訪問者
昼食の時間となり、ゲームをしていた良治の手が止まった。
洋子が作ったのは、ホワイトシチュー。
大きめ野菜がはいったシチューをメインのオカズとし、一緒に出された漬物やデザートを堪能しながら食事を楽しんだ。
その後も、危険を感じたら洋子にアドバイスを求めつつゲームを楽しんでいたが、15時頃となった辺りで、良治が帰ると言い出し始める。
(やっぱりね)
予想はしていたが、仕方がない。
それに良治は楽しんでくれたようだし、それだけでも十分だ。
見送ろうと洋子も立ち上がり玄関扉までついていくと、良治が振り向いた。
「……明日はプール……。いや、行きたい所があるなら別でも良いが……どうだろ?」
「え?」
プールは分かるが、行きたい所というのは?
返事に戸惑う様子を見せると、良治が焦り両手を軽くあげた。
「嫌ならいいんだ! トレーニングとか考えずに一緒にいられればそれで……」
そういう良治の様子が歳に合っていない。
学生のような初々しさが出ていて、洋子は可愛らしいと思ってしまう。
彼女が小さな笑い声をあげると、良治は照れくさそうに首の後ろをかいた。
「勿論いいですよ。今日はゲームをやりましたし、明日は係長の好きな所にしませんか?」
「あー…それなら、ファイナル8で体を動かしたいな」
「体を? ……そう言えば、上の方にありましたね」
「バッティングセンターもあるようだし、こう……」
言いながら、野球のバットを握るような態勢をつくり、軽く振ってみせる。
「どう?」
「結局トレーニングなんですね」
またも微笑みいうが、それは馬鹿にしたようなものではない。
良治は、もう少し気の利いた事を言うべきだったかと反省した。
「駄目か?」
「そんな事はないですよ。トレーニングは大事ですから」
「いや、そういうつもりじゃ」
「分かってますよ」
軽口で洋子が言ったが、そこで会話が途切れてしまう。
ふいに互いの距離が近づいたのは、寂しさを感じたからだろう。
どちらともなく、手を伸ばし握り締め合った。
「じゃあ……」
「あぁ、また明日」
口では別れの言葉をいいつつ、手は握られたまま。
掴んだ相手の手を離そうとせず、視線を合わせた。
2人の体が近づいたのは、一時とはいえ別れを惜しんだからだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
良治が洋子のアパートを出たころ、成労建設社内で変わった事が起きていた。
グレーのジャケットを着た男が突然やってきて、出迎えた社員に対し用件を端的に言った。
「鈴木 良治と柊 洋子についてですか?」
「はい。どういう方々でしょうか?」
用件を知るなり出迎えた社員が、やってきた男を怪しむ。
その2人について聞くと言う事は、テストプレイヤーであることを知っている可能性が高い。
マスコミか警察。あるいは探偵?
そうした可能性を考えたが、良治と洋子に関しては余程の事がなければ、他言無用という命令がされている。どこの誰かも分からない相手に喋る理由はない。
相手の素性を聞こうとした時、来社した男が納得したかのように一つ頷いた。
「そういう方ですか。分かりました。仕事中申し訳ありません」
「……えっ? 俺は何も言っていませんが?」
何かを言う暇もなく、ジャケット姿の男は会釈を一つし扉を開き出ていく。
出迎えた男は、この事を浩二へと報せた。
何か妙な事あれば報告するよう言われていたからだろう。
「マスコミじゃないのか?」
事務机に座っていた浩二が張りつめたような表情を見せ言うと、男は大きく顔を横にふった。
「そうだとしたら、もっと粘ると思いますね」
「どういう感じの男だったんだ?」
「何と言うか普通じゃない?……すいません、上手く言えません」
「……まぁ、いい。それで、何も言わなかったんだな?」
「はい。口止めされていましたから」
男の報告を聞き、浩二が考えこむ。
思い当たる事はあるが……。
(会社にくるか?)
彼が思い浮かべたのは、写真に写されていた男達。
彼等も、妙な雰囲気を持っているように見えた。
頭上にある光の輪もそう思わせる1つではあるが、何を考えているのか分からない仮面をつけたような顔つきからでもある。
「社長にはどうしましょうか?」
「俺から言っておく。この事は誰にも言わないでおいてくれ。他に知る者はいないだろうな?」
「はい。じゃあ、俺は現場の方に行ってきますね」
「分かった。2人がいなくて大変だろうが、すまんな」
「いえ。どこも一緒ですから」
「まったくだ」
顔つきを和らげ言うと、男は苦笑しながら自分の席へと戻った。
浩二は、少し考えてからスマホを手に持ち席をたつ。
自動販売機と丸椅子が並んでいる休憩場所に行くと、友義へと電話をかけた。
『部長か? どうした?』
「お疲れ様です。実は……」
この時の友義は、大剣術士の社長である横田の会社へと出向いていた。
それを知っているのは浩二のみ。
その友義に連絡をいれ、起きたばかりの事を伝えた。
『……何を考えているのか分かるが、ありえるのか? 毎日誘拐している連中が、今更係長達の事を調べてどうする?』
「それは分かりませんが、この事は横田社長にも伝えておいた方が良いかと思います」
『そう、だな。……分かった』
声が低いのは話に出た社長が、近くにいるからだろうか?
浩二はそう考えつつも、気になっていた事を尋ねた。
「警察の方は分かりましたか?」
『駄目だ。例の河原付近を捜索したらしいが、何も見つからなかったらしい』
「あるいはと思いましたが……」
落胆したのか、浩二の声が小さくなる。
友義と言えば、警察に対する不満を電話口の方で喋りだした。
彼の気持ちが落ち着いた頃を見計らって浩二が尋ね始める。
「この件も、係長達には知らせないと言う事で?」
『それでいく。横田社長とも話し合ったが、彼等には迷宮に専念してもらった方がいいだろう』
「と言うと、例の社長にも?」
『彼は……そうだな……』
判断に苦しんでいるのか、歯切れが悪い。
珍しいと考えながら返事を待った。
『無理だろうな。思っていた以上に顔が広い。隠しても知られる可能性が高いだろうし、そうなった時、こっちが怪しまれかねん』
「聞けば若いという話ですが、それほどですか?」
『職種のせいなのか、それとも人柄なのか……いや、いい。彼に関しては、もう少し横田社長と話す事にする』
「そうですか。分かりました」
聞いた浩二は、友義達の悩みについて知る。
横田と友義が悩んでいるのは、467こと、杉田 誠一の事であるが、迷宮掲示板での彼を知れば、どう思うのだろうか?
それはさておき、話が終わると友義の方から電話が切られた。
浩二は自動販売機で缶コーヒーを1本購入すると、再度スマホを取り出し自宅に電話をかける。
今日も遅くなることを伝えると、無理をしないように言われてしまった。
それは毎日のように言われている言葉であり、浩二は聞くたびに苦笑している。
彼はすでに46歳だ。
色々な障害と付き合い始める歳でもある。
若い頃のように我武者羅に働ける体ではない。
痛みを訴えてくる体を、あの手この手で騙す事を覚えていく歳と言えるだろう。
それもこれも家族の為ではあるが、その家族にとってみれば、不安でならなかった。
(本当に神がいるのなら、若い体が欲しいものだ)
そんな事を思いつつ、彼は自分がいるべき場所へと戻っていく。
せめて、インドの建設現場で指揮をとっている課長を、一日も早く戻してほしいと考えるのは贅沢な悩みではないと思いたい。