ともよ!
「ほぅ。これが17階か……」
17階へと到着するなり、徹が周囲を見渡し感嘆じみた声をだした。
良治達が報告したとおり大地の切れ目に雲が見えているが、違った部分もある。
それは、良治達が4竜と遭遇した場所だ。
「あの荒れ具合。敵は手ごわそうだな。我が敵にふさわしければ良いが」
「何、馬鹿な事を言ってんのよ!」
「紹子。援護を頼むぞ」
「だから、こんな時にだけぇ――って、ちょっと待ちなさい!」
何かを言いたげな紹子を無視し、徹が喜々とした顔つきのまま街の中へと走り出していく。紹子は「もぅ!」といいつつ、矢を弓に軽くつがえ後を追いかけた。
タイム・アローというスキルを使おうと考えてのことだが、5階で合流してから築き上げた徹との関係が彼女の決断を鈍らせてしまう。
「我が名は、峯田 徹! さぁ、出てくるが良いモンスターども! 我が愛刀プラネットバスターソードが、血を欲しがっているぞ!」
刀なのか大剣なのか、どちらとして考えているのか分からない発言。
もしアダマンの大剣に意思があれば『自分、星を破壊するとかそんな事できませんから! 大きすぎる呼称は止めてください!』と言いたかったかもしれない。
良治が17階へと到着したのは、ちょうどその時。
迷宮スマホを使い徹達がどこに行ったのか探していると、少し遅れて洋子もやってきた。彼女も迷宮スマホを手にしている。
「短槍術士さん達とも合流できます!」
「俺は先にいく。そっちは頼むぞ」
「無理しないでくださいね!」
「分かってる!」
洋子にそう言い残し、飛び跳ねながら街の中へ向かうと、見覚えのある場所を目にした。
それは4竜と戦った場所。
戦闘で破壊された状況がそのまま残されているようで、紹子もそこにいる。
彼女の姿を見つけた良治が、地上へと降りた。
「弓術士さん!」
「係長! 徹さんを早く何とかしてください!」
すぐに切羽詰まったような声がかけられた。
徹もそうだが、彼女の方も精神的にマズそうだ。
その徹と言えば、瓦礫が積まれ小山となっている場所の上に立っていて、火竜と相対していた。
「マズイ!?」
「徹さん!!」
2人が悲鳴にも似た声をだすが、徹には聞こえていない様子。
目の前にいる火竜を睨みつけ、ありったけの声で叫んだ。
「今こそ見せてやろう! 我が力! アルティメット・チェ―――ンジィイ――!!!」
固有スキルが発動すると、徹の全身が薄紫の光で覆われた。
土鎧でも闇鎧でも金剛鎧でもない。
このゲームでは見た事もない輝きが、体の内側からあふれ出したかのよう。
「なんだあれ?」
「使いたくない言っていたのに……もう、やだ……」
四肢を石床へとつけ、三つ編みの髪を石床へと垂らす女が一人。
今にも涙を流しそうな紹子の姿を見ていられなくなり、徹へと目を向けなおすと、薄紫のオーラを纏いながら『またせたな! そして死ね!』などと叫びながら、スラッシュを打ち放っていた。
見慣れた青い三日月型の衝撃波が大剣から発せられ、火竜へと向かう。
石道を綺麗に切断しながら向かったスラッシュ効果が、火竜へと命中するかのように思えたが、地中から水があふれだし、徹の攻撃を飲み込むように消した。
「俺の一撃を!?」
驚愕の声をあげる徹であるが、すぐに気を取り直したかのように目をニヤケさせる。大剣を片手で持ち上げ、その刀身に軽く手を添えた。
「やるな……。俺の宿敵として認めよう! だが、これまでだ! 火の大剣」
添えた手を横へと滑らせると真っ赤な大剣が出来上がる。
火属性へと変えただけであるし、そんな動作は必要ないが、何かが彼をそうさせているのだろう。
「いくぞ、強敵よ!」
見せるは、良く磨かれ揃った白い歯並び。
口角を緩ませた徹が、大剣を片手で持ったまま飛び跳ねる。
「ウハハハハハハハハ!!!」
