできている状況。
それが心の余裕を生み、各自の動きを良くし、より大きな攻撃へと繋がっていく。
良治は確かな手ごたえを感じた。
ようやくだ。
ようやく、20階に通じる道が出来たかのように思え、満面の笑みすら浮かべる。
49日目の火曜日。
良治は自分が思う以上に、この時を待っていた事を知る事になった。