見ていた良治は、得体のしれない恐怖を感じてしまう。
大剣術士を今すぐにでも気絶させたくなったが、香織を倒した水竜も出現している。見て見ぬふりもできなくなり、剣を抜き水属性へと変えた。
「弓術士さん、上のやつをお願いします。俺は火竜の相手をしてきます」
「上?」
「風竜が来ています。土竜もすぐに出現するでしょう。大変ですが、応援が来るまで何とか持ち応えますよ」
「応援……は、はぃ!」
「行きます!」
紹子に、そう言い残してから走り出す。途中で土鎧を使用したようだ。
その場に残された紹子は上空を見上げた。
「本当にいた……。良く気付いたわね」
声は聞こえないが、翼竜のような姿が見える。
上空を旋回している所をみれば、獲物を決めかねているかもしれない。
その獲物はここだと主張するかのように、矢を数発打ち放った。
「来た! 土の矢!」
唱えると同時に矢筒の色が土色へと変わる。
背へと手を回し取り出した矢を見れば、矢尻の色が土色へと変わっていた。
弓に矢をつがえ、弦を引けばキリキリという音を出す。
力を集約するかのように、自分へと迫ってくる風竜へと意識を向ける。
線を結ぶ。
放つべき矢と標的となる風竜。
その間を結ぶ一本の線。
その線は紹子がイメージしたものであり実際に表示されたものではないが、彼女にとってみれば、そのイメージが重要であった。
命中する。そう確信した紹子は集約した力を解放するかのように、右手の指先を緩ませた。
『ギギギィイ――――!!!』
放たれた一矢が、見事に風竜の左目へと突き刺さる。
例え状況がどうであれ、矢を構え放つまでのプロセスの間だけは集中する。
それは彼女がこの迷宮で身に着けたものであるが、矢を放ったあとは別。
「ウハハハハハハハ! 楽しい! 楽しいぞ強敵よ!」
口調は異なっても、声は聞きなれたもの。
耳にするなり気だるい脱力感を感じてしまった。
(――って、駄目!)
抜け落ちかけた力を気力で押し止め、水竜を1対1の戦闘で圧倒し始めている徹を見る。
時折放たれる細い水流が、徹の大剣によって断ち切られた。
ヒレのような足の近くを通れば、その足を両断。
少し距離を置いたかと思えば、ふるった大剣からパワー効果を得たような燃えるスラッシュを放ち、水竜の背を深々と切りつけた。
『キュルルルルルゥウ――――!!』
「泣け。叫べ。そして俺の名を胸に刻んで死んで行け、強敵よぉおお!」
戦闘行為だけは圧倒的であるが、彼の口からでる言葉からは、彼女が好きになった峯田 徹の姿を感じる事が出来ない。
(……)
現実から目を逸らすかのように、紹子の目が良治へと向けられる。
彼は、鉄の盾を傾けたような状態で、火竜の横へと立っていた。
青く輝く刀身を下に向け、攻撃のチャンスを見計らうかのように動いている。
常に火竜の死角にはいるかのように動く姿は、紹子が知る短槍術士のものと似ていた。
(同じような戦い方をしているけど、係長の方が……あっ!?)
その瞬間を見るなり、紹子は息を飲んだ。
良治へと向かって、見覚えはあるがサイズ違いの竜が走り近づいていたからだ。
咄嗟に矢を弓へとつがえる。
その時になって気がつくが、矢の属性が土のままだ。
このまま放っていいのかどうかという一瞬の迷いが生じた時、彼女の本能が危険を知らせ、同時に『ギュルワァ―――!!』などという奇怪な声が耳に届く。
その場を跳ね飛んだのは、迷宮で培った経験によるものだろう。
彼女がいた場所に、ゴゥっという音とともに何かがぶつけられ石床が破壊された。
(目を潰したのに落ちなかったの!?)
狙い済まし放った一矢は、確かに風竜の目を潰したが、それだけで終わる敵ではない。
良治がただの1戦のみで17階から撤退する事を選んだ理由を、彼女が真の意味で知った瞬間であった。